研究テーマ4

血小板由来増殖因子による合成型血管平滑筋細胞の遊走誘導の分子機構の解析

動脈硬化は多くの虚血性疾患の原因となります。動脈硬化血管では、内皮下に侵入したマクロファージなどが放出する血小板由来増殖因子(PDGF)が、中膜血管平滑筋細胞を収縮型から合成型に転換し、内皮下へ遊走させ、動脈硬化病巣を完成させます。このPDGFによる合成型血管平滑筋細胞の遊走は、細胞膜のL型Ca2+チャネル(LTCC)を介することが古くから知られていましたが、その詳しい分子機構は不明でした。

我々は、合成型血管平滑筋細胞株A7r5の内因性LTCCと、ヒト胎児由来腎細胞株(tsA201)に発現させたリコンビナント血管平滑筋型LTCCを用いて、PDGFが細胞内チロシンキナーゼc-Srcを介して、LTCCの主サブユニットCaV1.2の細胞内C末端上のTyr1709 とTyr1758をリン酸化して、遊走を誘発することを見出しました。

ところでCaV1.2の細胞内C末端は、収縮型の血管平滑筋細胞や心筋細胞では、翻訳後中央部で切断され、近位C末端(PCT)と、遠位C末端(DCT)に別れます。その後、DCTはPCTと非共有的に再結合して、CaV1.2の活性を自己抑制します。心筋では、cAMP依存性キナーゼや、カゼインキナーゼ2が、DCTとPCTの接合部分のセリンやトレオニンをリン酸化して、DCTによる自己抑制を解除して、LTCCを活性化します。ところが、我々はA7r5細胞をはじめ種々の合成型血管平滑筋細胞株では、CaV1.2の細胞内C末端の翻訳後修飾がほとんど起こっていないことを見出しました。したがって、PDGFは、全長型のCaV1.2を介して遊走を引き起こすと考えられます。

そこで、tsA201細胞に発現させたリコンビナントLTCCを用いて、全長型CaV1.2チャネル、切断型CaV1.2チャネル、切断型CaV1.2チャネル+DCTの3種のLTCCに対するc-Srcの効果を検討しました。まずc-Src非存在下のチャネルの基礎活性は、切断型CaV1.2チャネルが一番高く、全長型CaV1.2チャネル、切断型CaV1.2チャネル+DCTの活性はその半分と、ほぼ同等でした。したがって、切断されていないDCTも切断されPCTに再結合したDCTも、ともにLTCCを自己抑制することが分かりました。ところが、驚いたことに、c-Srcの共発現は、全長型CaV1.2チャネルの活性は約2倍に高めましたが、切断型CaV1.2チャネル+DCTの活性には全く影響を与えませんでした。これは、カゼインキナーゼ2のLTCCへの効果と、全く逆の効果でした。そこで、免疫沈降法やproximal ligation assayを用いて検討したところ、c-Srcは全長型CaV1.2チャネルには近接できるが、切断型CaV1.2チャネルや切断型CaV1.2チャネル+DCTには近接できないことが分かりました。

このメカニズムとして、我々は以下のモデルを作りました(図)。これまでの研究から、c-Srcは、全長型CaV1.2のDCT内に存在するSH3ドメインを介してCaV1.2に結合することが知られています。したがってこの部分を欠く切断型CaV1.2チャネルには結合できないと考えられます。一方で、切断されたDCTは、同じSH3ドメインを介してPCT上の受容体(PAS: putative SH3 acceptor site)に結合します。したがって、切断型CaV1.2チャネル+DCTでは、DCTのSH3ドメインがPCTのPASに覆われて、c-Srcが結合できないと考えられました。

本研究は、PDGFによる合成型血管平滑筋細胞の遊走が、c-Srcによる全長型CaV1.2チャネルのリン酸化を介して生じることを示したのみならず、全長型CaV1.2チャネルと切断型CaV1.2チャネル+DCTがともに自己抑制を受けたLTCCであるにもかかわらず、異なる分子機構で制御されることを、世界で初めて示しました。したがって、動脈硬化病巣における血管平滑筋の収縮型から合成型への形質転換は、CaV1.2のC末端の翻訳後修飾を抑制し、全長型CaV1.2チャネルを増やして遊走を強める可能性が考えられました。(Guo X, et al. Pflugers Arch. 2018, 470(6):909-921)