Learn from Experience & Letter
経験者から学ぶ&交換留学派遣生からの便り

H.R

マレーシア

留学一学期目

H.Rさん

人文学部/心理学分野
留学期間:2022年3月~2023年2月
留学先:マラヤ大学

大学について

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マラヤ大学はマレーシアのトップでアジアの中でも最高の大学の中の一つです。留学生も東南アジアや東アジアはもちろんヨーロッパの様々な国や、オーストラリア、アフリカからも来ており、本当に世界中から生徒が集まっています。留学生への対応もすごく丁寧です。マレーシアの人はのんびりしていて、何か尋ねてもなかなか返事が来ないことが多いと聞いていましたが、マラヤ大学のグローバルセンターの方々は渡航前から丁寧にサポートしてくださいました。マラヤ大学にはグローバルバディという生徒の団体があり、留学生をとても熱心にサポートしてくれるのですが、彼らのホスピタリティ、フレンドリーさには本当に感心させられました。キャンパスツアーや履修登録などの基本的なサポートはもちろん、留学生が参加できるイベントを頻繁に開催したり、なによりメンバーの皆が一緒に「ここ行こうよ」と毎日のように色々な場所につれていってくれます。そういった機会を通じて、マレーシア人の学生はもちろん他の留学生とも沢山交流できるので、友達を作るのには全く困りませんでした。

生活について

住む場所の選択肢としては、キャンパス内の寮、インターナショナルハウスと呼ばれるキャンパス外の寮、個人的にアパートを借りる、の3つがあります。キャンパス内の寮には東南アジア勢、インターナショナルハウスには日本人と韓国人、個人的にアパートを借りているのはヨーロッパ勢が多い印象があります。私は渡航前から連絡を取っていたドイツ人とフランス人の留学生とアパートを借りて一緒に暮らしていました。どのように知り合ったかというと、マラヤ大学が留学が決まった生徒に案内のメールを送るときにCCされていたメールアドレスを使ってfacebookとwhatsappのグループを作ってくってくれた人がいて、そのグループを通じて連絡を取り始めました。そのグループでは留学前の手続きなど質問をしあったりもできたのでとても便利でした。

私が住んでいたアパートはショッピングモールと駅と隣接しているのでとても便利で、よくルームメイトや同じアパートに住む他の留学生と一緒にモールでご飯を食べていました(物価がとても安いので留学生は基本外食していました)。アパートから学校までは車で5分程度で、歩くこともできますが、ほぼ全員grabというuberのようなアプリで車を予約して学校に行っていました。値段は特に混んでいる時間でなければ150~300円ほどで行けます。クアラルンプールの中を移動するときには、grabも便利ですが、電車もとても便利です。海外の電車は日本のように時間通りに来ないという話を聞いたことがあるかと思いますが、自動化されていて運転手がいない電車もあったりして、ちゃんと時間通りに来ます。またどの線も大体5分おきくらいで電車が来ますし、料金もとても安いです。

マレーシアで感じたこと

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マレーシアは民族、言語、文化に関して本当に多様性に富んだ国です。主にはマレー系、中華系、インド系の人々が住んでいますが、同じマレー系でも出身地によって見た目が全然違います。一緒に暮らしているので、異なる民族間で結婚することもあり、面白いことに、両親の組み合わせや宗教などによって異なる呼び方があったりします。例えばマレー系の母と中国系の父を持つ女性はNyonyaと呼ばれるようです。Nyonyaの人々も独自の文化を持っていてNyonyaレストランなどもたまに見かけます。また、インド系のイスラム教徒はmamakと呼ばれ、mamakの人が働くレストランはそのままmamakと言います。そこではイスラム教徒が食べられるhalal のインド料理が提供されとても人気です。クアラルンプールにはそれ以外にもバングラディシュやインドからの移民やヨーロッパ人も多く様々な見た目の人がいます。


言語に関して言うと、私が思い出せる限りでも、中華系の中では北京語、広東語、福建語を話す人がいますし、インド系の中でもヒンドゥー語とタミル語とパンジャーブ語を話す人がいます(もっと色々な言語が話されています)。マレーシアではほとんどの人が複数言語を話すことができ、4つ以上の言語を話せる人も珍しくありません。一方で同じ言語を話すことができてもその流暢さは違ったりします。
その証拠といいますか、基本的に自分で言わない限り、マレーシアの人たちは私が外国人であるということに気づかず、よくマレー語や中国語で話しかけられます。もちろん見た目では判断できませんし、英語の流暢さやアクセントも人それぞれなので英語を話しても外国人だとは気づかれません。日本人の私からすると見た目の違う人たちが違う文化を持ち、違う言語を話しながら一緒に暮らしているのはとても不思議に感じました。