酵素化学研究室(野﨑研究室)
信州大学 工学部 物質化学科
信州大学大学院 総合理工学研究科 工学専攻 物質化学分野(修士課程)
信州大学大学院 総合医理工学研究科 総合理工学専攻(博士課程)
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セルラーゼの誘導機構を解明する研究
トリコデルマ・リーゼイによるセルラーゼの生産
トリコデルマ・リーゼイ(
Trichoderma reesei
, 下図)は,非常にたくさんのセルラーゼを生産する糸状菌です。バイオエタノールの製造に使用されている酵素製剤のほとんどが本菌由来のセルラーゼです。人 間が消化酵素によって食物を分解し体内に吸収するように,トリコデルマはセルラーゼによってセルロースを分解し栄養源にしています。このとき,セルラーゼはセル ロースが周囲に存在する時にだけ生産・分泌されます。このように,微生物が分泌する酵素の大部分は,特定の物質が周囲 に存在するときにだけ生産されます。この現象を
酵素の誘導
といい,誘導を引き起こす物質(この場合はセルロース)を
誘導物質
,このように生産される酵素を
誘導酵素
といいます。生物には必要なときに必要な酵素を,必要な量だけ生産するシステムが備わっています。
トリコデルマにおけるセルラーゼの誘導物質は,セルロースだけではありません。ソルボース,ラクトース,セロビオース,ゲンチオビオース,ソホロースなどの糖質も誘導物質ですが,その中でも
ソホロース
(β-1,2-グルコビオース) の誘導能力は著しく高いことがわかっています。ソホロースは,セルロースの分解で生じたオリゴ糖に
β-グルコシダーゼ
という酵素が作用し,
糖転移反応
によって合成されると考えられています。このソホロースが誘導物質となり,セルラーゼの生産が開始されます。
参考文献
■ Guo B, Sato N, Biely P, Amano Y, Nozaki K (2016) Comparison of catalytic properties of multiple β-glucosidases of
Trichoderma reesei.
Appl Microbiol Biotechnol
, DOI: 10.1007/s00253-016-7342-x.
ソホロースがセルラーゼの誘導物質である理由
微生物は,周囲に存在するセルロース(栄養の素)を人間のように五感を使って見つけ出すことはできません。しかし,
セルロースが近くに存在する確実な証 拠を,別の方法で感知する
システムをもっています。セルロースを直接感知できれば良いのですが,そのような
高分子化合物を菌体内に直接取り込むこ とは不可能
です。
セルラーゼ生産菌の中には,セルロースの分解物であるセロビオース(β-1,4-グルコビオース)を誘導物質としているものがいます。しかし,セロビ オースは,離れた場所にいる他の微生物の酵素によって作られて,偶然ここへ流れ着いたという可能性もあります。トリコデル マは,
自らが合成したオリジナルの化合物(ソホロース)を感知する
ことで,自分とセルロースの距離を上手く認識しているのかもしれません。
セルラーゼの誘導物資であるソホロース(図)は,天然にごくわずかしか存在しない希少糖質であり,セルロースに比べるとかなり低分子量です。また,ソホロースを作る糖転移反応は,その材料であるオリゴ糖が大量に存在するときに起こりやすくなります。したがって,
ソホロースを感知した=自分の近くにたくさんのセルロースが存在する
ということになるのかもしれません。
このように,糖転移反応によって生じた化合物が,酵素の誘導物質になることは珍しいことではありません。遺伝子関連の教科書に必ず登場する「Lacオペロン」を ご存じでしょうか。誘導物質として紹介されているラクトース(ガラクトシル-β-1,4-グルコース)は,β-ガラクトシダーゼの糖転移反応によって
アロ ラクトース
(ガラクトシル-β-1,6-グルコース)に変換され,それが誘導物質となってLacオペロンが働き出します。
ソホロースを合成する酵素を特定する
セルラーゼの誘導物質であるソホロースは,
β-グルコシダーゼの糖転移反応によって合成される
こ とが予測されています。しかし,トリコデルマには,少なくとも10種類のβ-グルコシダーゼ遺伝子が存在します。これらのアミノ酸配列の相同性をもとに作 成した系統樹を下に示します。この中からソホロースを合成するβ-グルコシダーゼを特定するために,全ての組換え酵素を作製し調査をしてい ます。
研究の目的
セルラーゼの誘導機構の解明は,
簡単に大量のセルラーゼを生産
させる
ためのヒントになる
かもしれません。バイオマス利用における問題点の1つは,糖化に使用する
酵素の価格が高い
ことです。高性能な酵素を安価に提供できれば,バイオマス利用の促進につながります。菌の酵素生産能力を最大限に発揮させることが,我々の研究の目的です。
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