留学の奨め

1年間の中国留学を終えた奥村梓未さんの貴重な体験談をお知らせします。

外国留学の奨め(渡邊秀夫)
専門は平安朝文学ですが,これまで幾度と無く,長・短期の外国滞在・出張を重ねてきた私にとって,その体験は,なにものにも増してかけがえのない財産と なっています。もともとは日頃の研究的関心に惹かれて始まったことですが,なによりも印象に残っているのは,それは,自国の言語・文化,なかんずく自分そ のものが何者であるのかを深く問い続ける日々の連続でもあったということです。
こうした経験は,若い時期に,又,外国文学専攻生よりも,むしろ日本文学の専攻生にこそ何よりも味わってほしいものと思っていた折しも,このたび,本学部 と北京外国語大学(北京日本学研究センター)との交流協定に基づく交換留学生としての1年間の留学を終え,同様の経験を積んで帰国した私のゼミ生の体験話 を紹介し,あらためて外国留学することの面白さの一端をお伝えたいと思います。以下に掲げるのは,その彼女の留学レポートの末尾の一節です。

◎北京外国語大学への留学をふりかえって(奥村梓未)
私がこの留学から学んだことは、数え切れないほどたくさんあります。しかし、それらは私が日本で想像していたものとは違っていることの方が多いように感じます。
中国へ渡る前、私はこの留学を通して以下のようなものが得られるであろうと考えていました。それは「語学力」、「北京で生活したという経験」、「ものごとを多角的に見る目」等々、「留学」と聞いてまず思い浮かぶような典型的なものばかりでした。
しかし留学を半年終えた今、それらに加え「人生をより豊かに、楽しく生きる術」のようなものが、少しずつ分かり出してきたように感じるのです。ここでは 本当に多くの出会いがありました。それらを通して自分の興味の幅は格段に大きくなり、価値観はより定まってきました。自分という人間を、よりクリアに見る ことができるようになったのだと思います。
また、私が昔からずっと欲しかった「自信」が、わずかではありますが持てるようになったと感じます。自信は他人から与えられるものではないだけに、手に入 れるのは非常に困難です。加えて私は自分を認めるのが下手な性格でしたので、なかなか自分に自信が持てず苦労していました。しかし北京で生活していく中 で、ふと「そろそろ自分のしてきたことを認めてもいいのではないか」、そう思えたのです。これは私にとって大きな進歩でした。そしてどのようなことにも怖 がらずに挑戦してみよう、全力でやってみようという覚悟のようなものが生まれてきました。「腹が据わった」と言ったところでしょうか。毎日荒波にもまれな がら精一杯生活したことで、精神的にタフになれたのだと思います。
私からのアドバイスを少し述べたいと思います。北京外国語大学に来てまず驚いたことは、留学生の多様さでした。出身地の違いはもちろんのこと、同じ日本 人でも、年齢を始め中国語歴や留学の目的、現在の身分(働きながら通う人もいます)まで本当に多様でした。そのような状況において一番重要になってくるの が、「留学の目的」です。留学の善し悪しは、試験などで一律に評価できるものではありません。他人と比べて自分の位置を探ることが出来ない状況では、自分 なりの判断基準を常に持っておく必要があります。私も当初、既に中国語がずいぶん話せる日本人と自分を比べて、「一年という留学期間で、私は一体どれだけ の語学力を身につければいいのだろう」と、目的が定まらず不安な思いを抱きました。しかし私の留学の目的は、中国を自分の肌で感じ、人生経験を豊富にする ことでした。「語学習得という点では上を見たらきりがない、それならば一年という期間で何ができるだろう。私はこの留学を通して何を一番得たいのだろ う。」と考え、とにかくたくさんの人たちと交流したり,多くの場所に赴こうと決めました。しかし、当然経験から多くの事を吸収するにはやはり中国語能力が 欠かせません。それから私は最低限授業で習ったことは身につけていくようにしました。日本で中国語を専門的に学んできた学生たちとは、違って当たり前なの です。私の目的は、何もHSK8級を取得することではありませんでした。流されやすい環境だからこそ、自分なりの目的をしっかりと持つことが大切です。
また、一年という留学期間についても述べたいと思います。一年留学することの利点は大きく二つあります。一つは北京の四季を堪能できることです。半年で はどちらか片方の北京しか見ることができません。日本とは全く違う四季観に新たな発見があることと思います。もう一つはやはり語学力の面です。自分の一年 を振り返っても、後半の半年間でかなりの進歩があったのではないかと思います。半年間だけでも簡単な日常会話くらいはできるようになりましたが、後期は前 期に習ったことを生かす機会が与えられ、基礎力が定着しました。単語の量も増え、少し複雑な文章も読めるようになりました。そして何より友人に恵まれまし た。A班にいたときには互いにコミュニケーションがとれず苦労しましたが、C班ともなると皆ある程度の語学力があるので、少し深い会話もできるようになり ます。後期の班はとても仲が良く、本当に楽しい思い出がたくさんできました。
言葉がわかるからこそ見えてくることもあります。前期は生活に慣れるのに精一杯でしたが、後期はある程度慣れた分新たな悩みが次から次へと生まれまし た。中国人の考え方との違いに戸惑い、どうしても越えることのできない壁を感じたこともあります。今思えば、そういう悩みの一つ一つが私をたくましくして くれたのだと思います。
毎日悩み、時には自分を認めながら一日一日懸命に生活した、そんな一年間でした。「普通って何だろう、生活するってどういうことだろう」と、今まで抱い たこともなかった疑問が湧き、言葉の定義を自分で見つけていくような体験の連続でした。困難に遭遇するたびに「辛いときこそがんばりどきだ」と自分を励ま しながら一つ一つ乗り越えてきた、それら全ての経験が今のこの充実した気持ちにつながっているのだと思います。
この留学から得た自信が、これからの私の人生において大きな支えになってくれる、そんな気がしています。自分を支えてくれる多くの人々や自分の置かれた環境に感謝しながら、これからの人生を歩んで行きたい、そう思っています。
最後になりましたが、この留学を勧めて下さり、全面的に協力して下さった渡邊秀夫先生を始め、家財道具を貸して下さったり、いろいろなイベントにお誘い下 さった北京日本学研究センター准教授・張龍妹先生、日本では情報提供を、現地ではさまざまなサポートをしてくれた田豊さんと岳遠坤さん、そして何も言わず 送り出してくれた家族に、心から御礼申し上げます。
○奥村梓未(おくむら・あずみ)
2003年信州大学人文学部に入学。現在は日本文学コースに所属。大学4年の秋、交換留学生としては初めて北京外国語大学に留学。2006年9月から2007年7月までの約10ヶ月間北京に滞在。帰国後は二度目の4年生を経て、2008年卒業予定。
※田豊さんと岳遠坤さんは,いずれも,北京日本学研究センターからの交換留学生として2006年度前期に信州大学人文学部に在籍されました。

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