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平成19年度卒業式告辞

08年03月25日

卒業式告辞


 信州の大自然のもと、水ぬるみ草木が萌え出ずる春を迎え、本日ここに、ご来賓ならびに関係者各位のご臨席のもと、平成十九年度信州大学卒業証書・学位記授与式が盛大に挙行できますことは、大きな喜びであります。
 卒業生、修了生の皆さん、まことにおめでとうございます。皆さんの晴れやかな表情からも、溢れる喜びが伝わってまいります。留学生の皆さんには、異国の地で幾多の困難や試練を乗り越え、この記念すべき日を迎えられたことに、とりわけ大きな拍手を贈りたいと思います。また本日は、皆さんを物心両面でしっかり支えてこられたご家族の方々にもご列席いただいておりますが、長年のご労苦に深い敬意を表しますとともに、心からお祝いを申し上げます。

 本日は、皆さんが大きな希望を胸に、輝かしい未来に向けて出発する節目のときであります。皆さんは、信州大学での学習や研究、サークル活動やボランティア活動などを通して自己研鑽に励み、豊かな人間性や基礎的素養を磨くとともに、生涯にわたって学習するための基本、すなわち学問や研究のアプローチの仕方を修得されたはずです。これらは、長い人生における貴重な糧であり、これから大いに活用してほしいと思います。この充実した学園生活で得た成果に誇りと自信をもって、新たな職場や高度な研究活動へ力強く踏み出してください。

 今、社会は文明史的な転換期にあって、政治、経済、産業をはじめあらゆるシステムが目まぐるしく変容しています。かかる時代に求められるのは、物事を主体的に判断し、柔軟な発想のもとに行動できる人材です。学生時代は、ある程度用意された答えに到達すればよかったかもしれません。これからは、先端的な研究活動はもとより、実社会のあらゆる領域において、誰にも正解がわからない事柄に直面することになるでしょう。実際には正解はなく、正解らしきものがいくつもあるのかもしれません。前例踏襲の手法はもはや通用しないということです。皆さんには、いかなる場面にあっても常に創造力(creativity)を発揮し、独創的な答えを見いだしてほしいのです。そのためには、書物や先人の言説をただ鵜呑みにするのではなく、その知識を自分なりに咀嚼、消化吸収し、新たな知恵を生む栄養にしなくてはなりません。すなわち、得られた情報について必ず熟考する習慣をつけることです。知恵が働かなければ、創造力は生まれないでしょう。皆さんはこれからも、不断の学習を重ねながら、知恵を磨き、創造力を高めていってほしいと思います。
 この創造力と関連して、近年、脳科学によって興味深いことがわかってきました。神経細胞は、何本もの神経突起を伸ばしてお互いに連絡し合い、複雑な「神経回路(ネットワーク)」を形成し、そこにさまざまな知識や知恵を蓄え、情報を管理しています。新たな記憶が加わると、また新たな神経回路のパターンができ、脳活動によって回路は常に変化し続けているのです。そして保存された情報が相互に作用しながら、思索したり、創造したりしています。したがって、新しい神経回路が形成されて、それまで接点がなかった回路同士が連絡すると、まったく関係なさそうな情報が結びつき、今まで思いもつかなかったような考え、すなわち「創造」が生まれるのです。

 それでは、このような神経系のメカニズムからみて、創造力を高めるにはどんなことに心がけたらよいのでしょうか。脳科学的な知見をもとに、ここでは、主なものを二つ取り上げてみましょう。
 一つは、当然ながら、多岐にわたる豊富な情報を知恵として神経回路に蓄えておくことです。今や異分野融合が時代のキーワードになっているように、学際的となり、狭い専門分野の知識だけでは、問題解決に至らないケースが少なくありません。信州大学が精力的に取り組んでおり、もはや誰もが避けては通れない環境問題を例にとっても、自然科学のあらゆる学問領域はもとより、人間の社会活動、産業活動や経済活動など人文科学や社会科学を含めた幅広い知識なくしては、解決の核心に迫ることはできないでしょう。皆さんは、いずれの道に進もうとも、自身の専門性をさらに磨くとともに、学問の裾野を広げる不断の努力が肝要であります。異分野の動向にも常に関心を払い、直接関係ないような知識技能でも幅広く習得しながら、神経回路を豊かにしておき、それらの新たな結びつきによって生まれる「創造」への可能性を高めてほしいと思います。
 二つ目は、神経回路が成長しやすい脳内環境をつくることです。それには、感動することが効果的であると言われています。感動によって、ドーパミンという快感物質が分泌され、それが脳回路の柔軟性や成長力を高めるそうです。免疫学者であり、脳科学者としても高名なノーベル賞受賞者・利根川進博士は、かつてテレビ対談で、「ある目標があり、それに向かって努力しているときが一番幸せである」と断言されていました。実際、目標に向かっていると実感したときには、それを達成したときの喜びを予想して感動し、ドーパミンが分泌されることが知られています。 皆さんには、この新たな人生の出発にあたって、是非とも確かな目標を設定してほしいと思います。人生の大きな目標でなくても、当面の目標であってもよいでしょう。小さな目標であっても、それを達成することによってドーパミンが分泌され、神経回路が成長し、新たな「創造」の可能性を切り拓くことになるはずです。

 ところで、人間には、その人だけがもっている素質や能力があります。その“かけがえのない天分”を生かし、自分らしい人生を創造したいものです。自分らしい人生とは、他の人と違うかどうかではなく、自分自身の人生にオリジナリティーがあるかどうかということです。しかしながら、自分の天分を知り、進路選択にあたってその適性を見いだすのは必ずしも容易ではありません。自分が「したいこと」「興味があること」がヒントにはなりますが、何か一つのことに意欲を燃やしているうちに、それに気づくこともよくあります。仕事や研究を始めて当分の間は興味がわかなくても、しだいにそれが楽しくなり、ついに自己発見に至るケースも少なくないのです。仕事にしても研究にしても、その本質や深奥が理解できないがために、自分には適さないと思ってしまうこともあるでしょう。皆さんは、まずは自ら選んだ道に信念をもって全力を投入してください。意欲をもって当たってみないことには、適性の有無はわかりません。全力を尽くしてから自己判断し、進路変更を考えても遅くはないのです。要は、自分には何が適しているのか、どこに自分の使命を見いだし、そこに打ち込むべきかをよく考え、信念をもってそれを貫くことであります。

 ここで皆さんへのはなむけに、私の大好きなことばを贈りたいと思います。それは、歌人・評論家である与謝野晶子の《人間の若さ》と題した評論の一節ですが、そこでこう言っています。―「若さの前に不可能はない、それは一切を突破する力である」。 皆さんは、信州大学のシンボルマークがイメージする、まさに未来に向かって羽ばたく若者です。ますます逞しく、無限の可能性に向かって邁進してください。皆さんのご発展を心から期待し、お祝いのことばといたします。

平成20年 3月     信州大学長  小宮山 淳