信州大学法科大学院

さらなる格闘・・・改革期

(1)改革の必要性
 信州大学法科大学院は、2009(平成21)年の司法試験において、初の合格者を出し、存続の危機を乗り切った。しかし、そのこと自体は、ようやく他の法科大学院と同じ土俵にのったにすぎなかった。法科大学院をめぐる状況からすれば、その後も合格者を継続的に出すことによって、能力ある入学生を確保しなければならない。そのために、信州大学法科大学院は、2010(平成22)年から2011(平成23)年にかけて、カリキュラム改編と2年コースの導入という二つの大きな制度改革をおこなった。以下では、その様子を概観しよう。

(2)カリキュラム改編による演習科目の導入
 合格者を出していくための努力の中で、当時のカリキュラムが司法試験合格に適合していないという問題が意識されるようになった。
 信州大学法科大学院は、司法改革の理念に忠実であったため、ほとんどの教員は、講義では受験に向けた指導をしてはならないと考えていた。また、カリキュラムも講義が中心であって、答案を「書く力」は学生が努力して獲得するものだという前提があった。
 しかし、最初の合格者の多くは、教員が参加する「自主勉強会」や弁護士会の協力による「ゼミ」によって書く力をつけた者であった。司法試験の合格のためには、答案を書く力が備わっていなければならず、その力を得るには、一定の訓練が必要なのである。とするならば、そのような能力の養成は、「自主勉強会」のような「課外活動」ではなく、正規のカリキュラムによってなされるべきではないか。
 この考えを強く主張し、カリキュラム改編を提言したのは、2009(平成21)年1月に赴任した三枝有教授(刑法)であった。彼は、他の法科大学院での教育歴をもち、そこで合格者も出していた。三枝教授は、他の法科大学院では、「演習科目」を多く設置して、「書く力」を養成している。信州大学法科大学院も、それにならってカリキュラム改編をするべきだと主張した。
 こうして、基本7科目すべてについて演習科目を設置するカリキュラム改編がおこなわれた。これらの演習の多くは、必修科目とされた。この演習は、学部で通常みられるようなゼミとは異なる。教員が作成する具体的な事例問題に対して、すべての学生が答案を書き、教員がそれを添削し、解説することが前提とされたのである。このカリキュラム改編は、2010 (平成22)年4月入学の平成22年度入学生から適用された。

(3)既修者コースの導入
 もう一つの制度改革は、2年コースの導入である。司法改革の理念に忠実に、未修者コースだけでここまでやってきた信州大学法科大学院であったが、2011(平成23)年4月、既修者コースを導入することになった。その理由は、受験者と入学者の確保のためである。
 司法試験が回数を重ねるにつれ、既修者と未修者との合格率の差が明らかになってきた。その結果、未修者の受験者が大幅に減少していた。このような状況において、未修コースのみでは受験者を十分に確保することが困難になっていたのである。実際、平成22年度入試においては、定員を18名まで下げたにもかかわらず、二次募集分をいれても41名の受験で34名の合格、17名の入学にとどまった。(ちなみに、この17名のうち、5名が司法試験に合格している(29.4%)。この数字を見ると、少なくとも信州大学法科大学院に関する限り、競争倍率と「質」に直接的な因果関係はなさそうである。優秀な学生で、長野県で弁護士をやりたいという層が確実に存在するからである。)
 他方、2010(平成22)年9月に合格発表された第五回司法試験では、競争はさらに激烈になっていた。8,163名が受験し、合格者は2,074名、25.4%の合格率であった。未修者に限定するなら、4,808名の受験で832名の合格。合格率は17.3%である。信州大学は、合格者は前年よりも1名増えて第二期生2名、第三期生3名の計5名が合格した。合格率は12.20%であり、46位であった。
 司法試験の結果を受けて、文部科学省による介入もより直接的なものになっていく。すでに述べた「法科大学院教育の質の向上のための改善方策」に関する「中間とりまとめ」(2008(平成20)年9月)を根拠に、フォローアップをおこなうための組織として、2009(平成21)年2月24日、中教審大学分科会法科大学院特別委員会の中に第3ワーキンググループが作られた。第3ワーキンググループは、同年7月、①競争倍率が低く入学生の質の確保が困難になることが懸念される、②新司法試験の合格者数が著しく少ない、または合格率が平均の半分未満の状況が継続しているなど、修了生の質の確保に早急に取り組む必要がある、などの観点から、40の法科大学院からヒアリング調査をおこなった。その後、同ワーキンググループは、同年10月から2010 (平成22)年1月にかけて、40校の中でさらにフォローアップする必要があると判断した26校につき、実地調査をおこなった。信州大学法科大学院は、この26校に含まれていた。同ワーキンググループは、2010 (平成26)年1月22日、この26校を、改善の傾向がみられるが、継続的にフォローアップする必要がある12校と改善がされておらず重点的にフォローアップする必要がある14校にわけて、公表した。信州大学法科大学院に対しては、「改善のための取組が実施され、今後一定の成果が見込まれると考えられる。しかしながら、平成19年度修了生については、依然として合格者が一人にとどまるなど、新司法試験についても相当に厳しい合格状況にあることを考えれば、継続的にフォローアップを実施する必要がある」という意見がつけられた。
 以上のように、司法試験合格が厳しくなり、法科大学院の人気が下がって受験者自体が減っていく現象、そのなかでも特に未修者の合格率が伸びず、未修者の受験者が減っていく中で、法科大学院の評価自体は、司法試験の合格率を指標に、未修・既修を区別せずにおこなわれていた。中教審ワーキンググループによる「フォローアップ」を受けることは、社会的には、合格者が振るわない法科大学院として受け取られたのである。米田研究科長は、このような状況を打開するために既修者コースを作ることを決意するのである。幸い、手続自体はそれほど難しくなく、信州大学法科大学院は、平成23年度入試から2年コースを導入することを決定した。
 2年コースの導入によって、2011(平成23)年度入試においては、受験生58名、合格者34名、入学生19名を確保した。競争倍率2倍は維持できなかったが、入試状況は、受験者数、入学者数ともに改善したのである。
 ちなみに最初の2年コースは3名が修了しているが、そのうち2名が司法試験に合格している。2年コース第一期生は、合格率66.7%なのである。ついでに述べておくと、第二期生は、合格率50%である。

PAGE TOP