信州大学法科大学院

募集停止へ

(1)問題の背景
 信州大学法科大学院とほぼ同時期に、他の地方国立大学の法科大学院(新潟、静岡、島根、香川、熊本、鹿児島)も募集停止している。その背景について一言しておこう。
 法科大学院が全国で設置されたきっかけは、司法制度改革審議会が2001(平成13)年6月に発表した意見書であった。そこには、年間3,000人の合格と法科大学院修了生の7~8割の合格、全国への適正配置、他学部出身者および社会人の積極的な受け入れという制度設計が提案されていたのである。地元弁護士会の支援を受けた地方国立大学が、同報告書を踏まえて、われこそは地域司法の担い手であるとしてロースクール設置の名乗りをあげたのは、むしろ自然な流れであったといえよう。
 しかしながら、蓋をあけてみると、想定したほど法曹のニーズは多くなく、司法試験に合格しても弁護士として就職が困難になるという事態が起きた。このような状況もあって、合格者は約2,000人にとどまったのである。(信州大学についていえば、長野県弁護士会所属弁護士が、積極的に修了生を採用してきたのであり、就職問題はほとんど存在しなかったといってよい。本来であれば、このような地方の特殊事情も適正に評価された上で、改善策が模索されるべきではなかったかと考える。)
 合格者が約2,000人にとどまるにもかかわらず、司法試験受験生が毎年劇的に増えていくのであるから、司法試験は難化し、合格率は年々下がる。合格率は2010(平成22)年にはついに25.4%(未修者は17.3%)にまで落ち込んだのである。これで法科大学院の志望者が激減しないほうがおかしい。特に、未修者が、法科大学院を志望しなくなったのである。法科大学院離れが起きたのであるから、地方の小さな法科大学院が受験生を集められなくなるのは当然のことであった。
 ここで確認しなければならないことは、司法試験の合格率が低い原因は、もっぱら、法科大学院の「教育の質」にあるとされたことである。特別委員会がワーキンググループを作って、それを是正するための「フォローアップ」をはじめたことはすでに述べた。これは、入学定員の削減、競争倍率の確保、教員のトレーニング(FD)、成績・修了判定の厳格化をすることによって、「教育の質」が向上すれば、合格者は増えるはずだという想定で成り立っている。しかし、このような想定が建前論に終始していることは明らかであろう。合格者が増えないにもかかわらず、受験生は増えていくのである。「教育の質」を高めたところで、状況はさらに悪化するばかりである。
 「教育の質の改善」という言葉で、中教審大学分科会法科大学院特別委員会が暗にいわんとしていることは、司法試験の合格が振るわない法科大学院は、撤退せよということではなかっただろうか。文科省が、2010(平成22)年、司法試験の結果が振るわず、競争倍率が減っている法科大学院には国立大学への運営費交付金や私立大学への補助金の削減をおこなうことを決めたことは、そのように考えないと説明がつかない。
 これが、2010(平成22)年に文科省が決定した「法科大学院の組織見直しを促進するための公的支援の見直し」である。指標が二つたてられ、その両方に当てはまる場合には、大学に対して、運営費交付金(私立大学に対しては私立大学等経常費補助金)を減額するというのである。要するに、合格率の振るわない法科大学院を兵糧攻めにして、廃止へと誘導しようというのである。

(指標1)競争倍率が2倍未満
(指標2)3年連続で次の①、②のいずれかに該当
①司法試験の合格率が全国平均の半分未満
②直近修了者のうち新司法試験を受験した者の数が半数未満、かつ直近修了者の合格率が全国平均の半分未満

 予算削減は、2012(平成24)年度からはじまるとされ、指標2については、2009(平成21)年から計算された。指標1は、前年度の入試が適用される。信州大学法科大学院は、2011(平成23)年度入試において、競争倍率2倍は維持できなかったので、指標1にあてはまるが、2009(平成21)年司法試験において指標2をクリアしていたので、2012(平成24)年の交付金削減は免れた。しかし、指標2を達成できていたのは2009年司法試験のみであり、次年度には交付金削減の危険性があった。2012(平成24)年度入試では、かろうじて競争倍率2倍を達成し、交付金の削減は2年連続で避けることができた。しかし、客観的な状況からすれば、司法試験合格者の飛躍的な上昇がない限り、交付金削減は避けられなかった。地方国立大学の財政状況からして、交付金が削減されるならば、法科大学院は続けられない。この文部科学省による運営費交付金の削減方針が、地方国立大学の法科大学院のほとんどがほぼ同時期に姿を消すことになった大きな要因であることは明らかであろう。

(2)司法試験の状況
 法科大学院の人気が急速に下がっていくのと対照的に、司法試験は確実に難しい試験になっていった。2011(平成23)年第六回司法試験の信州大学の合格者は4名(第二期生1名、第三期生1名、第四期生2名)、受験者は52名で合格率は7.7%であった。全体の合格率は23.5%、未修者の合格率は16.2%であった。2012(平成24)年の第七回司法試験においても状況は改善せず、合格者4名 (第三期生1名、第四期生3名)、合格率7.4%であった。全体の合格率は25.1%、未修者の合格率は17.2%であった。2013 (平成25)年第八回司法試験では、合格者は1名増えて5名(第二期生2名、第五期生2名、第六期生1名)であり、合格率も10%にあがった。全体では、合格率26.8%、未修者で16.6%であった。この合格率を低いとみる向きもあるかもしれないが、教員の自主勉強会および弁護士会の「ゼミ」も活発におこなわれ、学生も本当に一生懸命努力していた。数字は振るわないかもしれないが、教員と学生の必死の努力の結果であることは、述べておきたい。勉強会やゼミの参加者から合格者が多く出ていることも特筆しておこう。

(3)入試改革と募集停止
 信州大学法科大学院は、2013(平成25)年度入試において入試制度を大きく変えた。信州大学法科大学院の特徴は、長野県で法律家になりたいという意識的な受験生が必ず存在していたことである。このような受験生に、早い段階で受験の機会を与え、入学を決意してもらうことによって、入試をめぐる状況を少しでも改善しようとしたのである。また、信州大学の学生の法曹志望者を確実に法科大学院に呼び込みたいという意図もあった。
 そこで、信州大学法科大学院の入試に当初から存在していた「高度技術法曹枠」と「地域法曹枠」を人物評価重視の「特別入試」として再編し、7月におこなうこととした(募集人員は5名)。7月というスケジュールは、当時、最も早い入試として、予備校関係者から注目されたようである。
 この方式は、一定の効果をあげ、この年、特別入試で5名の合格者を確保することができた。しかしながら、11月の秋季募集、2月の春季募集はそれほど振るわず、結局入試全体では、受験者28名、合格14名、入学10名という結果となった。
 2012(平成24)年文部科学省は、「公的支援の見直し」の指標として、先に紹介した①、②に加え、③入学定員の充足率50%未満の状況が2年以上継続という指標を加えていた。それまでは、①の競争倍率2倍をクリアしていれば交付金の削減を免れたのであるが、②、③があてはまれば、やはり削減となることとなった。入学者10名という数字は、定員の半数を超えているので、③の指標もクリアしていたのであるが、しかし、それに近い数字であることには間違いない。この数字をみるならば、交付金削減は時間の問題だったといえよう。
 こうして2014(平成26)年度入試が終わった後、法科大学院教授会は、募集停止を決定した。最後の平成26年度入試は、30名が受験し、15名が合格、9名が入学した。2年コースが3名、3年コースが6名であった。

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