乳がんを取り巻く免疫環境に関わるRAMP3の役割を解明 ~RAMP3欠損マウスで腫瘍増殖と肺転移が抑制され、免疫療法の効果も高まる~
【研究成果のポイント】
- • RAMP3を欠損したマウスでは、乳がんの増殖と肺転移が抑えられ、生存期間が延長しました。
- • がん組織内で免疫を抑える特徴を持つマクロファージが減少し、がん細胞を攻撃するCD8陽性T細胞が増加しました。
- • マウスでの免疫療法実験とヒト乳がんデータの解析から、RAMP3を今後の治療標的候補として研究する意義が示されました。
【概要】
信州大学医学部医学科循環病態学教室の新藤隆行教授、田中愛助教、大学院生の張燕(Zhang Yan)らの研究グループは、RAMP3というタンパク質が、乳がんを取り巻く免疫環境の形成に関わることを明らかにしました。
乳がんのマウスモデルでは、RAMP3遺伝子を欠損したマウスで、免疫の働きを抑える特徴を持つマクロファージが減少し、がん細胞を攻撃するT細胞が増加しました。また、原発腫瘍の増殖と肺への転移が抑えられ、生存期間が延長しました。抗PD-1抗体による免疫療法の生存改善効果も、野生型マウスより大きいことが示されました。
本研究成果は、2026年9月26日に国際学術誌「Journal of Translational Medicine」にオンライン掲載されました。
【背景】
がん免疫療法は、自分の免疫の力を引き出してがんを攻撃する治療ですが、すべての乳がん患者に効果が得られるわけではありません。その理由の一つに、がん細胞を取り巻く「腫瘍微小環境」*1があります。
マクロファージは、本来、体内の異物や死んだ細胞を処理する免疫細胞です。しかし、がん組織では、がんの増殖を助けたり、他の免疫細胞の攻撃を抑えたりする状態になることがあります。研究グループは、腫瘍微小環境の中でも免疫細胞の働きに注目し、RAMP3というタンパク質と、マクロファージの働きや乳がんの進展、免疫療法への反応との関係を調べました。
【研究手法・成果】
乳がん細胞を移植したマウスを調べたところ、RAMP3を欠損したマウスでは、野生型マウスに比べて原発腫瘍の重量と肺転移の発生率が低下し、生存期間が延長しました(図1)。がん組織では、免疫の働きを抑える特徴を持つ「M2様マクロファージ」が減少し、がん細胞を直接攻撃できるCD8陽性T細胞が増加していました。
培養マクロファージを用いた実験では、RAMP3の欠損により、免疫抑制性の特徴を持つM2様マクロファージへの分極*2が起こりにくくなりました。IL-4刺激によるSTAT6のリン酸化*3が低下し、M2分極関連遺伝子や、ケモカイン*4であるCcl8、Ccl12の発現も低下していました。また、マクロファージとがん細胞の共培養では、MCPファミリーのケモカイン産生を抑える薬剤bindaritによって、野生型マクロファージによるがん細胞の増殖促進作用が失われました。
さらに、単一細胞RNAシーケンス(scRNA-seq)*5により、腫瘍内の免疫細胞の遺伝子発現を解析しました。RAMP3欠損マウスでは、M2様マクロファージが減少する一方、抗原提示に関連する特徴を持つマクロファージや、炎症部位へ移動するための受容体CXCR3を持つCD8陽性T細胞が増加していました。これらの結果は、RAMP3がマクロファージの性質や腫瘍内の免疫環境に関わることを示しています。
T細胞の抑制を解除する抗PD-1抗体を用いた実験では、RAMP3欠損マウスで治療による生存改善効果がより大きいことが示されました。ただし、この生存解析は各群5匹であり、確認が必要です。
ヒト乳がんの公開データベース「TCGA-BRCA」*6の解析では、RAMP3、マクロファージに関連するCD163、T細胞に関連するCD8Aの遺伝子発現を一つの指標にまとめたリスクスコアを評価しました。高スコア群では全生存期間が短く、年齢や病期を考慮した解析でも、生存期間との関連が認められました。
【波及効果・今後の予定】
本研究は、がん細胞だけでなく、周囲の免疫細胞の働きを変える治療を考えるうえで、RAMP3が標的候補となる可能性を示しています。
ただし、本研究は主にマウスを用いたものです。また、全身で遺伝子を欠損させることと、薬でRAMP3の働きを抑えることは異なります。今後は、薬による阻害でも同様の効果が得られるか、安全性も含めて検証する必要があります。ヒトのデータ解析も、患者に対する治療効果を示したものではありません。
乳がんマウスモデルにおいて、RAMP3欠損マウス(RAMP3−/−)では、野生型マウス(RAMP3+/+)に比べて原発腫瘍の重量と肺転移の発生率が低下し、生存期間が延長しました。左:原発腫瘍の代表写真と腫瘍重量。中央:肺の代表写真と肺転移の発生率。点線の丸は肺の転移結節を示します。右:生存曲線。
【用語解説】
| *1 腫瘍微小環境 | がん細胞を取り巻く免疫細胞、線維芽細胞、血管などからなる環境です。 |
|---|---|
| *2 M1様分極と M2様分極 |
マクロファージが周囲の刺激に応じて性質や働きを変えることを「分極」と呼びます。炎症を起こしてがんを攻撃する方向に働くM1様の状態と、免疫を抑えて組織の修復に働くM2様の状態があり、がん組織ではM2様の状態が増えて、免疫の攻撃を妨げることがあります。 |
| *3 IL-4とSTAT6 | IL-4は免疫細胞が出す物質で、マクロファージをM2様の状態に導きます。STAT6はその信号を細胞内で伝えるタンパク質で、リン酸化されることで働きます。 |
| *4 ケモカイン | 免疫細胞の移動などを調節する情報伝達物質の総称です。CCL8やCCL12はその一種で、単球(マクロファージのもとになる細胞)を呼び寄せるMCPファミリーに含まれます。本研究で使用したbindaritは、このMCPファミリーの産生を抑える薬剤です。 |
| *5 単一細胞RNA シーケンス (scRNA-seq) |
細胞を1個ずつに分けて、それぞれの細胞で働いている遺伝子を網羅的に調べる手法です。細胞の集団を平均化せずに、どの種類の細胞がどのように変化したかを見分けられます。 |
| *6 TCGA-BRCA | 米国のがんゲノム研究プロジェクト「The Cancer Genome Atlas(TCGA)」が公開する乳がんのデータセットです。患者の遺伝子発現や臨床情報を用いて、遺伝子と生存期間との関連などを調べることができます。 |
【論文タイトルと著者】
| タイトル | RAMP3 is associated with macrophage-driven immune exclusion and promotes resistance to PD-1 blockade in breast cancer: integrated in vivo and single-cell transcriptomic analyses |
|---|---|
| 著者 | 張 燕(Zhang Yan)1、田中 愛1,2*、桜井敬之1,2、神吉 昭子1,2、新藤優佳1、Guo Qianqian1、星山 健1、Li Peixuan1、Li Jiake1、Duan Jun1、林 麻里奈1、甲斐 健介1、Zhao Yunlu1、Dai Kun1、新藤 隆行1,2 (*責任著者) 1 信州大学医学部医学科 循環病態学教室 2 信州大学バイオメディカル研究所ライフイノベーション部門 |
| 掲載誌 | Journal of Translational Medicine(2026年9月26日オンライン公開) |
| DOI | https://doi.org/10.1186/s12967-026-09001-4 |
【問い合わせ先】
信州大学医学部医学科循環病態学教室
助教 田中 愛 (たなか めぐむ)
TEL:0263-37-2578 E-mail:memiyazawa@shinshu-u.ac.jp
国立大学法人信州大学 総務部総務課広報室
TEL:0263-37-3056 E-mail:shinhp@shinshu-u.ac.jp