ホーム > トピックス一覧 >

トピックス詳細

トピックス

平成18年度卒業式告辞

07年03月26日

卒業式告辞

 例年より早く大自然が躍動する春を迎え、本日ここに、ご来賓ならびに関係者各位のご臨席のもと、平成18年度信州大学卒業証書・学位記授与式が盛大に挙行できますことは、大きな喜びであります。
 卒業生、修了生の皆さん、まことにおめでとうございます。皆さんの晴れやかな表情からも、一つのことを成し遂げた達成感と将来への期待感が伝わってまいります。留学生の皆さんには、異国の地で幾多の困難や試練を乗り越え、所期の目的を立派に全うされました。そのご努力を心から称えたいと思います。また本日は、多数のご家族の方々にもご列席いただいておりますが、長年のご苦労に深い敬意を表しますとともに、衷心よりお祝いを申し上げます。
 本日は、皆さんが大きな希望を胸に、輝かしい未来に向けて出発する節目のときであります。皆さんは、信州大学での学習や課外活動などを通して自己研鑽に励み、豊かな人間性を形成するとともに、生涯にわたって学習する基本、すなわち学問や研究のアプローチの仕方を修得されたはずです。これらは、長い人生における貴重な糧であり、これから大いに生かしてほしいと思います。充実した学園生活で得た成果に誇りと自信をもって、新たな職場やより高度な研究活動に力強く第一歩を踏み出してください。
 今、社会は歴史的な転換期にあって、「知識基盤社会」や「持続可能な社会」の構築、「精神的豊かさ」の追求、「グローバル化」への対応などが求められています。すでに科学技術革新が起こり、政治や経済などあらゆる社会システムが目まぐるしく変革する、イノベーションの時代を迎えています。確かなことは、前例踏襲の手法はもはや通用しないということです。研究は元来そういうものですが、皆さんはこれから、実社会のあらゆる領域において、答えのない課題に直面することになるでしょう。豊かな教養や深い専門性をベースに、いかに知恵をしぼって、最善の答えを見いだすかが問われます。皆さんはそこで、これまで培ってきた課題解決能力や創造力を大いに発揮してほしいのです。書物などから先人の言動を学ぶのは参考にはなりますが、それらをただ鵜呑みにするだけでは何の進歩もありません。かえって創造性や独創性を失うことにもなります。孟子は、これを「尽く書を信ずれば、書なきに如かず」と戒めています。
 それでは、どんな心構えが必要でしょうか。皆さんが、すでに認識されているように、大学で得た最先端の知識や技能でも、短期間のうちに価値を失い陳腐化してしまうことも珍しくはないのです。したがって、まずは旺盛な知的好奇心をもち、絶えず新たな知識技能の習得に努めなくてはなりません。その場合、自分の専門分野だけでなく、その周辺にまで目を配ることが肝要です。今や、異分野融合は時代のキーワードでもあります。こうして幅広い知識技能を習得し、それらを自分なりに咀嚼、融合しながら、新たな知恵を生む栄養にする努力を怠らないことです。すなわち、得られた多様な情報について必ず熟考する習慣をつけたいものです。皆さんがいずれの道に進もうとも、不断の学習を重ねながら、知恵を磨き、創造性を高めていってほしいと思います。
 さて、20世紀における科学技術の発達は、'物質的な豊かさ'とともに、地球環境破壊、公害、薬害などの「負の遺産」を残しました。そして21世紀初頭にあって、異常気象や生物種の激減など、地球温暖化や自然破壊による異変は、もはや誰の目にも明らかです。本年2月、温暖化問題を研究する世界の専門家による「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」報告が、地球温暖化の影響が切迫したものとして強い警告を発しました。干ばつや豪雨による食糧危機、水不足や洪水、生態系破壊に加えて、熱波による死者や花粉症の増加など、自然環境だけでなく人間生活の面でも直接的な被害がすでに発生していることを初めて指摘したのです。そして地球温暖化の原因が、人間活動によって大気中に放出された二酸化炭素であると断定し、その速やかな対策を促しています。温暖化防止のための京都議定書が誕生した国であり、太陽電池や省エネルギー技術などで世界をリードする日本は、環境先進国として主導的な役割を果たすことが期待されているのです。
 改めて申すまでもなく、信州大学は豊かな自然の懐にあって、教育目標の冒頭に「自然を愛する人材の育成」を掲げ、環境教育を精力的に推進するとともに、ISOエコキャンパスの構築をはじめ広く環境活動を展開しています。これらの取組みが高く評価され、昨年4月には国立大学で最初に、地球環境大賞「優秀環境大学賞」に輝いたことは、まことに大きな喜びであり、誇りであります。この信州大学で"環境マインド"をしっかり身につけた皆さんには、実社会にあっても研究活動においても、地球環境の保全に範を示してほしいと思います。
 ところで、産業革命がイギリスから欧米に進展する一方で、早くから環境破壊と真剣に向き合う人たちがおりました。ヘンリー・D・ソローもその一人です。彼はすでに150年も前に、大量生産と大量消費によってもたらされた'自然と人間性の破壊'を懸念し、それを回復させたいとの思いから、社会に向けて熱いメッセージを発しておりました。ソローは、二十歳代の若さでニューイングランドの森に移り住み、その経験から学んだもの、見えてきた世界、そして何よりも"人としての高次元の生き方"について、今や古典としての名著『ウォールデン 森の生活』(今泉吉晴訳)に書き記しています。本書は当時、アメリカの若者の美意識を改め、人生を見る目を変えたそうです。ソローはこう語っています。―「まずは自分に最善を尽くし、あるがままの自分を生きようではありませんか。私たちはそれぞれに、内なる音楽に耳を傾け、それがどんな音楽であろうと、どれほどかすかであろうと、そのリズムと共に進みましょう。」
 ソローが語る「内なる音楽に耳を傾け、そのリズムと共に進む」の"音楽"とは何でしょうか。私はこれを"天分"と捉えてみたいと思います。天分とは、人それぞれがもっている性質や能力であります。ソローは、その人だけが授かった"かけがえのない天分"を生かした、"自分らしい生き方"を呼びかけているのでしょう。現代のような、複雑化社会、急激に変容する社会、そして氾濫する情報の中にあって、ややもすれば自己を見失いやすい時代には、このメッセージはとりわけ意味深いものと思います。
 自分の天分を生かし、自分らしい人生を創造的に歩むには、自分が「したいこと」「興味があること」を何よりも大切にすべきでしょう。時には、自分が選択した道であっても、当分は興味がわかないこともあるかも知れません。しかし、それを続けていくうちに、しだいに楽しくなり、ついには自己発見に至るケースも少なくないのです。まずは自ら選んだ道に全力を傾注してみましょう。それからじっくり自己判断し、進路変更を考えても遅くはないのです。要は、自分には何が適しているのか、自分の使命として没頭できるものは何かをよく考え、信念をもってそれを貫くことであります。
 最後に、皆さんには心身ともに健やかで、未来の可能性に果敢に挑戦されることを心から祈念して、お祝いのことばといたします。

            平成19年 3月   信州大学長 小宮山 淳