運営体制

米国におけるテニュア・トラック制度

 テニュア・トラック制度は,教員を,一定期間任期をつけて採用し,任期中の業績を審査し,合格者に雇用保障(終身雇用)を与える制度である.日本では終身雇用は珍しくないが,アメリカではきわめて稀な優遇的な雇用形態で,終身雇用という特権的身分は大学に優秀な人材を大学に惹きつける誘因になっている..

 大学教員に終身雇用の特権が認められるようになった歴史を遡ると19世紀のアメリカの大学に遡る.アメリカの大学では,20世紀初めまで,教員の信条,研究内容を理由に,教員が大学経営者の恣意的な裁量で解雇されることが珍しくなかった.有名な例は1900年に起こったStanford大学によるRoss教授解任事件で,教授の主義,思想に異を唱える大学創立者の1人Jane Stanfordの意向を反映した解雇であった.この事件が大きな契機となり,状況を憂慮する大学教員の努力により,テニュア・トラック制度の原点とされるDeclaration of Principles on Academic Freedom and Academic Tenureが1915年に生まれた.テニュア・トラック制度が学問の自由を保障する制度と位置づけられている所以はここにある. 実際,米国の大学のテニュア・トラック制度規程(Tenure Policy)は冒頭でAcademic Freedomに言及している.

 100年以上の年月を経て現在の形に発展した米国のテニュア・トラック制度には,これから制度を導入しようとする日本の大学にとっても採用される若手研究者にとっても,たいへん参考になる制度運用ノウハウが含まれている.以下では,North Carolina State Univeristy (NCSU) におけるテニュア・トラック制度の運用の実際および米国における制度運用の基本的ガイドラインを紹介する.このほか,ワシントン大学工学部のテニュア・トラック教員向けウェッブサイト Promotion and Tenure Toolkitは,内容が,審査する側,審査される側,双方にとって具体的であり,用例,各種様式も多く,理工系学部にとってたいへん参考になる.

North Carolina State Universityにおけるテニュア・トラック制度の運用

 テニュア・トラック制度を運用する機関にとって雇用トラブルは大きな懸念事である.その意味で,訴訟大国米国で100年の歴史を経て構築されたテニュア・トラック制度は,日本の大学が制度を導入してゆく上で,参考になると思われる.本拠点は,North Carolina State UniversityのBrandon Godfrey学部長(繊維学部)を招聘し,テニュア・トラック制度運用ノウハウに関する講演会 "Tenure Evaluation Practice at NC State University and in the United States" を開催した.同校はテニュア・トラック制度の透明性の高さで全米トップ5にランクされている.講演では次の事項がカバーされた.詳しくは講演ビデオ(Prof. Godfrey's Presentation)をご覧いただきたい.

テニュア評価の手順
学科長の役割,学部長の役割,一般教員の意見聴取
テニュア評価の基準
研究の達成度評価,教育能力の評価法,外部評価者による評価
協調性の扱い
テニュア・トラック教員へのlサポート
経費的サポート,教育改善のためのFD支援
早期テニュア授与
判定の基準

トラブルのないテニュア評価 Good Practice in Tenure Evaluation

テニュア・トラックの教員の最大の関心事はテニュア(雇用保障)取得であり,テニュア拒否は雇用上のトラブルに発展する可能性がある.したがって,テニュア制度には雇用上のトラブル防止の仕組みが組み込まれていなければならない.訴訟大国の米国で発達したアメリカのテニュア制度には,雇用トラブルを防ぐ仕組み,運用ノウハウが組み込まれており,日本の大学がテニュア制度を導入する上でたいへん参考になる.
 テニュア制度に関わる法的トラブルのほとんどすべてがテニュア審査に端を発している.「トラブル発生を未然に防ぐテニュア審査」という観点から非常に参考になる文献は,アメリカ教育評議会 (ACE),アメリカ大学教授連合 (AAUP),連合教員保険 (UE) が2000年に編集したGood Practice in Tenure Evaluation である.これはACEのサイトからダウンロードできる.

本拠点はACEの許可を得て日本語版を作成した.

この30ページのマニュアルにはテニュア審査実施上,注意すべきポイントが次の4つの視点からまとめられている.

要点だけでも参考になるので,以下に紹介する.本文は一つ,一つについて,訴訟等の例を踏まえてその必要性を説明している..

Good Practice 1.テニュア審査における基準と手順の明確性

(1)テニュア・ポリシーは、テニュアの基準を明確に記述し、評価の拠り所となるすべての主要要素を網羅しなければならない.
(2)評価担当者は、すべての評価段階において、当該教員に適用される基準を知り、適用しなければならない.
(3)テニュアの基準は、テニュア申請後に発生した論文受理等の有利な要素を考慮するかにどうかについて明確に定めなければならない.
(4)大学はテニュアに至る過程で起こりうる不正行為,その他のマイナス情報の申し立てに対する対応プランをもっていなければならない.
(5)大学全体のテニュア委員会の委員である教員は、自学科の候補者のテニュアに関わる投票を、学科で行うのか全学委員会で行うのか(あるいは両方で行うのか)事前に知らなければならない.
(6)テニュア候補者に関する非公式な,あるいは,要請していない意見が寄せられた場合、評価者が意見に対しどのようなウエイトを与えるべきか、候補者に対し意見を知らせるべきか、について機関の規程は対応していなければならない.

Good Practice 2. テニュア決定における一貫性

(1)テニュアの決定は、異なる人格をもつ様々な候補者に対し常時一貫性をもって行われなければならない.
(2)候補者に対する公式な評価と候補者が自分の仕事の質について非公式に聞く内容は、候補者に求める一貫性ある要求事項に基づいているよう保障しなければならない.
(3)候補者の試用期間中,当該学科はテニュアについて学科および大学が要求する内容と矛盾する助言を与えてはならない.学科はテニュアの可能性について過度に楽観的な見方を伝えないよう注意しなければならない.
(4)候補者の資料ファイルはすべての必須資料を含み、かつ、他の候補者の場合に使ったことのない資料を含んではならない.
(5)アドミニストレーター(学科長、学部長等)は自分と同じ専門の候補者を評価する場合、標準のテニュア評価過程を逸脱することがないよう注意しなければならない.
(6)すべての評価者は厳正忠実にテニュア手順に従わなければならない.手順からの逸脱は大学が公正な評価を行うという義務に違反したことの証拠に使われる可能性がある.

Good Practice 3. テニュア・トラック教員評価に際しての公正性

すべてのテニュア候補者は以下のような扱いを受ける権利がある
(1)再雇用およびテニュアのための要求基準に関する明確な説明.これには学科あるいは学部のみに適応される基準も含まれる.
(2)要求基準達成状況についての定期的な評価
(3)すべての評価における公平無私性
(4)候補者のパーフォーマンスの質をわかりやすく説明する具体例の提示
(5)改善の余地がある分野の大要を示す建設的な批判
(6)最近のみの評価ではなく、全評価期間にわたる評価
(7)平易な日本語での評価 
(8)要求基準達成へ向けた今後の努力に関する実際的なガイダンス.ただし、大学が将来与えることができないような約束や保証をしてはならない.
(9)試用期間中の評価とテニュア評価がどう異なるかの理解

Good Practice 4. テニュアをとれなかった教員へのケア

候補者が他のポジションに移れるよう積極的に支援することは当人及び機関の両者にメリットがある.

(1)再雇用およびテニュアのための要求基準に関する明確な説明.これには学科あるいは学部のみに適応される基準も含まれる.
(2)旅費や学会参加経費を支援し,就職活動を後押しする.
(3)求職情報が掲載されている月刊誌等の講読
(4)就職活動の書類作成,複写等の支援
(5)教育・研究職のための就職活動の方法をアドバイスする
(6)本人と大学の同意があれば,業務を軽減する.
(7)本人に特別な必要性,希望がある場合は,それに応じた支援を考える.

口頭あるいは書面による推薦内容はテニュア拒否の決定理由と矛盾しないよう注意しなければならない.訴訟になった場合,その様な推薦内容が証拠として出てくることがある.