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伊藤 靖夫

伊藤 靖夫

講座:全学教育機構
職名:准教授
略歴:
1994年 鳥取大学大学院連合農学研究科修了、博士(農学)
1995年-1996年 日本学術振興会 特別研究員
1996年-1906年 信州大学理学部 助手
2006年 から現職
キーワード:遺伝的形質転換
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DNA 分子が細胞に取り込まれるしくみを解明する

現在の研究テーマ:遺伝的形質転換の分子機構

最近、高校の授業で大腸菌の形質転換を経験した学生さんが増えてきました。細胞とDNA分子を試験管に入れ、氷上においた後42℃で処理し、栄養培地上に塗布すると、翌日、コロニーが現れる実験です。これに紫外線をあてると、緑色の蛍光に光るところまでやることが多いと思います。

2時間もあれば誰にでもできる簡単な作業ですが,40年前,1975年にはこの技術の可能性に恐怖した研究者達の呼びかけによって,カリフォルニア州でアシロマ会議が開催され,遺伝子組換えに関する議論がおこなわれました。

私の研究テーマは、この時に、試験管の中でDNA分子と細胞との間で何が起こっているのか?ということです。研究材料として、麹菌の仲間のアスペルギルスという真核菌類を使っています。

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1:細胞膜でのできごと
遺伝子として機能するDNA分子は結構大きくて、細胞膜を自由に通過することは出来ません。上記の実験で42℃の時に細胞膜がゆるむ等、説明されたかも知れませんが、実験結果に基づいた、具体的な分子機構は未だに不明です。動物細胞や真核菌類では、エンドサイトーシスによって取り込まれます。

2:細胞内でのできごと
真核細胞の場合、細胞内に導入したDNA分子は染色体DNAに組込まれると安定します。形質転換は人為的な操作なので、染色体への組込みには、細胞に備わっている装置を借用することになります。具体的には、DNAの損傷修復および組換えに関与するタンパク質複合体です。これらについて研究することは、ゲノムの維持機構についても知見を得ることにもなります。

3:これまでとこれから
この研究はもともと、「カビ」が作る毒素の遺伝子を同定していた時に端を発します。学生時代、毎日、この操作をする度に、本来の研究よりはむしろ、「こんな簡単にDNAが細胞に入ってよいのか?」「こんなことが起こるのなら、進化的な時間では何でもありではないか?」と思えてなりませんでした。この研究によって、遺伝子のダイナミックな動きを取り込んだ生物像を描くとともに、染色体工学等にも貢献できると考えています。

何のための生物学か?

1:理学部への進学
目を瞑って、「問い」をできるだけたくさん思い浮かべてみて下さい。例えば、「空は何故青いのだろう?」とか、「自分って、いったい、何?」、あるいは「どうやって金儲けよう?」等、何でもよいです。そして、それらを自分の関心にしたがって、並べてみて下さい。

このリストをじっと眺めてみると、自分の進路が見えてこないでしょうか?

見えた結果として、理学部の生物系学科に進学しようと思う方は、多分、心配しなくて大丈夫です。「問い」自体が思い浮かばなかった方は、理学部への進学について、今一度考える時間を持った方がよいかも知れません。

2:大学での生物学

私は生物科学科では、「生物の未知の側面を描き出すこと」を学ぶ、と考えています。未知なものに立ち向かうためには、まず、問いを持つことが前提です。そして、その問いに実験結果と自分の言葉で挑むために、大学での教育の大きな柱は実験・実習(卒業研究を含む)になります。ですので、実験と実習は理学部の本質・醍醐味で、高校の通常の勉強との一番大きな違いです。

研究・実験は、多くの点で調理に似ています。あるいは芸術や文学にも似ています。というより、教員の多くは、これらは同じ営為だと考えていると思います。最終的な結果として、美味しい料理が出来るのか、感動的な絵画や旋律・楽曲、あるいは詩や小説が生み出されるのか、と言うことに対して、生物の未知の姿を描き出す、という違いだけです。

そして、いくら料理本を読んでも、実際に食材に触れ、包丁を握らなければ、美味しい料理は作れません。また、キャンバスや絵の具の質感を知らなければ、心に入り込む絵を描くこともできないでしょう。同様に、いくら教科書に書いてあることを覚え、テストで良い点を取っても、DNA、タンパク質、細胞、個体、あるいは個体どうしのやり取りを、実際に自分で見つめ、触れて、感じなければ、生物の新しい姿を描き出すことはできません。ですから、大学で学ぶ場面では実験・実習が重要になります。ただし、もちろん、仲間と言葉が通じるための知識がないと話にならないので、大学でも講義・試験はしっかりとあります。

3:社会に出てからの生物学

残念な話ですが、理学部の生物系学科に入学しても、研究を生涯の生業とする、あるいはできる可能性は低いのが現状です。大学を卒業後、5 年間の大学院生活ののち、ポスドクと言う試行と競争の期間を生き延びていくためには、それなりの覚悟・才能・運、他様々なものが必要です。

では何故、大学で生物学を学ぶのでしょうか?

それは、新しい生物の姿を描くために、実物に触れつつ学ぶ「現在の生物像」は、皆さんの中で、物事を判断するための有用な核となるからです。

「生物って何?」「自分って何?」、その他、より具体的な問いに対して向き合う4 年間を過ごせば、その結果として、自分自身の生物像の端緒をつかむでしょう。そして、そのような生物像は、社会の中で皆さんが遭遇しうる様々な場面において、判断のよりどころとなります。また、問いを持ち、誠実に、問いに向き合う過程を積み重ねる経験は、社会の中で、皆さんを守る鎧となるでしょう。こうして、判断の核を持ち、自分で考える人々から成る社会は、非効率的で面倒くさいものかも知れません。しかし、生物であるヒトとしての我々自身を考える時、そのような社会の豊かさを感じませんか?

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1975年にアシロマ会議が開催された会場