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いとう つくす

伊藤 盡

英語学 教授

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『ユリイカ:詩と批評』4月号 特集:荻原規子

児童文学かファンタジー文学か

『ユリイカ』2013年4月号表紙

荻原規子は日本のファンタジーファンならば、知らない人がいない作家です。 荻原規子はデビュー作『空色勾玉』(1988年)で1989年に「児童文学者協会新人賞」を受賞しました。その後、「勾玉三部作」として、『白鳥異伝』(1991年)『薄紅天女』(1996年)を発表し、日本の神話時代から中世を舞台にした「西洋に依らない日本のファンタジー」を創ったとして脚光を浴びたわけです。 発表されたのが、福武書店の児童書部門だったため、「児童書」「児童文学」という「くくり」で理解されることもあろうかと思われますが、確かに主人公が少女であること、主人公の視点に沿った語り口から、そのような特徴も認められます。 けれど、上にも書いたように、そして下にも書くように、神話世界を描いたファンタジーという理解も十分に成立する内容なのでした。 児童文学者で、さきにアニメ化された『精霊の守り人』『獣の奏者エリン』などで有名の上橋菜穂子(児童文学者とだけは言えませんが)や佐藤多佳子とも親交厚いので、『ユリイカ』の今号の特集冒頭では鼎談が載っています。 井辻朱美先生の論考「気配と密度のファンタジー:うしろの正面だあれ」 (pp.102-11)は、荻原文学、特にこの4月にアニメ化され放送が開始した『RDG (レッドデータ・ガール)』の、「閉じた世界観」あるいは「うしろから迫る異界」というテーマで見事な解説をされていて、唸りました。 児童文学者のひこ・田中さんの「日本の児童文学にとっての荻原規子の位置」(pp.94-101)は、僕とは異なり、彼女の作品を「児童文学」として位置づけており、その立場の違いも興味深いと思いました。 また精神病理学の斉藤環先生の論考「スサノヲコンプレックス、あるいは換喩的調停者」(pp.151-56)は、私のような「神話」資料の文献学的分析よりも神話解釈、そしてその精神病理学への応用、ラベリングをしておられ、これまた興味深いものでした。 しかし、なにより小谷真理さんの「少女を放つ」(pp.157-63)は読むのに面白く、またガツンと殴られるような言説が続き、さすがの厚みを感じました。 ひとつの例として、『RDG』の終了間際に出てくる「クリスマス」の慣習についての論考があります。もちろん、ゲルマン異教神話および宗教的慣習に親しんだ私にとって、クリスマスがキリスト教という宗教が上塗りをしたゲルマン的な宗教慣習であることは既知のことでしたが、小谷さんはそれらを踏まえた上で次のように記すのです:

単純明快に自然化されてきた義礼のうちに複数の伝説の接合を発見する体験は、貴重というほかない。それは複数の価値観の発見に繋がり、わたしたちの知る現実が、けして単純な物にとどまらず、複雑な歴史性をもっていることを知らしめる。そうした認識に開かれて行くことが、せちがらい現実から解き放ち、別の価値観を発見する契機をもたらすのは、まちがいない。この覚醒の衝撃力こそは、ファンタジーの魅力のひとつである。(p.163)」

という小谷真理さんの言説は、確かにトールキンが唱える「ファンタジー」の魅力ばかりか「効用」の一つとしてあげているものを踏まえています。 でも、それ以上に、「この覚醒の衝撃力」は、恐らく、文献学の魅力のひとつでもあります。 文献学は、書かれた文献の内容、背景、そして物体としての文献自体を研究していくわけですが、そこに記された文章の層、その文章を書かねばならなかった筆者の層、筆者を巡る時代の層、その時代を支えるさらなる過去の時代の層があります。 そのような文化・歴史・思想が絡み合って、書かれた文章の意味・意義が重層的に折り重なる様を明らかにするとき、小谷さんの仰る「覚醒の衝撃」を得ることができます。 その衝撃が如何にスリリングかつ面白いものか。この研究過程は、一篇のファンタジー文学を読むに値する、大きな喜びをもたらすものなのです。 そのことを小谷さんの文章から、思い出すことができました。

「荻原規子の神話ファンタジーに見る〈夢〉と〈名前〉」

この特集に、このタイトルで寄稿することができました。 大変有り難いことです。 一ヶ月以上かけて準備をしましたが、なかなかの難産でした。 最後は、編集長からアドバイスを戴き、完成原稿まで仕上げることができました。 感謝しております。 タイトルのとおり、荻原規子の作品を「神話ファンタジー」と解しての論考です。 そもそも、ファンタジーとは何か?という問いから、荻原規子作品を「ファンタジー」として定義することから始めました。 荻原規子は、ケンブリッジ大学の中世・近世英語英文学者であったC・S・ルイス (1898-1963) のファンタジー作品(児童文学作品)「ナルニア国物語」と作家としてのC. S. Lewisにシンパシーを感じているようですが、彼女の作家手法は、むしろ、ルイスの友人であったJ. R. R. トールキン(1892-1973) に近いとしました。 その根拠として、ルイスの親友オーウェン・バーフィールド (1898-1997) の考える、「神話」と「神話創造(ファンタジー創作)」とを結びつける考え方が、トールキンにも荻原規子にも認められる、ということを論じたわけです。 紙幅の関係で、必ずしも十分に論じきれなかったところはあるものの、主張したかったことは言えました。 今回の論考を通じて、これまで日本人として北欧神話や英国の神話を探求してきた自分ではありますが、もし私が日本の神話研究、ひいては日本語文献学の探求に身を投じていたら、どれだけ楽しかったろうか、などと考えることがありました。 とはいえ、やはり中世の英語、北欧語文献を読み続け、欧州の深層に迫る醍醐味は、他では得られない面白さがあります。 また、これまで活字にはしなかった、聖心女子大学名誉教授である猪熊葉子先生への感謝の言葉を載せる機会ともなりました。 たしかに、まだまだ語り尽くせないことはたくさんありますが・・・ これからも様々な論考を発表していくべく、精進したいと思います。

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