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いいおか しろう

飯岡 詩朗

英米文学 准教授

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雑記

映画『蟹工船』が松本Mウイングに「寄港」

今年の新語・流行語大賞のトップテンにも選ばれた『蟹工船』。小説がベストセラーになり、マンガ版が登場したり、来年にはSABU監督、松田龍平主演で映画化もされるという。ブームといっても過言ではないだろう。

もっとも『蟹工船』は、すでに1953年に山村聰の監督・脚本で映画化されている(製作は現代ぷろだくしょん)。その映画『蟹工船』の上映会が松本で行われる。

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映画『蟹工船』上映
場所:松本市中央公民館Mウイング6階ホール
日時:12月18日 1回目14:30~16:20/2回目19:00~20:50
料金:前売券1000円/当日1200円
お問合せ:長野映研
・電話 026-232-1226
・FAX 026-232-8387
・E-mail naganoeiken@ebony.plala.or.jp
(←@は半角に)
長野映研HP新着情報より転載

チラシにある「学生無料」の「学生」がどこまでを指すのか判然としないので、直接長野映研に電話で問い合わせたところ、大学生もOKということだったので、ぜひ見に行ってもらいたい。

それは『蟹工船』で描かれる労働者がおかれた過酷で致死的な状況が現代の「格差社会」や「ワーキングプア」の問題とつながるから、というよりも、な により映画として、不抜けた日本映画に慣れてしまった現代の私たちにとっては衝撃的なまでの「熱さ」がこの映画にはあるからだ。(ちなみに音楽は、あの 『ゴジラ』のテーマ曲をつくった伊福部昭なので、音楽に注目するのもいいかもしれない。)

ちなみに、『蟹工船』は、船の中での映画(活動写真)上映の場面もある。

最初「実写」だった。宮城、松島、江ノ島、京都……が、ガタピシャガタピシャと写って行った。時々切れた。急に写真が二、三枚ダブって、目まいでもしたように入り乱れたかと思うと、瞬間消えて、パッと白い幕になった。
それから西洋物と日本物をやった。どれも写真はキズが入っていて、ひどく「雨が降った」それに所々切れているのを接合させたらしく、人の動きがギクシャ クした。――然しそんなことはどうでもよかった。皆はすっかり引き入れられていた。外国のいい身体をした女が出てくると、口笛を吹いたり、豚のように鼻を ならした。弁士は怒ってしばらく説明しないこともあった。
西洋物はアメリカ映画で、「西部開発史」を取扱ったものだった。――野蛮人の襲撃をうけたり、自然の暴虐に打ち壊されては、又立ち上り、一間々々と鉄道 をのばして行く。途中に、一夜作りの「町」が、まるで鉄道の結びコブのように出来る。そして鉄道が進む、その先きへ、先きへと町が出来て行った。――其処 から起る色々な苦難が、一工夫と会社の重役の娘との「恋物語」ともつれ合って、表へ出たり、裏になったりして描かれていた。最後の場面で、弁士が声を張り あげた。
「彼等幾多の犠牲的青年によって、遂に成功するに至った延々何百哩の鉄道は、長蛇の如く野を走り、山を貫き、昨日までの蛮地は、かくして国富と変ったのであります」
重役の娘と、何時の間にか紳士のようになった工夫が相抱くところで幕だった。
間に、意味なくゲラゲラ笑わせる、短い西洋物が一本はさまった。
日本の方は、貧乏な一人の少年が「納豆売り」「夕刊売り」などから「靴磨き」をやり、工場に入り、模範職工になり、取り立てられて、一大富豪になる映画だった。――弁士は字幕にはなかったが、「げに勤勉こそ成功の母ならずして、何んぞや!」と云った。
それには雑夫達の「真剣な」拍手が起った。然し漁夫か船員のうちで、
「嘘こけ! そんだったら、俺なんて社長になってねかならないべよ」
と大声を出したものがいた。
それで皆は大笑いに笑ってしまった。
後で弁士が、「ああいう処へは、ウンと力を入れて、繰りかえし、繰りかえし云って貰いたいって、会社から命令されて来たんだ」と云った。
最後は、会社の、各所属工場や、事務所などを写したものだった。「勤勉」に働いている沢山の労働者が写っていた。
写真が終ってから、皆は一万箱祝いの酒で酔払った。*

労働者の慰安を装いながら、労働者の意欲を駆り立てる〈装置〉として映画(いわゆる文化映画)が、そしてなにより弁士の言葉が利用されているのだ。

こうした映画(と弁士)への批判もこめられた原作は、果たしてどのように映画化されたのか——。

* * *

*「青空文庫」から転載。

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