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  • 生物学コースの東城幸治教授を含む研究グループが、高解像度の遺伝子解析により、山岳での遺伝的多様性の創生を解明しました。

中部山岳・高山帯が「進化」の舞台に
― 高解像度の遺伝子解析により,山岳での遺伝的多様性の創生を解明 ―

2026年1月8日
【研究成果のポイント】
⚫︎高山帯の池沼に生息する水生昆虫種で,高解像度の遺伝子解析(ゲノムワイドなSNPs解析)を実施
⚫︎乗鞍の高山・亜高山帯のサハリントビケラ集団間で,遺伝的に大きく分化(生態的な差異とも深く関連)
→ 遺伝的多様性の創出(厳しい高山帯の生態系もネイチャーポジティブの舞台となりえる)
⚫︎中部山岳・高山帯と北海道の集団は,第四紀・更新世の気候変動の影響により系統分化
→ 分化した系統の二次的接触により新たな系統が進化               
⚫︎ミトコンドリアDNAの解析では検出されなかった「隠れた交雑帯」の存在が判明
⚫︎中部山岳に成立した独特な特徴をもつ高山生態系の重要性を確認
→ 単なる氷期の遺存状態ではなく,進化における重要な舞台であることが判明
 生物は地形や気候の変化の影響を受けながら分布域を変化させ,集団の分断化や,一度分断化した集団が再び接触する,いわゆる二次的接触を経験してきた.これらの事象は,生物の種分化・遺伝的分化を促すことが知られている.そして種分化・遺伝的分化のメカニズムは,種多様性や遺伝的多様性の創出につながる重要なテーマである.
特に,山岳域はダイナミックに変化する地形的・気候的特徴が生息環境に差異を生み出し,高い種多様性や遺伝的多様性を生み出してきたと考えられている.高い生物多様性を有する本州中部山岳域の中でも,高山帯は多様な寒冷適応種が生息する重要な地域として注目されている.
 信州大学学術研究院・理学系の東城幸治教授と研究室の大学院生・鈴木啓久氏(当時:総合医理工学研究科 総合理工学専攻 山岳環境科学分野;現在:岐阜県立飛騨高山高等学校 教諭),竹中將起博士(筑波大学 生命環境系)で構成される研究グループは,乗鞍岳高山帯にも生息する寒冷適応した水生昆虫の一種であるサハリントビケラAsynarchus sachalinensis Martynov, 1914を対象として,次世代シーケンサー(※1)を用いて,核にゲノムワイドで膨大に存在するSNPs情報(※2)に基づく遺伝子解析を実施した.そして,進化的に重要である地理的隔離と二次的接触の2つの事象を検出した.また,2022年に通年で行われた本種の高山帯での生態調査を踏まえ,山岳における新たな種分化メカニズムを議論した.
 これらの研究成果は,英国リンネ協会が発行する動物学に関する専門誌 Zoological Journal of Linnean Society に掲載された.
【 研究方法と対象種 】
 本州・中部山岳域から本州・東北,北海道,サハリンに分布するサハリントビケラは,主に止水や湧水起源の細流に生息する,寒冷適応した水生昆虫の一種である.一部の集団は,高山帯にも生息する.
 これまでの本グループの研究では,本種を対象としたミトコンドリアDNA(mtDNA) COI領域(648塩基対)と16S rRNA領域(417塩基対)に基づく分子系統解析を行い,遺伝的に大きく分化した北方系統と南方系統という種内系統が存在することを報告してきた(Suzuki et al., 2024).本研究において特に注目する乗鞍岳の高山帯(標高 約2,700 m)に生息する集団は南方系統に属する.また,これら2系統は,分布域が広くオーバーラップしており,両系統が同所的に生息する地点も存在する.
 本研究では,先の研究において分布域を網羅する地域集団を対象とした系統解析に用いたサンプルのうち,分布域を広くカバーする49地点から採取された109サンプルを選定し,トヨタ自動車(株)が開発したGRAS-Di®法(※4)を用いて核DNAにゲノムワイドで存在する一塩基多型(SNPs)5,393座位を対象に,その膨大な遺伝情報を用いた系統解析を実施した.我々の先行研究(Suzuki et al., 2024)と比較しても,解析対象の情報量を大幅に増大させることができ,結果として,遺伝的な地理的パターンのみならず,近接した集団間の遺伝子流動や,ごく最近の集団の分岐年代など,詳細な集団動態を明らかにすることができた.

【 結果と考察 】
 5,393座位のSNPsに基づくADMIXTURE解析や主成分分析などの集団遺伝構造解析から,サハリントビケラは北海道北部に生息するグループA,乗鞍岳高山帯だけに生息するグループBと,本州広域に生息するグループCに大別された.また,北海道南部の集団(長万部町,七飯町)は,本州集団と遺伝的な共通性が認められた.それぞれのグループ間の遺伝的分化や遺伝子流動を示す指数(Gst, Jost'sD, Nm)に基づく遺伝子流動解析において,本州内では頻繁に遺伝子流動が生じていると評価された.一方,本州広域の地域集団と乗鞍岳・高山帯の集団間での遺伝子流動はほとんど生じていないと評価された(図1).
 また,それぞれのグループにおけるヘテロ接合度(Hs)は乗鞍岳高山帯の集団が他集団に比べ低く,高山帯の集団は遺伝的多様性が低いことが示唆された.次に,それぞれの集団の形成年代について13個のモデルを設定し,集団動態解析を実施したところ,約150万年前にグループAとグループBが分化した後,約12万年前にグループAとBの二次的接触が生じ,交雑によってグループCが形成されたことが最も高い尤度で支持された(図2).
図1.ゲノムワイドSNPsに基づくサハリントビケラの各種集団遺伝学的解析.(a)ADMIXTURE解析の結果.それぞれのバーは各解析個体を表す.この解析における各解析個体がもつ遺伝子型の組成が色別で示され,個体レベルでの遺伝子型の共有の有無や、遺伝子型の頻度が明示されている.(b)主成分分析の結果と,それぞれのグループに属するサンプルの地理的分布.(c)遺伝子流動の評価.図中の指数の値が高いほど,遺伝子流動の程度が高く評価されたこととなる(
 これらの結果は,ゲノムワイドSNPsという膨大な情報量の遺伝的データによって示されたものであり,これまで行われたmtDNAの2領域だけでは,解析の解像度の関係上,本州に存在する交雑帯の存在を示すことができなかった.このような「隠れた交雑帯」の存在は,今回我々が行った遺伝子解析の手法を用いることで様々な分類群で明らかにできることが期待される.
 さらに集団動態解析の結果は,生物種の進化的背景をより精確に捉えるものである.グループAとBが分化したのは,氷期−間氷期サイクルが繰り返された第四紀更新世であり,分布域が変動する中で,中部山岳域と北海道北部に集団が分化した.ごく最近までに2つの集団は二次的に接触することにより交雑が生じたが,一部の集団は,山岳の高標高地に分布域を拡大したのち,他集団との交雑を免れながら現在まで存在したことが示唆された.
図2.集団動態解析(fastsimcoal2)の結果.最も高く支持されたモデルは上記のような交雑モデルで,約150万世代前に祖先集団から2つの集団が分化し,約12万世代前に分化した2つのグループで交雑が発生し,グループCが成立した.なお,本種は1年1世代であることが知られているため(Suzuki et al., 2024),世代は「年前」と置き換えることができる.図中の数字は遺伝子流動の程度を示す.
 これまでの結果は,北海道と本州を隔てる「津軽海峡」よりも深い「乗鞍岳高山帯と亜高山帯」の間にある遺伝的障壁の存在を示した.わずか10 kmの間に本当に遺伝子流動を大きく制限する要因があるのか.我々は地理的なファインスケールでのサンプリングと,遺伝子解析を行った.
乗鞍岳高山帯に位置する4つの池(五ノ池,不消ヶ池,鶴ヶ池,大丹生池)と,亜高山帯の乗鞍高原(標高 約1,300 m)に位置する4つの池(大曲池,信州大学乗鞍ステーション裏,ちどり池,宮ノ原)から得られたサンプルを用いて,標高差約1,400 mの集団間と集団内における遺伝子流動の程度を評価した.やはり,高山帯,亜高山帯のそれぞれの集団内では高い遺伝子流動が評価されたのに対し,標高帯間での遺伝子流動は低く評価された(図3).
 我々の解析結果は,標高が1,000 m上昇すると約6 ℃低下するように,標高の変化に伴い環境はダイナミックに変化し,そのような環境的差異が個体の移動などに伴う遺伝子流動の障壁となっていることを示した.それだけでなく,我々の以前の研究において,高山帯の集団と亜高山帯の集団とでは,幼虫の発育パターン,夏眠の有無に伴う成虫の活動時期に差異があることが観察された.そして,標高帯間で交尾機会に制限が加えられることでいわゆる生殖前隔離が働いている可能性が推察されたが,今回の結果はこのような生態的な特徴に伴う隔離現象を遺伝的バックグラウンドから支持する内容であり,山岳における種創出メカニズムを理解するための新たな知見を示した.

【 今後の課題 】
 高山帯と亜高山帯の間には「夏眠の有無」という顕著な生態的特徴の差異が存在する.短い夏の高山帯では,夏眠を行わないことが環境に適応的であることが推察されるが,具体的にどのような生理的メカニズムが働き,遺伝的差異に結び付いているか不明である.それぞれの集団において特異的に発現している(もしくは発現抑制している)遺伝子が存在するかもしれない.従って,ゲノムワイド関連解析(GWAS)(※4)などを行い,それぞれの集団がもつ具体的な機能遺伝子の差異にアプローチすることで,生態的意味と遺伝子の機能的な意味との関連性を理解することが期待される.
図3.(a)乗鞍岳で行った調査のサンプリング地点の平面図.(b)サンプリング地点の鳥観図.(c)サハリントビケラの生態写真(Suzuki et al., 2024)を一部改変).(d)遺伝子流動の評価.高山帯と亜高山帯の集団内では高頻度で遺伝子流動が行われていることが評価された.一方で,高山帯と亜高山帯の異なる標高帯間での遺伝子流動はほとんど評価されなかった.
【 本研究の学術的な意義 】
 本研究は高い解析的解像度をもつ遺伝子情報(ゲノムワイドSNPs情報)に基づき,「隠れた交雑帯」の存在や「長期間にわたる高山帯の地理的隔離」のような,これまで知ることができなかった,広い時間的スケールの中で生物の集団動態を理解することができた.
 生物学において,種分化や種内系統の分化は,種多様性や遺伝的多様性の創出につながる重要なテーマである.その中で,二次的接触に伴う交雑現象や,地理的隔離はこのテーマを理解するうえで好適な事例であり,我々の研究はそれらを明らかにした.また,高山帯という特殊な環境において得られた生態的データと,遺伝的データとの関連性は,適応的な生態的特徴が種分化を促す可能性があることを示すものであり,山岳が有する種創出メカニズムに新たな視点を提供するものである.このような観点から,極めて興味深い内容を含む研究といえる.

【 用語解説 】
※1次世代シーケンサー:数千から数百万のDNAがもつ塩基配列を並列に解析し,短時間で膨大なDNA塩基配列の解読を行うことができる装置.
※2一塩基多型(SNPs): 生物のもつDNAの塩基配列が一塩基単位で変異した違い.この変異はゲノム中に多く存在し,とても近縁な遺伝的関係(親子関係)の間にも違いがありことが知られている.一塩基多型(Single Nucleotide Polymorphism; SNPs)の変異を調べることで,ミトコンドリアDNAの塩基配列では区別することができなかった,近接する集団同士の遺伝的な違いの検出も可能となっている.
※3 GRAS-Di®法:トヨタ自動車(株)が開発した次世代シーケンサーを利用した解析技術.独自のサンプル調整法と解析プログラムによって,これまでの解析以上に大量のSNPsを検出することが可能となった.
※4 ゲノムワイド関連解析(Genome-Wide Association Study, GWAS): 集団内にある表現型の多型とゲノム全域から得られた遺伝的多型との間の相関関係を調べ,形質に関連する遺伝子を究明する解析.

【 備考 】
・高山帯に関する調査は環境省許可番号 環中中国許2109012, 2206271のもと実施.
・我々が行ったサハリントビケラの関連研究に関する論文情報とプレスリリースは以下を参照.

①サハリントビケラの分布域を網羅した分子系統・生物地理学的研究
Suzuki, H., Takenaka, M., & Tojo, K. (2024) Evolutionary history of a cold-adapted limnephilid caddisfly: Effects of climate change and topography on genetic structure. Molecular Phylogenetics and Evolution, 191: 107967.
https://doi.org/10.1016/j.ympev.2023.107967
プレスリリース
「山岳」は生物多様性を生み出す「泉」! 「気候変動」が種多様性を生み出す!
―高山帯・亜高山帯に適応した昆虫(サハリントビケラ)の進化史をDNA解析で究明:  山岳特有の「地形」と「水環境」が遺伝的多様化に深く関与―
https://www.shinshu-u.ac.jp/faculty/science/research/research/-dna.html

②1年間を通して行った乗鞍岳で行ったサハリントビケラの生態研究
Suzuki, H., Takenaka, M., & Tojo, K. (2024) Variations in the phenological patterns of a caddisfly inhabiting the same mountain massifs: life history differences in different altitudinal zones. Ecology and Evolution 191: 107967.
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/ece3.11428
プレスリリース
高山帯の「短い夏」を生き抜く秘訣 カギは休眠の有無!?
  ― 山岳域での生物多様性創生に関わる「遺伝的分化」と「生態的分化」の関係性を究明 ―
https://www.shinshu-u.ac.jp/faculty/science/research/research/post-54.html

【 論文タイトルと著者情報等 】
タイトル:Phylogeography of a cool-loving caddisfly: analyses of single nucleotide polymorphisms indicate lowland hybridization and highland isolation
著者:Hirohisa SUZUKI, Masaki TAKENAKA, Koji TOJO
掲載誌:Zoological Journal of Linnean Society 205: zlaf165
掲載日:2025年12月9日公開
URL: https://doi.org/10.1093/zoolinnean/zlaf165
DOI: 10.1093/zoolinnean/zlaf165

Hirohisa SUZUKI 鈴木啓久(当時:信州大学大学院 博士課程, 現:岐阜県立飛騨高山高等学校)
Masaki TAKENAKA 竹中將起(筑波大学)
Koji TOJO 東城幸治(信州大学)責任著者
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