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いとう つくす

伊藤 盡

英語学 教授

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ミズノ・プリンティング・ミュージアム

先日、学部のときの恩師が発起人となった愛書家倶楽部のメンバーで、東京の中央区にあるミズノ・プリンティングあらためミズノ・プリテックという印刷会社内に開かれている博物館「ミズノ・プリンティング・ミュージアム」に行って参りました。


貴重な、とても貴重な印刷機(日本の「機械遺産」に登録された、東京築地印刷所界隈で使用された手刷り印刷機も含む)の他、世界中の活字(金属、木版など)の展示、さらに印刷の工程を実際に見たり、手に触ったりすることもできます。

館長であり、ミズノ・プリテックの社長でもあられる水野雅生さんの熱のこもった講義には、松本から急いだにも拘わらず、少々遅れてしまいましたが、なんとか後半は伺うことができました。
福沢諭吉をはじめとする、明治初期の知識人がいかにして西洋の書物(=西洋の知識)を日本にもたらそうとしたか、という努力もさることながら、日本の活版印刷技術が何人かの天才+努力人の力によって開発され、広められたことを知りました。
日本最初の印刷機が九州で生まれ、東京にもたらされたこと。東京の築地に印刷所の賑わいがあり、それがゆえに、近くの銀座から水道橋界隈に出版社、新聞社が生まれたことを知りました。恐らく、地方都市それぞれにも、印刷所と出版社との関係が生まれた歴史があろうことが想像させられました。
今僕の住む長野県ではどうだったのだろう、と知識欲が大いに刺激されました。

しかしながら、このミュージアムを訪れて、一番痛切に感じたのは、英語の歴史や英語という言語の背景を教えている身として、このミュージアムで見て感じたことを、若い精神にどのように伝えるか、ということでした。

英語史を教えている時に、グーテンベルクの発明した活版印刷技術が、ウィリアム・キャクストンによって1476年にロンドンのウェストミンスター寺院境内にもたらされたこと、そしてそれが英語の歴史にどのような影響を与えたか、といったことを話すことはできます。

けれども、実際に印刷機を使って本が出版された時の驚き、文字がつぎつぎに紙の上に刷られていく様子は、今の学生諸君には、あまり実感ができないでしょう。せいぜい、小学生か中学生の時に、コンピュータのプリンタから紙が印刷されていくのを見たときの驚きを思い出すのが精一杯でしょうか。

写本を見せ、中世の人々の筆写の様子を想像させ、印刷機を見せて、「印刷革命」の衝撃がどのようなものだったかを想像させ、それまで「綴る」ということこそが単語を記録する唯一の手段であったのが、今や書物が「生産」されていくようになったこと、そしてそのことが当たり前になった時代の英語は、当然ながら、それまでの英語とは異なっていくことを、どのように学生諸君に理解して貰えばよいのかを、悩むことがあります。

ましてや、19世紀の中世主義の時代に、ウィリアム・モリスが如何にして「美しい書物」を作ろうと努力したか、そしてそこから生まれた書物に、モリスが愛して止まなかった中世の言語で書かれた作品がたくさんあったことを、どのように理解して貰えばよいのか、と、毎日悩んでおります。

ミズノ・プリンティング・ミュージアムを訪れて、あらためて、このような機会を是非学生に提供したいという願いを持つようになりました。

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