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加藤 千尋

加藤 千尋

物理学コース

講座:宇宙線物理学分野
略歴:
1992 年埼玉大学大学院理工学研究科博士課程修了
1992 年理化学研究所奨励研究生
1993 年信州大学理学部・助手
2006 年信州大学理学部・准教授
2019 年現職
キーワード:宇宙線
ホームページ:http://cosray.shinshu-u.ac.jp/crest
SOARリンク:SOARを見る

宇宙線で予報する宇宙の天気

研究テーマ:宇宙線の観測実験

1.宇宙線観測実験

太陽の活動は地球に様々な影響を与えています。例えば、フレアーやCME(Coronal Mass Ejection)と呼ばれる太陽表面での爆発現象は惑星間空間に衝撃波を生み、この衝撃波が地球にぶつかると地球の磁気圏を攪乱して地磁気嵐を引き起こします。大規模な磁気嵐は変電所や電子機器に影響を与える可能性があります。極域で観測されるオーロラは、磁気嵐に伴って磁気圏内に入り込んだ荷電粒子(電子)が大気中の原子と相互作用して発光したものです。

現在、こうした大規模な磁気嵐を引き起こす衝撃波の到来を予報する試み(宇宙天気予報)が行われています。研究室では、宇宙線を使って予報の可能性を探っています。宇宙線とは、銀河系のどこか、または銀河系外で生成・加速された高エネルギーの荷電粒子(主に陽子)のことです。これまでに、宇宙線強度変動の連続観測から磁気嵐が起きた時にその予兆となる現象がありそうなことを突き止めました。現在はさらに研究を進めるために日本、オーストラリア、ブラジルそしてクウェートに観測所を設置し、ほぼ全天を同時観測しています。

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写真:JAXA

この観測ネットワーク(次頁)による観測データの解析から、惑星間空間衝撃波の地球到来前後に、宇宙線強度が激しく変動している様子が判り、また、そうした変動の擾乱到来後の部分が惑星間空間磁場の構造と密接に関連していることを明らかにすることができました。

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宇宙から見たオーロラ(Image courtesy of the Image Science & Analysis Laboratory, NASA Johnson Space Center.)



研究テーマ:宇宙線の数値実験

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2.宇宙線の伝搬

太陽から噴き出しているプラズマの風は太陽風と呼ばれ、太陽から磁力線を引き出して100AU(太陽と地球の間の距離を1とした長さの単位)程度まで吹いていると考えられています。この太陽風の勢力範囲を太陽圏と呼んでいます。宇宙線は荷電粒子ですから、磁場中をまっすぐ進むことができません。したがって、太陽圏内の宇宙線の輸送は拡散と(太陽風による)対流の効果で表わされることになります。これを式で書くと、動径方向のみの1次元で考えた場合

\[ \frac{\partial f}{\partial t}=\frac1{r^2}\frac{\partial}{\partial r}(r^2k_r\frac{\partial f}{\partial r})-V\frac{\partial f}{\partial r}+\frac1{r^2}\frac{\partial}{\partial r}(r^2V)\frac{p}{3}\frac{\partial f}{\partial p} \]

となります(細かいパラメータは気にしないで)。この式を解いて太陽活動と宇宙線強度変動との関係を調べようとしているのですが、この方程式は解析的には解けません。ただし、数値的に解く方法はいくつかあり、その中で、"確率微分方程式"を使った解法を応用しています。

この方法は、拡散現象を確率的に扱うことができる利点があるのですが、もう一つ、面白い性質があります。通常、微分方程式は初期条件(始状態)を与えてその時間経過(最後の状態を終状態と言います)を計算してゆきますが、確率微分方程式では、終状態から始めて時間を遡るような計算が可能なのです。この理屈を使うと、地球で観測された宇宙線のデータから、太陽圏に侵入した時の宇宙線の性質(エネルギーや位置など)を推定できることになります。

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上図は地球近傍での宇宙線のエネルギー分布から太陽圏の境界でどのようなエネルギー分布になっているかを推定したものです。赤線(終状態)が地球近傍、青線(始状態)が太陽圏境界での分布を表しています。この図から、地球近傍まで侵入してくる宇宙線は、ある大きさ以上のエネルギーをもっていなければならないことが推察されるのです。もちろん、この計算は非常に単純化したモデルでの計算ですから、これからの議論にはもっと複雑なモデルが必要になります。