信州大学法科大学院

存続の危機とその克服

(1)文科省の動き
 信州大学法科大学院が合格者0を記録した第三回司法試験では、6,261名が受験をし、2,065名が合格した。合格率は33%であった。未修者に限定すれば、3,259名が受験し、734名が合格、合格率は22.5%であった。
 司法制度改革審議会の意見書においては、2010(平成22)年までには合格者3,000人を達成し、また、修了生の7- 8割が司法試験に合格するような制度にするよう提言されていた。しかし、最初の既修者コース修了生だけが受験した第一回の司法試験こそ半数近くが合格したが、第二回においては、40.2%の合格率であり、それが、ついに第三回においては33%にまで落ち込んだのである。受験者が増え続ける第四回以降、合格がさらに厳しくなることは確実であった。
 この状況に外応するために文部科学省が実際におこなったのは、司法試験の合格率の低い法科大学院に対し、「質の向上」を求めることであった。それが、司法試験結果の発表の後、しばらく経った9月30日に、中教審大学分科会法科大学院特別委員会によって公にされた「法科大学院教育の質の向上のための改善方策について(中間まとめ)」である。
 「中間まとめ」によると、「法科大学院の修了者の質が十分ではないとの指摘が一部でなされ、法科大学院の教育のあり方についても問われる」という状況があるので調査をしてみたところ、法科大学院修了生の中に、「基本的な知識・理解が不十分な修了者」、「論理的表現能力の不十分な修了者」がいることが明らかになった。それを何とかしなければならないというわけである。
 そのために、①「入学者の質と多様性の確保」、②「修了者の質の保証」、③「教育体制の充実」、につき、各法科大学院は努力しなければならないとされた。①においては、「質」を確保するために競争性を確保せよ、そのためには、受験生が減少している大学院においては募集人員を削減せよ、とされた。「多様性」については、社会人、他学部出身者の割合が減ってきているのは、未修者の合格率が低いからであり、そうならないよう「カリキュラムや授業内容・方法の改善にさらに努めるべき」だとされた。
 ②については、「共通的な到達目標」を導入し、成績評価および修了認定の厳格化を徹底すべきだとする。そして、ここにおいて司法試験との関連性が指摘される。すなわち、「司法試験の合否のみにより法科大学院の教育成果のすべてを評価することは適切とはいえない」という建前を述べた後、「3回の司法試験の結果、修了者のうち、司法試験に合格し、法曹として活躍できる者の割合が著しく低い状況が継続的に見られる法科大学院」に対し、「入学定員数の調整を含めた適切な入学者選抜や、教育水準の確保・向上を前提とした上での厳格な成績評価及び修了認定の徹底などを担保するための方策を講じる必要がある」とされたのである。
 ③においても、「質の高い教員を確保することが困難」、「競争率が低いため質の高い入学生を確保することが困難」、「修了者の多くが司法試験に合格していない状況が継続」している法科大学院においては、「自ら主体的に入学定員の見直しを個別に検討する必要がある」とされた。
 そして、①~③について、「今後、各法科大学院において改善が適切に進められているかについて、本委員会の中にフォローアップを行う組織を設置し、継続的に実態を把握しながら、必要な改善を各法科大学院に対して促していく仕組みを構築する必要がある」とされた。その後、司法試験の結果が振るわない法科大学院について、法科大学院特別委員会の中のワーキンググループがチェックをおこなうことになるが、その制度的枠組みがここに示されたのである。
 この中間まとめを根拠に、文科省によるヒアリングが全法科大学院に対しておこなわれた。このヒアリングにおいて、合格者が0であった信州大学法科大学院に対して、非公式ながら「廃止を考えよ」という厳しい要求がなされたようである。
 こうして、信州大学法科大学院は、創立3年目にして、今度こそ「存続の危機」を迎えていたのである。

(2)危機への対応
 11月におこなわれた平成21年度入試においては、志願者は75名と激減し、合格者は39名、入学者は17名にとどまった。定員は40名であるから、かなりの定員割れである。ゼロ・ショックにもかかわらず、信州大学法科大学院を選択してくれた平成21年度入学生には感謝するしかない(17名のうち4名が司法試験に合格している)。志願者の減少は、全国的なものであった。つまり、この年、法科大学院への志願者は、前年と比べて約1万人も減ったのである。それにしても、入学生が定員の半分以下という数字は、当時の関係者にとって、相当にショッキングであった。
 このような存続の危機をのりきるためには、次の司法試験において、1名でも多くの司法試験の合格者を出すしかない。多くの教員がそう考えたはずである。しかしながら、ここで組織的な努力の障害となったのは、「受験指導」をしてはならない、という司法改革の理念であった。存続のためには司法試験の合格者を劇的に増やさなければならないが、そのための公式な指導をしてはならない。これが、当時の信州大学法科大学院が直面していた難題であった。
 このような状況で、米田研究科長がとった策は、「教員のボランティアによる自主勉強会」の充実であった。これは、法科大学院生が自主的に答案を書くゼミを主催し、教員が「アドバイス」という形でそれに参加し、添削や解説をするというものであった。これは、あくまでもロースクールの正規の教育とは関係ないので、断じて「受験指導」ではないのである。
 また、信州大学法科大学院の現状に危機感を感じていた長野県弁護士会も動き出す。同会は、ロースクールバックアップ委員会を組織していた。これは、本来は、ロースクールに派遣される弁護士をサポートするための委員会であった。この委員会が、若手弁護士を講師として派遣し、法科大学院生に対してゼミを開始したのである。(このゼミは、その後、基礎的な論点を確認するための「個別ゼミ」、本番に類似した形態で答案を作成することによって実践的な力をつけるための「実践ゼミ」として整備された)。これも、あくまでも、信州大学法科大学院とは、全く別の活動としてなされたのである。
 このような非公式の努力が必死でなされる中、2009(平成21)年3月、第二期生が修了した。信州大学法科大学院の運命は、前年度に修了した第一期生とあわせて57名の修了生の司法試験の結果如何にかかっていたのである。(当時、このような共通認識が教員の間で明示的になされていたわけではない。しかし、当時の状況から考えて、もし、平成21年の試験結果が振るわなかったならば、しかるべきところから廃止という圧力がかかったであろうことは疑いないように思われる。)

(3)平成21年司法試験の結果
 第四回司法試験の結果は、2009(平成21)年9月10日に発表された。果たしてその結果は、26名の受験で4名の合格であった。第一期生1名、第二期生3名が見事合格を果たしたのである。合格率は15.4%であった。
 司法試験全体の受験者は7,392名で合格者は2,043名、合格率は、前年の33%をさらに下回る27.6%であった。全国74校ある法科大学院を合格率で序列化すると、合格率15.4%の信州大学は44位であった。
 この数字をどうみるかであるが、考えなければならないのは、信州大学法科大学院は3年コースしかなく、全員未修者であったことである。4回の司法試験の結果、既修者と未修者では合格率に大きく差がでてきていた。第四回司法試験を未修者に限定すると、4,118名の受験で777名の合格者、合格率は18.9%である。合格率15.4%の信州大学は、全国平均からそれほど隔たっていないのがわかるであろう。未修者に限れば合格率順位は35位であった。
 いずれにしても、この結果は、前年度におけるゼロ・ショックを打ち消すのに十分であった。文科省からは、教育力に問題があるから合格者がでなかったとの指摘を受けていたが、その指摘が当たらないことが証明されたのである。

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