研究内容

研究概要

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我々は社会活動を営む上で多くのエネルギー資源を消費していますが、一次エネルギーの大部分は化石資源に由来しています。現代社会が化石資源に依存したまま発展していけば、地球規模でエネルギー問題や環境問題が深刻化することが懸念されています。化石燃料に替わるエネルギーとして水素が注目されています。しかし、現状では水素製造の様々な過程で化石資源が利用されています。エネルギー・環境問題を根本から解消するには、再生可能エネルギーを利用して、正味で化石資源を消費せずに水素を製造できる技術の開発が求められます。

再生可能な水素の製造技術として太陽光水分解が研究されています。当研究室では、この技術の実用化に向け、粉末光触媒と反応システムを研究しています。ここで用いられる光触媒は半導体であり、光を吸収することで励起状態の負電荷をもった電子と正電荷をもった正孔が発生し、それらにより酸化還元反応が引き起こされて水が分解されます。粉末光触媒を利用したシステムは、構成要素が比較的単純であり、安価なプロセスで大面積化できる可能性があります。そのため、太陽光水分解反応に高活性な光触媒を開発することができれば、実用レベルの大規模水素製造に向けて大きく前進します。

太陽エネルギーを有効に利用するには可視光応答型光触媒の開発が必要です。当研究室ではそのような光触媒材料として主に粉末状の酸窒化物、窒化物、酸硫化物半導体を研究しています。これらの材料群には長波長の可視光を強く吸収するものが数多く知られています。これらの光触媒材料群を高活性化するために、材料の合成法、修飾法、物性、光触媒作用の相関などを詳しく調べています。また、粉末材料の特性を活かして大規模展開に適する反応システムの開発にも取り組んでいます。

参考文献
https://www.nature.com/articles/s41929-019-0242-6

酸化物光触媒

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SrTiO3は、1980年に堂免一成特別特任教授により、世界で初めて水の完全分解反応に活性を示すことが報告された粉末光触媒の一つであり、現在も水分解用光触媒のモデルとして研究されています。当研究室ではSrTiO3の水分解活性が低価数金属カチオンのドーピングにより大幅に向上することを発見しました。特に、AlがドープされたSrTiO3は、水素生成助触媒と酸素生成助触媒がサイト選択的に共担持されると、水の完全分解反応を近紫外光域で90%を超える外部量子効率で駆動することができました。この結果は、構造が比較的単純な粉末光触媒を用いても天然光合成における光・物質変換過程と同等の高い量子効率でエネルギー蓄積型の水分解反応を駆動できることを示しており、粉末光触媒を設計・開発する上で極めて重要な意味を持ちます。開発された光触媒は、後述の100m2スケールの水分解用光触媒パネル反応システムに使用され、研究開発に貢献しました。

参考文献
https://pubs.rsc.org/en/content/articlelanding/1980/c3/c39800000543
https://www.nature.com/articles/s41586-020-2278-9
https://www.nature.com/articles/s41586-021-03907-3

酸窒化物・窒化物光触媒

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酸窒化物・窒化物は2000年頃には可視光照射下で水溶液からの水素生成反応や酸素生成反応に活性を示すことがわかっていました。Ta3N5はそのような窒化物材料の一つであり、波長600nmまでの可視光を吸収します。しかし、良質なTa3N5微粒子の合成が困難であったため、Ta3N5光触媒を用いた水分解反応は実現できていませんでした。当研究室では出発原料の選定と合成条件の検討を進め、水分解反応に活性なTa3N5単結晶ナノロッドを創出しました。この材料はKTaO3を短時間窒化することで得られ、K成分が徐々に蒸発しながら窒化されることでKTaO3粒子上に欠陥密度の低いTa3N5単結晶が直接生成することを利用しています。得られた単結晶Ta3N5ナノロッドに適切な水素生成助触媒を担持すると、光励起された電荷を水分解反応に利用することが可能になりました。

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BaTaO2Nは650nmまでの可視光を吸収する酸窒化物材料です。しかし、助触媒を密着性良く高分散に担持することができず、光励起された電荷を効率よく水素生成反応に利用することができませんでした。当研究室では、含浸・水素還元法と光電着法を逐次的に用いることで、フラックス法で合成したBaTaO2Nの単結晶微粒子にPt助触媒微粒子を高分散に担持できることを見出しました。これにより、BaTaO2N光触媒を用いた水素生成反応の効率が大幅に向上し、酸素生成光触媒と組み合わせによる二段階励起型(Zスキーム型)水分解反応の効率も向上しました。過渡吸収分光による解析の結果、開発された手法で担持されたPt助触媒微粒子がBaTaO2N光触媒から電子を効率よく抽出するために、電子と正孔との再結合が抑制されていることがわかりました。また、欠陥密度の低いBaTaO2Nを用いることも、高分散なPt助触媒の担持には重要であることもわかりました。

参考文献
https://www.nature.com/articles/s41929-018-0134-1
https://www.nature.com/articles/s41467-021-21284-3

酸硫化物光触媒

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酸硫化物は硫化物に比べて水中・光照射下での安定性が高く、2000年頃には弱アルカリ性水溶液中で水を水素と酸素に分解できるバンド構造を有する材料があることがわかっていました。しかし、光触媒としての応用に適した合成法や助触媒担持法が確立されておらず、酸硫化物光触媒材料による水の完全分解反応は長年達成されていませんでした。当研究室では安定な酸硫化物光触媒材料の探索を進めた結果、層状ペロブスカイト型構造を有するY2Ti2O5S2光触媒による可視光水分解反応に成功しました。この光触媒は波長640nmまでの可視光を水分解反応に利用できます。反応の実現には、Y2Ti2O5S2光触媒に水素生成助触媒としてCr2O3で被覆されたRhを、酸素生成助触媒としてIrO2を共担持し、さらに反応溶液のpH値を精密に制御することが必要でした。今後、酸硫化物半導体材料や助触媒の調製法を改良していくことで一層の性能向上が期待されます。

参考文献
https://www.nature.com/articles/s41563-019-0399-z

光触媒シート

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水素生成光触媒と酸素生成光触媒を組み合わせると、二段階の光励起を利用して水を水素と酸素に分解することが可能です。このような光触媒系は光合成の光励起過程になぞらえてZスキーム系とも呼ばれます。研究室では、接触抵抗の小さな粉末電極作製法である粒子転写法を応用し、導電材薄膜上に水素生成光触媒と酸素生成光触媒が混合された状態で固定されたZスキーム型水分解用粉末光触媒シートを開発しています。水素生成光触媒としてLaRh共ドープSrTiO3、酸素生成光触媒としてMoドープBiVO4がAu薄膜に固定化された光触媒シートは、純水中でも高い水分解活性を示しました。また、水素生成サイトと酸素生成サイトが近接しているため、溶液抵抗や物質移動抵抗の影響を受けにくく、そのまま大面積展開しても活性を維持できました。さらに、逆反応の防止に効果的な材料を応用すると、実用条件と想定される常圧でも常圧でも高い水分解活性を維持することが可能になりました。常圧での太陽光水素エネルギー変換効率は世界最高水準の1.0%に到達し、粉末光触媒からなる系としては圧倒的に高い性能を発揮します。現在、より長波長の可視光の有効利用を目指し、非酸化物光触媒材料を利用した水分解用光触媒シートの開発を進めています。

参考文献
https://www.nature.com/articles/nmat4589
https://pubs.acs.org/doi/10.1021/jacs.6b12164

光触媒パネル反応システム

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当研究室では、東京大学堂免研究室と共同で、水分解用粉末光触媒の大規模展開を視野にパネル反応システムの開発を進めています。先述のAlドープSrTiO3光触媒は基材上に塗布することで容易にシート状に加工できます。この光触媒シートをパネル反応器に格納すると、水深がわずか0.1mmでも持続的に水を分解し、生成気体を滞りなく輸送できることが確かめられています。2019年からは、大面積の水分解パネル反応システムの建設に着手し、光触媒パネルや付帯設備の動作を長期的に試験しています。100m2の受光面積を持つ光触媒パネル反応器と分離膜を内蔵したガス分離モジュールから構成される反応システムは、屋外環境でおよそ1年継続して水を分解しました。また、連結したガス分離モジュールを用いることで、生成した水素酸素混合気体から水素ガスを7割以上の回収率で94%の濃度で分離できました。さらに、ガス分離モジュールにガス流量を自律制御する機構を設けることで、日照条件によらず安定したガス分離性能を維持できることも確かめられました。現在、光触媒パネル反応器の低コスト化と一層の大規模化、ガス分離プロセスの分離性能とエネルギー効率の向上のための技術開発が進められています。

参考文献
https://www.nature.com/articles/s41586-021-03907-3

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