教員紹介

はやさか としひろ

早坂 俊廣

哲学・思想論 教授

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中国関係

杭州便りその10

章太炎故居

章太炎像(倉前鎮)

今年の杭州は、例年ほどは暑くなかったそうです。ただ、そうは言っても、体温よりも高い気温の日が何日もありましたので、信州人には十分に酷暑でした。振り返ってみるに、そんな中でも一番暑かったころに見学に行ったのが「章太炎故居」でした。章炳麟(1868-1936、字は枚叔、号が太炎)は清末民国初の学者・革命家で、いまの杭州市余杭区倉前鎮の出身です。彼の墓および記念館は西湖の南畔にあり、そこには何度か行ったことはあるのですが、倉前鎮は郊外の不便な場所にあるため、今まで訪れたことがありませんでした。知り合いの研究者(浙江大学の教員。渡米直前の多忙な時期につきあってくれたことに深謝いたします)が自家用車で連れて行ってくれたおかげで、積年の希望を叶えることができました。

急速な都市化

浙江大学紫金港キャンパス

まずは、浙江大の院生さんとともに、杭州市街の西北に位置する浙江大学紫金港キャンパス正門で車の到着を待ちました。紫金港キャンパスは新しく作られた巨大な本部キャンパスで、歩いて一周すると2時間以上かかるとのことです。15年ほど前に、浙江大学・杭州大学・浙江医科大学・浙江農業大学等が合併し、いまの浙江大学となりました。私がいつも利用している西渓キャンパスは旧・杭州大学のもので、キャンパス間格差に愕然とします(横の写真を見て、私がこんな環境で暮らしているなどと誤解しないでください!)。街中の超一等地にあった医科大のキャンパスを売り払い、そのお金でここを作ったそうです。1平米分でもいいから、そのお金を私の住んでいる宿舎に回して欲しかったと心底思います。  さて、到着した車に乗り、少しだけ良渚鎮のほうに遠回りして倉前鎮に向かいました。良渚といえば古代遺跡で有名ですが、見せてもらったのはセレブな別荘地です。そもそも紫金港の辺りからして、15年前には何も無かったところですが、今やそこから良渚にかけては、急速な都市化が進んでいます。出発してからしばらくは「ここは何々先生が住んでいるマンションです」とか「ここの一帯は値段がすごく高いんです」とかいう説明が続きました(中国の研究者で、不動産の話が好きな人はけっこう多いのです)。やがては地下鉄も通るようですから、更に都市化は進むことでしょう。「バブル」を経験した日本人からすると、少し恐ろしい気がします。

倉前鎮

章太炎故居前で記念撮影

良渚を過ぎたころからは、農村風景がずっと続きました。やっとイメージ通りの景色に出会えて、ほっとしました。ふたたび「街」らしきところが見えて来て、目的地に到着です。「章太炎故居」は「全国重点文物保護単位」に指定されており、周囲の看板も中の展示もきちんと整備されていました。そうは言っても民国期のものですから、古い歴史遺跡から感じるオーラのようなものはさほどありませんが、あの章炳麟がここに住み、運河に舟をうかべて杭州に出向いていたかと思うと、やはり感慨深いものがあります。かつてこの地は余杭県と呼ばれ、ここから杭州まで運河を利用しても一日かかったそうです。  見学を終えた後は、すぐ近くに建設途中の杭州師範大学新キャンパスに立ち寄りました。休日なのに会議があるという師範大の副校長(私の友人で、車を出してくれた研究者の恩師)に挨拶だけして、後は、彼のコネを利用して食堂で食事をいただきました。杭州師範大学は、杭州市の東端にある「下沙」という経済開発区に大きなキャンパスを抱えているのですが、そこが不便だということで、西端の倉前鎮に何年かかけて移転する予定とのことです(やはりキャンパスを売り払って)。章炳麟とは何の関係もありませんが、中国の大学はやることが派手だなあと痛感した一日でした。

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