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学部長あいさつ

信州大学人文学部長
山田健三

人文学の地平へ

 「足るを知る者は富む」(「知足者富」老子第三十三章)ということばほど、現代日本社会において重みをもつことば、また玩味しなくてはならないことばはないのではないでしょうか。「満足することを知っている者が本当に豊かな人間である」といった意味ですが、その境地に達するのは、日ごろ、物欲を常に刺激することでマーケットを成立せしめている現代人には、なかなか楽なことではありません。

 さて、原典の老子を離れて既に独り歩きしているこの言葉。私としては、特に人文学に携わる立場からは、この表現にもう少し付け加え、アレンジしたい衝動にかられます。それは、「物の足るを知りて、知の足らざるを知る」というものです。

 ここでいう「知」とは、「知識」でも「知恵」でもあり、我々が「人文知」または「実践知」と呼んでいるものです。人文学の諸学問は、古今東西の世界には、実に多様な文化・認識方法があるということを教えてくれます。その結果として、言語対立・民族対立・宗教対立・イデオロギー対立なども観察することにもなりますが、それはそもそも「人」というものが多様な「知」の存在を許容する生き物であることの証拠でもあります。対立による紛争は好ましくありません。その対立を両立にかえる「知」を探る人が多く存在しつづけることが、人類社会にとって重要であることは言うまでもないでしょう。

 私は、信州大学人文学部で、そのような「対立を両立にかえる「知」を探る」姿勢と能力を持った人が一人でも多く育ってもらいたいと考えています。先ずは自らの関心領域(専門)のスペシャリストとなり、そしてその専門知をバックボーンとしながら、更に他領域にも及ぶ広い「人文知」に目配りが効くようなジェネラリスト。スペシャル・ジェネラリスト(Specialized Generalist)とでも呼びましょう。

 ところで、「人文」ということばはどのように理解されているでしょうか。私の理解する「人文」ということばについて説明し、ご挨拶をしめくくりたいと思います。天上には星々の運行が様々な「(あや)」となって観察されます。天文学は、その天の「(あや)」の仕組みを解明しようとします。それと同じく、人文学は古今東西の人々の様々な営為による複雑な痕跡である「(あや)」を観察します。「(あや)」を一つ一つ(ほぐ)してみると、その一つ一つには、言語・文学・美術・音楽・舞踊・演劇・思想・歴史・心理・社会・経済・法律・教育・...などなどいろいろな名前がついています。それらは別々の名前でラベリングされてはいますが、そもそもが複雑な人間のすること、互いに関連し合いながら「人文(ジンモン(ジンブン))」という「(あや)」を形成しています。そして、その複雑な仕組みを解明しようとする学問体系の総合名称が「人文学」です。(ちなみに、そういった「(あや)」を学ぶことを日本では「(がく)(もん)」と古くは書きました。「学問」ではなく。)経済・法律・教育といった人文的行為の解明は、信州大学では他の学部が担っていますが、他の多くの「(あや)」の一つ一つは、人文学部が担っています。

 人文学部は、その前身である旧制松本高等学校から数えて、ほぼ百年の歴史を有しています。教員・卒業生含め多くの諸先輩が残してくれた学文の息吹が映える学都・信州松本の地で、一つのスペシャルな「(あや)」から、色とりどりな「(あや)」が見える人文の地平へと共に進みましょう。

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