教員紹介

はやさか としひろ

早坂 俊廣

哲学・芸術論 教授

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中国関係

杭州便りその8

呉菊萍に学べ

我が街・杭州

今の杭州で一番よく見聞きする名前は、間違いなく「呉菊萍」です。2週間ほど前、杭州郊外の富陽という街で、2歳の子供がマンションの10階から転落するという事件が起きました。その時、下にいた呉菊萍という女性が、身の危険を省みず手をさしのべたお陰で、この子供は一命を取り留めました。一時はかなり危険な状態だったようですが、ここ最近は「自力呼吸できるようになった」「パパ、ママと声を発した」というニュースが様々なメディアを流れるようになり、とりあえず一安心といったところです。  幼児を受け止めようとした呉さんは、左手を複雑骨折して入院中ですが、彼女の様子も連日報道されています。「中国の有名ネット企業の従業員である彼女のもとをカリスマ経営者が見舞った」「共産党のどこそこの機関から<見義勇為戦士>として表彰された」「海外のニュースでも取り上げられた」等々。病室にまで入り込んだテレビカメラに映し出される彼女を見て、「お、今日はけっこう顔色がいいな」と安心したりする毎日です。  自身も乳児の母親である呉さんは、「とにかく子供を助けなければと我を忘れて手をさしのべた」と言います。孟子が生きていたら、泣いて喜ぶコメントでしょう。テレビや新聞で「誰の心にもそなわっている善性」が話題に出るたびに、「ずーと前に孟子が言ってたことじゃんか!」と一人でツッコミを入れています。それと同時に、「仮に自分がその場にいたとして、呉さんのような行動がとれるだろうか?」と我が身を省みたりもしています。彼女はほんとうに「最美媽媽」の称号にふさわしい、立派な方だと思います。  ただ一方で、社会の側があまりに加熱して、彼女の今後が息苦しいものにならなければいいなとも感じています。「呉菊萍に学べ」式の学習会が開催されたとテレビで報道されていました。「もてはやすだけもてはやしておいて・・・」ということがないよう願っています。報道に感動して北京から飛行機で杭州まで来て、転落した子供の両親に10万元渡してそのまま飛行機で帰っていったお婆さんの話は、感動的であると同時にいくばくかの危惧を感じざるを得ません。このお婆さんのような個人的な行動はまだしも、行政の側が、社会の矛盾を個人の善意で覆い隠そうとすることがないようにしてもらいたいものです。出来て間もないはずなのにデコボコになってしまっている道路を歩いたりするたびに、そう思います。  もう一点、違和感というよりは興味を覚えたのは、地元テレビ局の討論番組で「呉菊萍のような人が実はたくさんいる杭州という街の品格」「呉菊萍という個人を離れた、杭州という街の価値観」について議論されていたことです。この国ではやはりそういう方向に話が進んでいくんだよなあと、自分の研究テーマに引きつけて、今日も呉菊萍に学んでいます。

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