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謝 賓

謝 賓

数学科

講座:自然情報学分野
職名:准教授
略歴:
2005 年東京大学大学院数理科学研究科修士課程修了
2008 年東京大学大学院数理科学研究科博士後期課程修了
2008 年現職
キーワード:伊藤解析
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不確実な現象の解析

現在の研究テーマ: 面白い確率微分方程式の研究

確率微分方程式の理論が偉大な数学者伊藤清によって創始されたものです. 今までに, 様々な分野において応用されています.

よく知られているのはNewton, Leibnizによる微積分学に基づいて, 決定論的力学法則に従う自由落下, 惑星の運動といった自然現象の時間発展が常微分方程式により記述されることです. この場合に, ある時刻における物理系の状態(位置と速度など)が分かれば, 常微分方程式を解くことによりすべての時刻における状態が完全に決定されます. これは「決定論的」現象と言います.

しかし, 世の中にはこのような記述ができない自然現象や社会現象が数多く存在します. たとえば, 株価の不規則な変動, 交換台にかかってくる電話の回数, 大地震や台風などの自然災害, 出生死滅を繰り返す人類の個体数, 煙突から出る煙の形の変化, 桜の花弁が風に乗り散らばりながら地面に落ちてくる時の位置等々. このような不確実性を含む現象の代表的な例がBrown運動です.

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図1: 1次元のブラウン運動の軌跡

Brown運動については, まず, イギリスの植物学者Brown(1773--1858)は1828年に花粉が水の浸透圧で破裂し水中に浮んだ微粒子を顕微鏡下で観察中以下のグラフのようなきわめて不規則なジグザグな運動をはじめに発見しました.

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図2: 微粒子のジグザグな運動

それから, 約80年間をたって, 1905年に物理学者Einstein(1879--1955, ノーベル賞受賞者)により, 熱運動する媒質の分子の不規則な衝突によって引き起こされる現象であるとして説明する理論が発表されました. その後, 1923年に, N. Wiener(1894--1964)はその現象を理想化し, 数学的モデルを確率過程として導入しました.

研究領域:確率微分方程式

このような運動の時間発展の一つの標本をとらえたとき, それは決定論的法則に基づく常微分方程式の解の滑らかな軌道とは様相を異にします. このような不規則を表すジグザグな標本路の性質を記述するために, 日本人数学者伊藤清は端的に言って, 確率微分方程式の概念を導入してそれを解析する基本的手段を考え, 不規則な系の微積分学を厳密な数学的理論として構築しました.

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図3: 伊藤清(1915-- ), 2006年8月22日第1回ガウス賞, 2003年文化功労者, 1987年ウルフ賞; 1978年日本学士院賞恩賜賞, \(\ldots\)

その業績はしばしば, Newtonのそれと比べて語られ, 20世紀後半に大きく発展し, 今では確率解析あるいは伊藤解析と呼ばれています.

ひとことで言えば, 確率微分方程式とは, 時間とともに偶然に変化する要因を伴った常微分方程式のことです. あるいは, ランダムな揺らぎ(ノイズや雑音とも呼ばれます)の加わった常微分方程式です. 今は, 確率微分方程式が自然科学の諸領域において極めて重要な役割を果たしています. 実際, 物理学, 生物学あるいは工学では外部からの影響として加わる雑音をモデル化するために確率微分方程式が採用されています. さらに, 自然科学のみではなく, 金融理論をはじめとする経済学においてさえも, その有用性はよく知られています. というのは, たとえば株価変動曲線はBrown運動の軌跡と実によくマッチするからです.

以下のグラフはある一年間のナスダック指数の推移のものです.

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図4

図1と比べると, 非常に似ているでしょう.

最後に, 1997年のノーベル経済学賞の受賞者Myron S. Scholesたち

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図5: マイロン・ショールズ(Myron S. Scholes, 1941- )

の業績に対する伊藤解析の巨大な貢献について話しましょう. 伊藤清の業績に基づいて, 1973年に, 当時の懸案であったヨーロピアン・コールオプション(満期日にのみ権利を行使できるオプション)のオプション・プレミアムを計算しするために, BlackとScholesは確率解析と均衡議論を用いた論文を共同で発表しました. 彼らが導入したモデルはBlack-Scholes方程式と呼ばれています. この理論値はすでに市場の均衡価格として得られていた価格に一致しました. 1997年に彼はBlack-Scholes方程式に関する業績によって, Mertonとともにノーベル経済学賞を受賞しました(Blackは1995年に逝去しました). この方程式はファイナンスにおける数学的モデル化のもたらした大功績であり, オプションや他のデリバティブの取り引きにおいて必要不可欠の道具となっています.