信州大学HOME

  1. HOME
  2. 病理とは?

病理とは?

病理学

難しい質問になりますが、皆さんはどう考えますか。「病理」との最初の出会いは基礎医学科目としての病理学で、そこでは様々な疾患の成り立ちを勉強してもらうことになります。こうした知識の背景には、多数の症例を集めて解析した臨床病理学的研究から先端の分子生物学的アプローチを含めた実験的な研究まで膨大な研究の積み重ねがあり、病理学は基礎医学研究の一分野として位置づけられてきました。

剖検とCPC

また不幸にして疾病で亡くなられた患者さんの病理解剖(剖検)の後には、臨床経過と病理学的所見を突き合わせて臨床診断や治療の検証を行うclinocopathological conference(CPC)が行われ、医師の卒後教育と臨床医学の進歩に大きな貢献をしています。

外科病理

また様々な臨床科で最終診断を目的に組織の採取が行われ、病理医により診断が下されます。さらに外科系の臨床科では、手術により切除された組織・臓器について、診断や腫瘍組織が完全に切除されているか否かを含め病理組織学的な検討が行われます。

病理のidentity

「病理」はとても幅の広い分野で、こうした領域全てが「病理」なのですが、近年では最後に挙げた外科病理診断の需要が大きく拡大して、臨床医学としてもとらえることのできる病理診断学の比重が大きくなってきています。若干乱暴な言い方かもしれませんが、「病理」も臨床医学であり、医科大学の臨床各科において診断や治療に専念するグループがある一方で研究を主体に活動するグループがあるように、「病理」の枠の中でも病理診断に専念するグループや研究に専念するグループがある、というとわかりやすいかもしれません。メスを手に手術をすることが外科のidentity、というような意味で「病理」のidentityといえば組織標本を顕微鏡で覗くということになるのでしょう。形態情報を扱う研究をおこなうこと、あるいは外科医が日常診療で手術をこなしながら分子生物学的手法を含めた研究を遂行することもあるように、日常の病理診断をこなしながら研究を遂行することです。もちろん、病理診断に専念することも当然「病理」です。

Doctor's doctor

前述したように、近年では外科病理診断の比重が増してその情報量も膨大なものとなり、一人の病理医が全領域について最新の病理診断学に精通することはきわめて困難な状況です。病院内で複数の病理医により専門分野を分担していく必要があります。さらに病理医はDoctor's doctorとして、複雑な病態の解析や確定診断がつかない場合の治療方針などについて意見を求められることがあります。Doctor's doctorとして臨床家に頼りにされる重要なポイントは病理総論から疾患全体を俯瞰できる視点であり、そうした視点は自ら未知の解明に挑んだ研究経験から滲み出てくるもので、他者が作り上げた病理診断基準に個々の症例が合致するか否かのトレーニングからは決して得られないものです。

病因・病態解明と病理診断学

病理診断学はまさに臨床医学であり、疾患の本態が明らかでない状況でも治療方針の決定のための判断が求められます。多くの疾患は未だ病因不明であり、正しい病理診断のためには疾患の病因・病態解明が求められています。従って病理学の基本はまさにその字のごとく予後判断や治療開発につながるような病の理(ことわり)を明らかにしていくこと、すなわち病因・病態解明を進めていくことであり、これなしには患者のための的確で正しい病理診断はなしえません。

節外性NK/T細胞リンパ腫

私が従事した研究から一例を挙げましょう。節外性NK/T細胞リンパ腫は長らくリンパ系腫瘍としての位置づけが明らかではなく、炎症細胞を多く含むその組織像からは炎症性疾患として扱われる時期が長く続きました(致死性正中肉芽腫lethal midline granuloma)。また血管破壊性の組織像を呈することがあり、多発血管炎性肉芽腫症granulomatosis with polyangitis(ウェゲナー肉芽腫症Wegenerユs granulomatosis)との鑑別が問題とされました。病理医は診断に苦慮し、当然ながら患者は予後不良となる時期が長く続きました。1980年代以後、T細胞抗原受容体遺伝子再構成が明らかとなり、またバーキットリンパ腫から分離されたEpstein-Barr(EB)ウイルス研究の進展に伴い、この疾患はEBウイルス陽性のNKあるいはT細胞様の細胞の腫瘍性増殖であることが明らかにされ、EBウイルス遺伝子の発現を検討することで確定診断も容易となり、血液腫瘍の治療の進歩と相まって良好な予後を示す症例も多くなっています。現時点の診断学に習熟したとしても、必ずしも本質的に正しい診断に到達できるわけではなく、病理学における研究の重要性を認識していただけると思います。

形態から病因・病態研究へ

研究の成果を取り込んだ病理診断学は常に進歩しつつあるもので、絶対的な完成されたものではありません。診断学の進歩の基盤となる疾患の病因・病態に迫る研究の充実を図らなければなりません。しかし未完成ながら病理診断学は軽視できません。その時点での形態観察のエッセンスが病理診断学であり、そのトレーニングからは数多くの研究のヒントが得られます。いま進めている研究プロジェクトの一つは、節外性NK/T細胞リンパ腫で認められる血管破壊病変がまさに血管炎病変に類似する点に着目して、EBウイルス遺伝子で誘導されるリンパ球の血管傷害性から血管炎症候群一般に外挿できる病変形成メカニズムを探ろうとするものです。

病理のキャリア

幅の広い「病理」である以上、その入口も出口も広い方が良いと考えます。当教室では大学院生として「病理」のスタートの時期に、病理診断のトレーニングと病因・病態研究の双方を経験してもらおうと思います。将来研究室に残る場合でも研究と診断の割合は人それぞれです。学位や病理専門医資格の取得までの時期は忙しくて大変ですが、是非とも診断研修と研究を両立し、その経験の中から自分の「病理」を形作っていって欲しいと思います。その上で、病院で診断に専念する「病理」、大学や研究所で診断と研究を並行させる「病理」、さらには病理学の枠を飛び出して他の基礎医学研究の分野で研究に専念する「病理」OB/OGなどの中から自分の「病理」を選び取っていって下さい。「病理」にはMDにとっての基礎医学研究の入口としての役割もあると考えます。疾患の現場を数多く診てきた経験は、基礎医学研究のフィールドで生き残っていく上で大きなアドバンテージになるはずです。

「病理」をやりましょう

患者の疾患をまさに目の当たりにしながら、医療の一翼を担うMDとしてのidentityを意識しつつ、臨床科と比べて格段に時間の融通がきく環境で医学研究をはじめる自分を是非イメージしてみて下さい。自然にあふれたこの広い信州の地で、幅の広い「病理」を一緒にやりましょう。