ピロリ菌から胃を守る糖鎖

▼ 信州大学大学院医学研究科「研究トピックス」

胃腺粘液糖鎖による胃癌発生の制御機構

胃粘液は表層粘液細胞から分泌される表層粘液と、幽門腺細胞や副細胞から分泌される腺粘液に大別され、後者は糖鎖の末端にα1,4結合したN-アセチルグルコサミン(αGlcNAc)を含む糖蛋白質を有しています。当研究室ではαGlcNAcの生合成に係わるα1,4-N-アセチルグルコサミン転移酵素(α4GnT)の遺伝子を発現クローニング法により単離しました(Nakayama et al., Proc Natl Acad Sci USA 96, 8991-8996, 1999)。そして、α4GnTの遺伝子を用いることで、αGlcNAcがピロリ菌の細胞壁に生存に重要なコレステリルα-D-グルコピラノシド(CGL)の生合成を阻害することでピロリ菌に対して抗菌的に作用することを示しました(Kawakubo et al., Science 305, 1003-1006, 2004)。さらにα4GnTを欠損したA4gntノックアウトマウスを作出し、このマウスの胃粘膜ではピロリ菌の感染がなくても自然に分化型癌が発生することを見出し、αGlcNAcが胃癌の腫瘍抑制因子であることを明らかにしました(Karasawa et al., J Clin Invest 122, 923-934, 2012)。

最近では、ヒト胃癌においてαGlcNAcの発現消失は分化型胃癌の予後不良因子であるものの、未分化型癌の予後とは相関しないことを明らかにしました(Shiratsu et al., Cancer Sci 105: 126-133, 2014)。また、バレット食道においてもαGlcNAcの発現低下はバレット腺癌発生の危険因子であることを示しました(Iwaya et al., Histopathology 64: 536-546, 2014)。現在はA4gntノックアウトマウスを中心に、αGlcNAcによる胃癌発生制御の詳細な分子機構の解明を目指して研究を行っています。

腫瘍における糖鎖並びに糖鎖関連分子の発現解析とその臨床病理学的意義の解明

シアリルルイスA(SLA)やシアリルルイスX(SLX)に代表されるがん関連糖鎖は腫瘍マーカーとしてのみならず、がん細胞の転移能や浸潤能と関連していることが明らかにされています。当研究室ではこれまでにSLAやSLXに加えて種々のがん関連糖鎖並びに糖転移酵素・硫酸転移酵素を対象に、腫瘍におけるこれら分子の発現パターン並びにその意義について臨床病理学的な観点から研究を行ってきました。具体的にはコア2分枝型O-グリカン生合成の鍵を握る糖転移酵素であるコア2β1,6-N-アセチルグルコサミン転移酵素(C2GnT)が大腸癌、肺腺癌、前立腺癌の悪性度と関連すること(Shimodaira et al., Cancer Res 57, 5201-5206, 1997; Machida et al., Cancer Res 61, 2226-2231, 2001; Hagisawa et al., Glycobiology 15, 1016-1024, 2005)、ポリシアル酸やHNK-1糖鎖が神経膠腫の浸潤に関連すること(Suzuki et al., Glycobiology 15, 887-894, 2005; Suzuki et al., J Biol Chem 286, 32824-32833, 2011)、α-dystroglycanが前立腺癌の浸潤を制御していること(Shimojo et al., Prostate 71, 1151-1157, 2011)等を明らかにしてきました

最近では、星細胞腫の進展にコンドロイチン硫酸Eの生合成に関わるN-アセチルガラクトサミン4S-6S硫酸転移酵素(GalNAc4S-6ST)が関連していること(Kobayashi et al., PLoS ONE 8: e54278, 2013)、C2GnTが子宮類内膜癌の悪性度と関連すること(Miyamoto et al., Histopathology 62: 986-993, 2013)、前立腺癌の悪性度にO-GlcNAcが関連していること(Kamigaito et al., Prostate Cancer Prostatic Dis 17: 18-22, 2014)等を報告しました。今後も種々の腫瘍を対象に、糖鎖並びに糖鎖関連分子の発現解析とその臨床病理学的意義の解明に向けた解析を行う予定です。