信州大学  工学部  物質化学科
信州大学大学院  総合理工学研究科  工学専攻 物質化学分野(修士課程)
信州大学大学院  総合医理工学研究科  総合理工学専攻(博士課程)


キノコ由来ラッカーゼに関する研究

リグニンの分解は,酸化還元酵素によって行われる


 バイオマス成分の1つにリグニンがありますが,その分解は主にキノコが生産する酸化還元酵素によって行われます。その中でもラッカーゼ(Lcc)は,複数個の 銅原子を含む酵素として知られており,そのため精製した酵素は青色を呈するものがあります。Lccは,リグニンから電子を引き抜いて酸素に渡し,水を生成 する反応を触媒します。この反応によって,リグニン分子を構成する結合が破壊され分解が起こります。一方,Lccは,分子の重合にも関係しています。漆器に使う漆の重合は,漆に含まれるLccが酸素の存在下で重合反応を行い,高分子のポリマーが生成することで起こります。

 酵素は,基質特異性が高いことが1つの特徴ですが,Lccのそれは比較的低く,反応できる化合物の構造は一般的な酵素ほど厳密ではありません。これは,リグニンの化学構造が複雑で規則性が低いことに原因があるのかもしれません。

ラッカーゼによる合成染料の分解


 Lccの広い基質特異性をうまく利用して,様々な化合物を分解することが可能です。我々の研究室では,合成染料を分解できるLccを 研究しています。合成染料は,熱や光,生物分解性に対して高い耐性をもつものが多く,環境に排出された場合,長い間分解されずに蓄積することも考えられます。 ある種のLccは特定の構造を持つ合成染料を分解・脱色することが可能です。皆さんがご存じのストーンウォッシュ・ジーンズの脱色にもLccが使用されて いる場合があります。

 様々なキノコからLccを抽出し,数種類の合成染料と反応性を調査しました(図)。Lccが分解・脱色できる染料は,リグニンの部分構造と一致した分子構造をもつ染料が多く,酵素の起源や種類によっても反応性が異なることがわかってきました。


decolor


各種キノコ培養液による合成染料の脱色実験

               タンパク質を電気泳動し(各試料6レーンずつ),合成染料と反応させた。脱色に関係する酵素がある場合は
               色が変化している(○印)。1はタンパク質染色,2は主にLccがと反応して緑色になる化合物。

ラッカーによる合成染料脱色に関する参考文献
■ Nozaki K et al. (2008) Screening and investigation of dye decolorization activity produced by basidiomycetes. J Biosci Bioeng, 105 (1), 69ー72

 Lccが分解できる化学構造がわかれば,生分解可能な構造を予測して新規化合物の設計・合成が可能になります。Lcc以外のリグニン分解酵素(リグニンペルオキシダーゼやマンガンペルオキシダーゼ)にも同様な性質が備わっていますが,その反応には過酸化水素が必要です。Lccの反応に必要なものは基質と酸素だけですから,他の酵素に比較して利用しやすい酵素だと考えられます。

ラッカーゼを使った "酵素バイオ燃料電池”


 バイオ燃料電池とは,有機物もしくは無機物の水溶液(燃料)に,酸化還元酵素を固定した電極を差し込んで電子の授受を行うことで,燃料の化学エネルギーを電気エネルギーとして取り出す電 池です。例えば,フルクトース(果糖)を燃料とする場合は,陽極にはフルクトースでヒドロゲナーゼを固定し,陰極にはLccを固定した電極を使用して装置 が作らます。燃料とそれに作用する酸化還元酵素(陽極),電子を受け取って溶液中に受け渡す酵素(陰極)の反応が上手くつり合えば,電流が流れます。我々 は,東北大学・多元物質化学研究所・京谷研究室の干川康人先生と共同研究を行い高効率なLcc酵素電極の開発を行っています。

 Lccは,起源となる生物やアイソザイムの種類によって,性質が異なるものがたくさん存在します。各種Lccの至適pH,安定性,酸化還元電位などを考 慮して最適なLccを選抜し,遺伝子工学的手法を用いて組換え酵素を作製しています。組換え酵素は,高度に精製を行い,酵素電極としての性能を評価しま す。さらに電極の性能を上げるために,酵素の構造改変を試み,酵素電極に適した酵素を作出する予定です。

キノコ・ラッカーゼの多様性


 木材腐朽に関係するキノコには複数のLccが存在することがわかっています。我々が研究しているトキイロヒラタケには,少なくとも9種類の Lccアイソザイムが存在することがわかっています。これらは,菌糸体の中に存在するものや子実体(キノコのカサ)に存在するもの,そして菌体外に分泌さ れるものでも培養時期によって発現量が異なるもの等,全てのアイソザイムの生物的な役割が異なることが予想されています。


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