教員紹介

いとう つくす

伊藤 盡

英語学 教授

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Tolkien drink & food 北欧神話 研究

正岡子規の俳号

東急セミナーの講座

今年度の講座では、 J. R. R. Tolkienの没後出版であるSigurd and Gudrun を講読しています。 北欧神話のエッダ詩にインスピレーションを得たトールキンが 自分の創作神話のエピソードと絡め なおかつ、古北欧語の詩の韻律を、 現代英語で甦らせようとした習作的性格を持つ作品です。

獺の償い

13 Dec 2008 The Telegraphを参照

古北欧語のotrgjöldあるいはotrs gjǫldは、「獺の償い」という意味ですが、 「黄金」を表すケニングです。 ケニング (kenning) とは、通常は「〜の・・・」という複合語で表される詩的語法。 ケニングという名称自体は古北欧語(古アイスランド語)に由来しますが、 古英語で書かれた詩の技法にも認められ、古英語での名称が不明なので 現在もこの北欧語 kenning で呼ばれている芸術的技法なのです。 この「獺の償い」という表現が何故「黄金」を意味するのかは、北欧人の間では常識です。 そして、その理由を表すエピソードが、『ヴォルスンガ・サガ』や、エッダ詩の一つ「レギンの歌」 の中に記されているのです。 それは神話の物語。神々の一人ロキが、石を投げて、獺をしとめます。 その獺はちょうど鮭を、池の淵で獲ったところでした。その鮭を神々で食べようとしたのです。 ところが、その獺(古北欧語 otr, 古英語 oter)は、フレイズマルの息子、 ファーヴニルとレギンの兄だったのが獺に化けていたものでした。 それを知らずに神々はフレイズマルの家を訪ねて、一夜の宿を頼むのです。 しかし、神々が持っている獺の毛皮の鞄を見て、フレイズマルたちは神々を捕らえ、 自分たちの家族の一員を殺した償いを迫ります。 ロキがその賠償金をどこかから手に入れくるように託されます。 このロキが、ドワーフのアンドヴァリを捕らえて、その宝物を手に入れるだけでおさまらず、 アンドヴァリの黄金の腕輪をもせしめたことで、呪いが掛けられるのです。 アンドヴァリの腕輪には魔法の力があり、永遠に黄金や宝物を手に入れられるのですが、 それを失うことは、アンドヴァリの破産を意味します。 ロキに腕輪を返すように頼むアンドヴァリ。しかしそれをすげなく断るロキ。 破産は死を意味しますが、その死の呪いをアンドヴァリは、その腕輪にかけるのです。 ここで、「腕輪」であって、「指環」でないことに、気をつけねばなりません。 19世紀にリヒャルト・ワーグナーは、その ring を「指環」のようにしたのでした。 こうして、フレイズマルの一家に、呪いを掛けられた腕輪とともに黄金を渡して、 神々は賠償金の支払いを済ましたのです。

受講生からの贈り物

受講生のお一人から、贈り物を頂いたのは、ちょうどその獺のエピソードを トールキンが現代英語の頭韻詩にした部分を読んだときでした。 それも【獺祭】という名のお酒です。 意味は、獺が魚を捕ると、彼(彼女?)はそれをすぐには食べずに たくさん並べてから食べるという習性がある、という故事伝説に由来します。 そのような獺の様子を、祭の宴でも楽しんでいる様にみたてて、獺祭、と呼び、 転じて、調べ物をするときに、あれこれ書物を開いて、並べる様子も指すのだそうです。 中国では漢詩の推敲をするときに、古書を開いて調べる時の描写と言えるそうですが、 正岡子規は、それを俳句の推敲をするときの自分にあてはめて、自分の俳号にしたのだそう でも、この様子は、たとえば、トールキンの『指輪物語』の愛読者ならば、 指環の来歴を調べて、ミナス・ティリスの書庫の中で、何千年も昔の文献を あれこれ調べるガンダルフの姿を彷彿とするはずです。 そして、その姿は、文献学で、一つのテキストを解読するために 様々な参考文献を同時に何冊も開きつつ、諸々の学説を参照する時の わたしたち研究者の姿にも重なるでしょう。 それにしても、北欧神話の獺が、魚を並べて、さあ、これから食べようか、という時に、ロキに投げられた石で絶命する様子は、いかにも可哀想です。 獺の毛皮が防水になっているので、昔から人は重宝したと言いますが恐らくは人間並みの大きさの伝説の獺にどれほどの黄金や宝石を詰めてその毛皮が立つばかりにしたのか、などが講義の中でも、その後でも話題になりました。 トールキンの講座は、日本中から様々な深い知識を持った方々が受講して下さるので、こちらも楽しみです。 いろいろと書いてきましたが、夏の暑い時期に この【獺祭】という言葉を思い浮かべながら 書物を紐解き、論文を書き続けた仕事を終えた後ならば 冷たい氷を一つ浮かべたグラスの盃に、 頂いた方への感謝を込めて 「獺祭」を注いで飲む夏の夜を楽しむのも、許されるのではないでしょうか。 【獺祭】「だっさい」 純米大吟醸 山口県旭酒造 精米歩合50% 「かわうそが捕らえた魚を岸に並べて、まるで祭をするようにみえるところから 転じて詩や文をつくる時、多くの参考資料等をひろげちらすことをさす。 また日本文学の革命児 正岡子規の俳号としてもしられる。」(獺祭の説明書きより)

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