研究テーマ2

幼若心筋細胞におけるアンジオテンシンIIの強心作用の分子機序の研究

アンジオテンシンII(AngII)は、腎機能や血圧の調節に重要な役割を果たすホルモン/オータコイドですが、成人では高血圧、心肥大、心不全などの病態にも関与することが知られています。そこで、これらの病態を治療する目的で、I型AngII(AT1)受容体を阻害する薬が広く用いられています。しかし古くからAngIIは、哺乳類が周産期に受ける強い循環ストレス(例えば、胎盤循環の消失、肺循環の開始、急激な左心室拍出量の増加と血圧上昇)に耐性を獲得するために、重要な役割を果たすと考えられています。しかしこれまでは、その分子機序は良くわかっていませんでした。私たちは、AT1受容体刺激が下図のような細胞内情報伝達経路を介して、亜急性に(2時間以上かけて)強心作用を生じることを見出しました。即ち、AT1受容体刺激が無い状態では心臓の収縮を引き起こすCaV1.2チャネルは、その近位C末端への遠位C末端(DCT)結合により自己抑制された状態にあります。またCaV1.2チャネルには、セリン・トレオニンキナーゼのカゼインキナーゼ2(CK2)が、サイクリン依存性キナーゼ阻害分子p27に抑制を受けた状態で結合しています。AT1受容体刺激が起こると、AT1受容体は、βアレスチン2を介し、srcファミリーチロシンキナーゼ(SFK)にp27の88番目のチロシンをリン酸化させ、p27のCK2への抑制を解除します。するとCK2は、CaV1.2チャネルの近位C末端の1704番目のトレオニンをリン酸化し、DCTのチャネルへの抑制を解除し、チャネルを活性化します。これにより、活動電位に伴う細胞内へのCa2+流入が強まり、心臓の収縮が強まります。我々は、おそらくAngIIはこの分子機序を介して、周産期の児の循環ストレス耐性を形成していると考えています。また、AT1受容体からβアレスチン2を選択的に活性化する、βアレスチンバイアスAT1受容体アゴニストが、現在特異的な治療薬の無い小児心不全の治療薬になる可能性を考え、実験を進めています。(Kashihara T., et al. J. Physiol., 2018, 595: 4207-4225)