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信州大学におけるカーボンナノチューブ(CNT)の研究方針に関する見解及び「CNTの安全性の評価に関する医学部調査ワーキング・グループ」による安全性に関する見解の公表について

10年09月02日

平成22年8月11日(水)報道発表資料より


yamasawa.jpg     明るく透明性高い
 『知の森』の構築をめざします

 

信州大学長
山沢 清人

 

 

  信州大学は信州の「知の森」となることをめざしております。「知の森」は、鬱蒼として人も立ち寄らない森でなく、明るく、透明性高く、風通しも良く、しかも様々な木々が大地にしっかりと根を張って成長を続ける、英知が育つ森です。
  信州大学は、この「知の森」で人類知の継承(人材育成=教育)と新しい知の創造(研究)を推進しています。人類がこれまで築き上げてきた英知を正しく学び、教え、そして新たな知を創造することによって発展させ、次の世代に引き継ぐことが大学の社会的責務(USR:University Social Responsibility)であると考えています。

 

  学問の自由は日本国憲法第23条に規定するところでありますが、新しい知の創造、人類に役立つ新しい研究成果の創出のためには、大学における研究は教職員個々の価値観と自由な発想によって主体的に行われることが最も大切なこととなります。このために、「学問の自由」と「研究の自由」は保障されるべきものであります。もちろん、信州大学も学問と研究の自由を厳に保障していることは論を俟ちません。

 

  信州大学では、人類の持続的な発展に資する先端的な研究が進められています。世界的に知られる工学部のカーボン科学、繊維学部のファイバー工学、総合工学系大学院の山岳科学などの研究です。
 この中で、カーボン科学に関する研究は、信州の山岳地域での水力発電による電気を利用する電気精錬用の炭素電極の研究に端を発し、本学工学部において40年以上の長きに亘って研究が進められ、現在はカーボンナノ材料による高機能性複合材料の開発へと展開されている独創性豊かな研究であります。

 

  この間、文部科学省「知的クラスター創成事業第Ⅰ期(平成14年度~18年度)、同第Ⅱ期(平成19年度~23年度)」及び科学技術振興機構「地域卓越研究者戦略的結集プログラム(平成21年度~25年度)」など大型研究プロジェクトに採択され、人類の未来に役立つ機能性高いナノカーボンに関する基礎科学とデバイス、モジュールへの応用について、先端的な研究が進められ、大きな成果が得られています。

 

  このように、カーボンナノ材料に関する研究は、産業界及び関係研究機関と連携した大型プロジェクト研究であります。信州大学は、この研究の中心的推進拠点であり、さらに研究責任者も本学教員であることにより、企業参加のプロジェクトにも拘らず、研究者個々の価値観と自由な発想に基づく主体的な研究が実施されてきました。加えて、カーボンナノチューブのリスク評価とその適正な管理に関することも含めて拠点内のディスクロージャに努め、研究遂行上の問題点と研究関連情報の共有化を図っています。

 

  以上、信州大学の研究推進の基本的な考え方、及びカーボンナノ材料研究拠点推進の基本方針について述べました。
  繰り返しとなりますが、信州大学は信州の「明るい知の森」となることをめざしています。信州大学は学問と研究の自由を厳に保障するとともに、人の安全・健康を守り、人類の持続可能な発展に寄与する研究を遂行するものであります。

 

 

endo.jpg     カーボンナノチューブ(CNT)研究の現状と展望
~基礎科学、応用そして成功に向けての安全性~

 

信州大学工学部 教授
信州大学カーボン科学研究所長 遠藤 守信

 

 

  『成功に向けての安全性(Safety for Success)』の理念のもと、『ライフサイクルアセスメント(LCA)を基本とした責任ある製造、応用、流通、廃棄』の徹底的な実践を行ないつつ、また材料分野と、安全・環境分野の研究者の積極的な連携によってカーボンナノチューブ(CNT)の科学・技術研究、産業振興が国際的に広く展開されています。図1のようにCNTおよびその応用に関する論文発表数は多くかつ増加しており、CNTは最も活発な先端科学の一分野を形成しています。そして近年の顕著な傾向として産業応用関連の論文も増加しており、科学研究と産業化が並行して進展していることを示しています。安全性評価を含めたCNT研究の現状と展望は次のようにまとめられます。

 

CNTfig1.jpg

図1 : CNTおよびその応用に関する論文発表数の増加
Fig.Trends in the number of pubulications about CNTs and their practical applications (Source:ISI Web of Science)

 

Y. Tao, Highlight: Forthcoming Applications of Carbon Nanotubes, Bentham Science Newsletter, (revised manuscript, 2 Jul. 2010).、 Y. Tao, M. Endo, K. Kaneko, Recent Progress on Synthesis and Applications of Carbon Nanotubes, in Handbook of Innovative Nanomaterials: From Synthesis and Applications (Edited by X. Fang and L. Wu), Pan Stanford Publishing, 2010 (in press).

 

 

1) Nature誌〈2009年10月、vol.461〉は、2009年のCNT製造出荷額はおよそ100億円で、2015年には500億円に達すると予測しています。現在の主たる用途は、携帯電子機器用リチウムイオン電池、樹脂複合材(風力発電用風車、自動車部品等)ですが、今後さらに、電気自動車やスマート・グリッド、航空機用軽量高強度複合材料など、グリーン・イノベーションを実現する素材として発展が期待されています。

2) CNTの取り扱いについては予防的アプローチ(Control Banding)の考え方に沿ったリスク管理された製造・応用プロセスの指針が示され(『ナノ安全性』に関する三省合同説明会、平成21年5月19日開催)、我が国では研究や製造現場のリスク管理に有効に活用されています(※1~3)。CNTは暴露等に対するリスクコントロールが容易で、通常の手段で暴露を防ぐことが可能です。アスベストにおける経験もあり、現在までの知見を適切に利用すればCNTが第2のアスベストになることは考えられず(※4)、適切なリスク管理によってナノ材料のベネフィット〈利点〉を生かした工業技術・製品で特に環境・エネルギー分野での大きな貢献が期待できます。CNTに対する規制(2009年10月現在)は、例えば米国ではArticle(CNTを使った製品)は規制対象外で、また欧州ではREACH予備登録等となっています。

3) CNTの安全性・毒性評価(※5~6)は日米欧を中心に積極的に展開されてきており、日本ではNEDO「ナノ粒子特性評価手法の研究開発(中西プロジェクト:CNTのリスク評価)の中間報告版」が2009年10月16日に発表されています。それによるとCNTの暫定労働暴露限界値は、暴露予防無しで1日8時間、連続5日間の作業環境下において0.21mg/m³の大気中濃度としました(※7)。また、独・バイエル社、ベルギー・ナノシル社もそれぞれ独自の評価結果(職業暴露限度値)をすでに公表しています。

4) 欧米公的機関でも具体的な暴露経路を念頭に置いた吸入、暴露影響について、げっ歯類を用いてのハザード評価が厳密に試験されています。CNTの安全性研究事例は、米国の国立労働安全衛生研究所(NIOSH)を嚆矢としますが、著者は2005年以来、多層CNTの吸入・暴露による安全性評価についてそのNIOSHと共同して研究推進してきています。また著者と交流のある欧州公的機関も順次、吸入・暴露に関わる安全性研究結果を発表する予定となっています。これほど集中して安全性・毒性評価が蓄積している材料は稀で、安全性と材料R&Dが連係してのバランスある研究推進のモデルは、社会受容を得つつ基礎研究や事業が展開していく新しい科学のあり方も開拓しています。

米国が提唱する“Safety for Success”や“Safe Innovation”の実現に向け、“責任ある製造から応用”の立場を遵守し(※8~10)、リスク管理と予防的アプローチを徹底した研究開発および産業化を展開し、今、グリーン・イノベーションの実現に寄与するCNTの科学と技術が力強く推進されています。信州大学におけるCNTやナノカーボンの基礎科学から応用そして生体安全性に係わる総合的な研究(例えば地域イノベーションクラスタープログラム、エキゾチックナノカーボンプロジェクト等)は国際的にも高く評価され、そしてこれからも人類規模の貢献を目指して関係者一同、協力して全力で推進して参る所存でございます。


※1 厚生労働省・経済産業省・環境省「ナノ安全性」三省合同説明会資料(平成21年5月19日)
※2 「ナノマテリアルに対するばく露防止等のための予防的対応について」、平成21年3月31日(基発第0331011号)厚生労働省労働基準局
※3 「平成18年度超微細技術開発産業発掘戦略調査(ナノテクノロジーの研究・製造現場における適切な管理手法に関する調査研究)報告書」平成18年度経済産業省委託調査報告書平成19年3月
※4 「多層カーボンナノチューブに関するリスク評価・管理の最近の動向厚生労働省による予防的対応を受けて」i2TAプロジェクト・CNTチーム成果報告書TA Note 01 (Innovation and Institutionalization of Technology Assessment in Japan TA Note) http://i2ta.org/seika/ta-note.html
※5 A. Takagi et al., J. Toxicol. Sci., 33(1), 105-116 (2008).
※6 C. A. Poland et al., Nature Nanotech., 3(7), 423-428 (2008).
※7 中西準子他、ナノリスク中間評価書-カーボンナノチューブ(CNT)-中間報告版、2009年10月16日、(独)産業技術総合研究所
※8 EPA620/K-09/011 (June 2009), U. S. Environmental Protection agency
※9 J. Clarence Davies, PEN18, Woodrow Wilson International Center for Scholars, Project on Emerging Nanotechnology, April 2009.
※10 Toxicology Topics: Developing Safe Products Using Nanotechnology , Society of Toxicology (2010). http://www.toxicology.org/gp/toxtopics.asp

 

 

 

kubo.jpg     「CNTの安全性の評価に関する医学部調査WG(※1)」による
「カーボンナノチューブの発がん性に関する見解」の要約

 

信州大学
医学部長 久保 惠嗣

 

 

Ⅰ.カーボンナノチューブ(CNT、ここでは主として多層カーボンナノチューブMWCNTなどを指す)の発がん性の有無などに関する研究

1.マウスの腹腔内投与実験
  2008年2月に国立医薬品食品研究所のTakagi(※2)らは、がんになりやすい性質を持つマウスの腹腔内に大量のCNT3mgを投与し、腹膜に中皮腫(悪性)を引き起こしたという論文を発表した。
  同年にPoland(※3)らがおこなった試験的研究では、CNT50mgをマウスの腹腔内に投与した。その結果、腹腔内にアスベストの投与の際にみられるような組織学的変化(炎症反応)がみられたが、中皮腫は認められなかった。
2.吸入曝露実験
  その後、CNT及びその応用製品の製造工程において、CNTを取り扱う作業者の腹腔内にCNTが入ることは現実的にはほとんど起こらない現象であり、本来、吸入曝露に対してのリスク評価を検討すべきであるとの考えから吸入曝露試験が行われた。
   Ma-Hock, La(※4)らは、経済協力開発機構(OECD)ガイドラインに沿って、ラットに3か月間、CNTの曝露濃度0.1〜2.5mg/m³で吸入曝露試験を行った。その結果、肺癌や胸膜悪性中皮腫は観察されなかったと報告した。
   米国労働安全衛生研究所(NIOSH)は、ヒトが職業上曝露されるであろうCNT曝露の量と期間で肺毒性を検討した。その結果、肺に炎症が生じるが、炎症は曝露後7日をピークとして56日でほぼ消失した、と述べている。
3.現時点でのCNTの発がん性に関する見解
   NIOSHは、2009年12月末の時点で、CNTによる肺癌または胸膜悪性中皮腫誘発の観察あるいは報告は無く、また、発がん性を主張した既発表の論文においてもその結果と解釈の妥当性について議論の余地があると述べている。

Ⅱ.CNTを扱う際の注意点
CNTの安全性については、2008年2月のTakagiらの論文以降、研究機関、行政の速やかな対応によって、既に科学的なリスク評価が進められている。現在、世界的にCNTの作業環境における不必要な曝露を防ぐための対応が重要と考えられ、我が国でも既に2009年5月19日に三省(※5)から労働環境に関する指針が推奨されている

 

※1 本学研究者3名と他大学研究者を含むワーキング・グループ
※2~※4は、以下論文の発表者
※2 出典「The Journal of toxicological sciences, Feb.2008; 33(1):105-116」
※3 出典「Nature Nanotechnology, Jul. 2008;3(7) : 423-428」
※4 出典「Toxicological Science, Dec.2009; 112(2) : 468-481」
※5 厚生労働省、経済産業省、環境省