福嶋 光

夏学期を終えて

ドイツ

福嶋 光 さん

人文学部 人文学科
留学期間:2017年4月~(留学4ヵ月目)
留学先:ライプツィヒ大学

留学だより

 この頃、私の住んでいる街ライプツィヒでは21時半頃までなかなか陽が落ちない、明るい夕べが続いています。今日は久々にいい天気だったので、公園や芝の生えているところではみんな日向ぼっこしたり、ブランケットをひいて寝転がってご飯食べたり友人と話し込んだり本読んだり、ととても自由です。日本ではあまり見かけない光景ですが、この晴れた日ののびのびとした雰囲気が好きです。

 3月1日にドイツへ到着してからもう5か月目が過ぎて、ただ今長い夏休み(7月の上旬から10月までの約3カ月)に突入したところでこの留学のお便りを書いています。留学前、せっかく今までとは全く違う環境に身を置ける機会だし、この一年間ドイツ語漬けの日々を送りたい、なんでも挑戦してみたい、という気持ちでいました。もちろん自分の性格がそうころっと変わるなんてことはありません。今まで通りマイペースな自分の性格に救われたこともありました。それでも結構自分でもよくやったなあ、と思うことが盛りだくさんなこの濃い前半5カ月、とにかく長いようであっという間、という矛盾した言葉がしっくりくるように思います。

学習面について

 3月6日~24日の3週間は大学付属の語学学校Studienkolleg Sachsenの留学生向けオリエンテーションコースがあり、平日は朝から昼まで毎日その語学学校へ通っていました。このコースの初めにクラス分けの文法テストがあり、B1~B2レベルのクラスでクラスメイト10人くらいと授業を受けていました。ルーマニア、イタリア、アメリカ、ロシア、ポーランド…といった様々な国からのクラスメイトと授業を受けていて驚かされたのは彼らのスピーキング力です。文法テスト同じくらいの成績でもリスニングやスピーキングの力は全然違いました。なのでオリエンテーションコースの最後のプレゼンは結構前もって準備に時間をかけたり、ゲーテインスティテゥートのポッドキャストでリスニングの練習をしたり、会話の定型文なんかは暗記アプリで覚えこんだり文法基礎に加えてスピーキングやリスニングも力をいれていました。

 4月からは夏学期が始まり、引き続き語学学校で受けるIntensivコース(水~金曜の90分各日2コマずつ)と発音(週1)と文法B2(週1)の授業を中心に語学力の底上げに取り組んでいました。このIntensivコースはB2レベルなのですが周りの生徒のレベルが高く、ディスカッションなどが盛り上がったときなどになかなか発言できなかったことが少し心残りです。語彙をもっと増すべく暗記アプリで語彙増殖中です。この週6コマあるIntensivコースは有料ですがとても力がつくのでおすすめです。正規の大学の講義では聴講としてJapanologyや、Germanistikのいくつかの講義に参加していますが、現時点では専門用語が多かったり速さに慣れなかったりで十分に理解できているとは言い難いです。後期からは自分の興味のある分野の講義の単位をとりたいと思っているので夏休み中も専門的なテキストの読解やリスニングを頑張ろうと思います。

 また講義のない空きコマは大学の図書館で勉強していることが多いです。大学内の図書館は1日24時間(日曜日も)開いていて、結構広いのですがいつもそれなりに学生たちで混んでます。私は住んでいるところから近かったAlbertina図書館のほうをよく利用していました。こちらは建物が綺麗で天井も高く、小さなCaféも併設されていて居心地がいいです。ここでは、ライプツィヒ大学のJapanologyの学生とお互いの母語を教えあったり、会話したりするタンデム学習もよくしています。彼らの日本語を学ぶ意識の高さや学習方法など学ばさせてもらうことが多いです。タンデムパートナーとは毎回テーマを決めて話したり、たまに美術館や博物館に一緒に行ったりしてドイツ語でいろいろ教えてもらったりしています。

 また、連休を利用して卒論として扱う予定のトーマス・マンの『トニオ・クレエゲル』という作品の舞台であり、マンの故郷である北ドイツのリューベックを旅行し、資料館であるブデンブロークハウスなども訪れました。原作をドイツ語で読み進めながら、後期からは卒論に関連するGermanistikの文学の講義またはゼミをとろうと考えています。

ライプツィヒでの暮らし

 ライプツィヒはバッハ、メンデルスゾーン等ゆかりの音楽の街であり、ゲーテ、ニーチェ、が学んだことのある大学のある文化都市です。ライプツィヒ大学は1409年に創設されたドイツで2番目に古い伝統ある大学ですが、現在の大学の主な施設は改築されていてとてもモダンです。大学のそばには少年合唱団で有名な教会やゲヴァントハウス管弦楽団やオペラハウスなどが立ち並び、路上などにもストリートミュージシャンが多くにぎやかな街で散歩するのが楽しいです。 大学前の広場やマルクトなどではコンサートやイベントがしょっちゅうあり、毎週火曜日と木曜日には大学の近くで市場が開かれています。果物や野菜はそこで買うと安いのでよく講義終わりなどに訪れています。またライプツィヒ市内はトラムが通っていて交通の便がよく、学生証があれば市内は無料で公共交通機関が使えるので助かります。大学の近くには公園がたくさんあって緑も多く、中心街から少し外れれば落ち着いた雰囲気です。休みの日にはライプツィヒの南の方にある湖まで遠出したりしていました。

主にWGについての長い話

 まず出発前に、てんやわんやだったことから。ドイツではライプツィヒ大学の寮に住む予定でいた私は、留学の3カ月前、12月末ごろに寮に申請して連絡が来るのを待っていました。私が希望したのは大学からできるだけ近い一人部屋で、二回ほど寮からオファーがきていたのですが、希望と全然違って遠い寮だったのと、一人部屋じゃないということで断っていました。ライプツィヒ大学には寮がたくさんあるし、待っていたらそのうち希望の部屋が空くでしょう、と呑気に構えていたのですが2月下旬にさしかかってさすがにそろそろ住むとこが確定していないとまずいなと思い、寮にメールを送りました。そうしたらなんと、数日後に「実は今の時点でもう三月から入れる部屋はなくなってしまいました」というようなお返事が来て、どうしましょう(呑気)ってなりました。このままじゃドイツで家なき子だ。ホームレス留学生になっちゃう!ということでようやく危機感を抱いた私は、信大に留学していた現地の友人にWG(シェアハウス)という選択があることを教えてもらい、いろんなドイツのWGサイト(主にwg-gesucht.de)を調べて気になったWGに片っ端からメールを送りました。部屋探しするときの条件は主に、①家具付きの部屋であること②300ユーロ以内③Wi-Fiが使える④大学から遠くない(ざっくり)といったこの四点で、これだけはゆずれなかった点です。たくさんWGの貸主に送ったのですが返ってきたのは数件。WGは他の人との共同生活なので、貸主やすでにそこに住んでいる人が新しい部屋を借りる人を受け入れるかどうか決定する権利があるといった感じだったので、やはりドイツ語での意思疎通が十分にとれるかあやしい、となると受け入れてくれるところもそう多くはないというのが現実でした。それでも出発前は荷造り、引っ越しと並行してドイツでの住むとこさがしに全力を注ぎました。この期間は不動産関連のドイツ語をやたらたくさん覚えたり、貸主さんとのメールでのやりとりで今までにないくらい接続法二式の文をつかい、二式について考えました(余談)。そして最終的に連絡がずっと続いていた大学近くのWGに絞って、現地でのアポイントメントをとることに成功(まだ住めるかわからない)。そんな状態のまま三月一日、ドイツへと旅立ったのでした。住むとこ決まってないのになんかどうにかなるかも、という驚異のマイペースさは振り返ってみると本当に謎です。機内ではずっと観にいきたかったけど出発前に時間が無くて観れなかった邦画をみることができてとても満足し、隣に座っている同時期にライプツィヒへ留学するSちゃんにばれない程度に号泣(とてもいい話なんです)したのを覚えてます。その後も立て続けに二本映画を観て、うとうとして、機内食おいしい、、また寝る、を繰り返していたらいつの間にかドイツ着いていました。

 ルフトハンザでの乗り換え時間が長かったのでライプツィヒに着いたのは23時頃だったのですが、信大にきていたドイツ人の友人が迎えに来て、その夜泊めてくれました。

今思うと到着前後は本当に彼女にはお世話になりっぱなしだったなと思います。

着いてからのいろいろな手続き(住民登録、銀行口座usw…)も助けてくれて感謝しきれないです。

 そして到着二日目は、日本でアポイントを取っていたWGを訪問しました。ドイツで住むとこがないと住民登録もできない!ので寝るとこさえあればいいので貸してくださいレベルで必死でした。もはや大学からちょっと遠くて条件あわないからといって大学からの寮断っていた私が信じられない…。この最終的にずっと連絡が取れていたWGは、大学から歩いて10分以内(とても近い)で、最寄り駅はWilhelm-Leuschner-Platz駅というほぼツェントルム、町の中心地に位置するとても立地のよいWG。家具もついていてWi-fiも整ってるし、光熱費諸々込みのWarmmieteも300ユーロ以内。6人シェアのWGなので敷金(Kaution)も300ユーロとコスパが良いのです。ただ6人ってちょっと多いなとも思ったのですが、日本にいるときは絶対一人部屋!!とあんなに頑なにこだわっていた私ですが、今となってはそんなことこだわっていられない。とにかく寝られるとこあればよいです、どうか私に住むとこください(腰低)、といった心持でした。そしてやっとこさの思いでアポイントを取り付けたこのWGの貸主さんは他のWGとは連絡の取り方がちょっと違いました。不動産会社からのメールはSie(敬称)のよびかけでくるのですが、WGの貸主さんや一緒に住むことになるMitbewohnerからはたいていDu(親称)でメールがきて、正直DuのSieの使い分けに悩んだりしました。そういえばこのDuzenとSiezenの使い分けについてのエッセイを講義で読んだことある!と思い出しつつもなかなか実際に使い分けるのは難しいなと思ったりしました。たいていのWGはそのままメールでやりとりしていたのですが、このWGの貸主さんは、すぐWhatsapp(日本でいうLINE)使える?ときたので即Whatsappのアプリをダウンロードし、そちらでやりとりしていました。とはいえ、条件のよいWGを自分でアポイントとったものの、訪問した時に直接スムーズにドイツ語でやりとりできる自信が皆無な私に現地の友人が付き添ってくれました(再び感謝)。ドイツに来て二日目、ドイツ語がまだたどたどしすぎる私はアポイントさえとったはいいものの、家賃契約とか、口頭でスムーズにいくわけがないのは目に見えていました。WGの部屋の貸主さんにあったのはドイツに到着した次の日です。この日のことはとても印象に残っています(笑)

 待ち合わせたWGの建物の前に貸主さんらしき人がいたので声をかけると中に入れて部屋をいろいろと案内してくれました。そっから、本当に目が廻るくらい早いドイツ語で話す!!とにかく話す!聞き取れなくて「???」となっている私に替わってドイツ人の友人が貸主さんとなにやら(早すぎて全然聞き取れない)たくさんしゃべっている。この貸主さんはとってもよくしゃべる人で、早口で、(ゆっくり話す気はなさそう…)、しかもすっごくダイレクト。日本人の真逆。なんでも思ったこと言う!といった第一印象でした。私が全然ドイツ語ききとれないで「???」ってなったままでいると彼は「きみが部屋借りたいんだろう?ちゃんとドイツ語で話してよ」と迫ってくる。たどたどしいドイツ語で頑張る、けど早口で聞き取れない、と困り果てる。そしてそんな私をみかねた友人が必死に交渉してくれている。そしてWGの各部屋や共同スペースなどを見させてもらい最後にキッチンへ。WGをひととおりみて、私は直感でこのWG綺麗だしとてもいいなあと思いました。直感です。立地もすごくいい。問題はただひとつ、私のドイツ語。キッチンでは貸主さんと私たちとでサイコロゲームをしたのですが、ドイツ語でさらーっと超早口な貸主さんの説明をいまいち理解できずドイツ人の友人に説明しなおしてもらい呆れられるという始末。ちょっとくらいゆっくり話してくれてもいいじゃんと心の中でつぶやきつつ、2回ほどゲームをやった後、再び貸主さんが、「それで、ほんとに部屋借りたいの?」と聞いてきた。わたしは必死に(主に目で)借りたいですと伝えるも、結局はドイツ人の友人が3月から授業があってどうしても部屋がいるけど寮が満室で、寮があくまでの1カ月だけでも!と貸主さんを説得してくれました。私ほんとに助けてもらってばっかりで情けない…と思いつつも、直感を信じ、ここに住みたいと伝えたら、「お互い知り合うまでに時間がかかる、それまでに1週間か1か月か、どれくらいかかるかわからない、とりあえず住んでみてもいい」と言われました。とりあえずほぼ友人の説得のおかげで1カ月はなんとか住むことを承諾してもらえましたが、このWGに住むとなると自分で頑張らなくては、、とかたく決意し、とりあえず部屋がある、ということに束の間ほっとしたのでした。

 そのWGに住むことになってからは、まずまだ顔を合わせていない同居人が何人かいたので、共同スペースのキッチンのテーブルにドイツ語で書いた自己紹介とお世話になります的な手紙と日本からのちょっとしたお土産を置いておきました。そしたら、隣の部屋の同居人が訪ねてきてくれ、キッチンとか洗濯機の使い方とかを教えてくれました。貸主さんよりゆっくり話してくれるからまだドイツ語理解できる!と感動しながら彼女の優しさにしみじみ。他の同居人も困ったこととか必要なものとかあったら言ってね、といろいろ助けてくれたりしました。このWGには社会人のドイツ人3人(貸主さん含む)と中国人、私と同じようにライプツィヒ大学に交換留学中の台湾からきている留学生の5人と住んでいました。台湾からの留学生の子とはよく一緒に料理したり、ご飯食べに行ったりしました。彼女は英語ペラペラでドイツ語も結構話せる本当に頼りになるお姉さん的存在。同居人たちは皆まだドイツ語が十分でない私のことをよく理解してくれました。私も最初は不安もありましたが、彼らには私からコミュニケーションをとりたい、話したいということがどんなかたちでも伝わることが大事だと思ってがんばりました。第一印象ではこわいなーと思っていた貸主さんも私から積極的にドイツ語で話しかけるようにしていたら相変わらず早口だったけどいろいろ話してくれるようになりました。彼は30代後半で大学横の大きなビルでコンピューター関連の仕事をしていて、ライプツィヒ大学でも現役で情報学の学生をしています(大学のメンザでもたまに会う)。語学学校での課題とかも共同スペースにいるときには手伝ってもらったりもしました。彼は私が本当に理解できるまで紙に書いて教えてくれたり、わからないときはわからないと言って構わないと根気良く付き合ってくれました。共同スペースはキッチンと飲食スペース、バスルーム、洗面所2つだけでしたが、毎日ご飯時になると会うので毎日ドイツ語に触れる機会があってとてもいい環境だったなと思います。みんなで日本式鍋をしたり(日本からもってきた鍋のもとありがとう!)、同居人たちにドイツ語で練習したマジックを披露したらとても喜んでくれたのはほんとにうれしかったなあ、なんて余談は尽きません。。また私の誕生日には同居人がケーキを焼いてくれたり、プレゼントを用意してくれていたりしてちょっぴり感動しました。

 3月の終わりにさしかかると、1カ月だけという約束だったので貸主さんと来月からはどうするの、という話になりました。大学から4月からは寮の部屋が空くので住める、という通知が来ていたのですが、結構遠くの寮だったので貸主さんに相談したら、寮よりここの方がずっといいだろう、ということでいたいだけでもいていいよ、と言ってもらえました。この時は本当にうれしかったです。最初は君のことを全然知らなかったけど、今ではよくわかるから、と言ってくれました。いつもダイレクトに思ったことをそのままいう貸主さんの言葉だけにじーんときました。そんなこんなで、7月から大学近くの寮の部屋が空くまでこのWGに住んでいました。寮に引っ越してからもたまに恋しくなります。ドイツに来てWGに住む、という経験ができたのも私のマイペースすぎが引き起こした偶然でしたが、本当に良かったです。

それではこのへんで、引き続き後半の留学生活も頑張ります。