CASK遺伝子欠損による小脳神経細胞死に対するJNK阻害薬の保護効果を発見 ― MICPCH症候群への新たな治療戦略の可能性 ―
【研究成果のポイント】
・難治性の神経発達障害「MICPCH症候群」の原因であるCASK遺伝子欠損により、小脳の神経細胞が死滅するメカニズムを解明
・細胞内のJNKシグナル経路の活性化が細胞死に関与していることをRNAシーケンスにより特定
・JNK阻害薬「JNK-IN-8」の投与により、マウスの小脳神経細胞死が抑制され、運動機能の回復も確認
・CASK欠損による小脳変性に対する治療薬開発の端緒となる可能性
【概要】
MICPCH症候群は、主に女児に発症する重度の小脳および橋の低形成を特徴とする神経発達障害で、X染色体上のCASK遺伝子の機能喪失が原因です。信州大学学術研究院医学系の田渕克彦教授らの研究グループは、本研究では、CASK欠損による小脳顆粒細胞の変性が、細胞内のJNKシグナル経路の過剰活性化と、それに伴う酸化ストレスによって引き起こされることを明らかにしました。さらに、JNK阻害薬JNK-IN-8を用いた細胞および動物実験により、神経細胞死の抑制および運動障害の改善効果を確認しました。これにより、JNK阻害薬がMICPCH症候群における小脳変性の治療薬候補となる可能性が示唆されました。本研究結果は2025年5月20日に国際学術誌『Cells 』で公開されました。
【背景】
CASKは神経細胞においてシナプス形成や神経伝達物質の放出を調節する重要なタンパク質です。その機能喪失は、重度の神経発達障害を引き起こすことが知られていましたが、特に小脳神経細胞死の詳細な分子メカニズムは不明でした。また、MICPCH症候群に対して有効な治療法は未だ存在していません。本研究は、CASKの欠損によって活性化される細胞死シグナルに着目し、治療標的の特定を試みたものです。
【研究手法・成果】
CASK遺伝子を条件的に欠損させたマウス由来の小脳顆粒細胞(CG細胞)において、RNAシーケンス解析を実施。その結果、JNKシグナルおよび酸化ストレス関連遺伝子の発現上昇が確認されました。JNK阻害薬JNK-IN-8を投与することで、これらのシグナルが抑制され、細胞死が有意に減少しました。さらに、CASK欠損マウスに同薬を小脳へ直接投与したところ、小脳の構造的異常や運動機能の障害が改善されました。
【波及効果・今後の予定】
本研究は、CASK遺伝子に関連する神経変性の新たな分子メカニズムを明らかにし、JNK阻害薬による治療の可能性を初めて示したものです。今後は、より長期的な安全性評価や他のJNK阻害薬との比較、さらには霊長類モデルでの検証などを通じて、臨床応用への道を探る予定です。また、CASK以外の遺伝性小脳疾患への応用も視野に入れています。
【論文タイトルと著者】
タイトル:Jun N-Terminal Kinase Inhibitor Suppresses CASK Deficiency-Induced Cerebellar Granular Cell Death in MICPCH Syndrome Model Mice
著者:Qi Guo, Emi Kouyama-Suzuki, Yoshinori Shirai, Katsuhiko Tabuchi
掲載誌:Cells, 2025年5月20日掲載, Cells 2025, 14(10), 750, https://doi.org/10.3390/cells14100750
【問い合わせ先】
〈研究内容に関する問い合わせ先〉
信州大学学術研究院医学系分子細胞生理学教室
田渕克彦
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