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巽 広輔

巽 広輔

化学コース

講座:分析化学分野
略歴:
1996年 京都大学農学部農芸化学科卒業
1998年 京都大学大学院農学研究科農芸化学専攻修士課程修了
2001年 京都大学大学院農学研究科応用生命科学専攻博士後期課程修了,博士(農学)
2001年 福井県立大学生物資源学部助手
2007年 同助教
2008年 同准教授
2019年 現職
キーワード:液液界面
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せはしく明滅する有機交流電燈

現在の研究テーマ:電気化学測定法にもとづく生体関連反応の解析

1. 液液界面電子移動ボルタンメトリーの基礎研究
液液(油水)界面電子移動ボルタンメトリーは,たがいに混じり合わない有機溶媒と水との間の電位差を制御することにより,それぞれの溶媒中に加えた酸化還元物質間の電子移動反応を電流として観測するもので,近年このような電子移動系と生体膜を介した電子移動系との反応速度の相関が論じられるなど,生体内電子移動反応のモデル系として注目されています。しかしながら,これに適用できる酸化還元物質は現在のところあまり多く見出されていません。私たちは,ある鉄化合物を有機溶媒中の酸化還元物質として用いることにより,ヘムやヘムペプチドといった生体関連物質が液液界面電子移動ボルタンメトリーに適用できることを見出しました。

また,界面での電子移動反応の機構についても解析を行なっています。有機溶媒中のフェロセンという化合物と水中のヘキサシアノ鉄酸イオンとの電子移動反応については,フェロセンの水への移動,水中での電子移動反応,生成したフェロセン酸化体の有機溶媒への移動からなる機構により進行していることを明確に示しました。一方,有機溶媒中の酸化還元物質をあるルテチウム錯体に替えると,こちらは文字どおり界面で電子移動反応が進行していることが明らかになりました。今後は他の酸化還元物質についても検討を行ない,それらの構造と反応機構との関係を明らかにしたいと考えています。

2. 電気化学測定法にもとづく糖質加水分解酵素反応の速度論的研究
アミラーゼ,セルラーゼといった糖質加水分解酵素は,実用目的で生産されている酵素の大部分を占め,農産・食品加工,医薬,繊維工業などにおいて幅広く利用されています。また近年,環境・エネルギー問題への関心の高まりの中で,バイオマスが再生産可能なエネルギー資源として注目され,糖質加水分解酵素はバイオマス高度利用のための鍵となる酵素としても期待されています。

酵素の機能評価のためには反応速度論的研究が不可欠ですが,従来の研究ではこれらの酵素は,反応速度の測定・解析のしやすさなどの理由から,基質(反応物)と酵素がともに水に溶けている系で扱われることがほとんどでした。一方でこれらの酵素は,天然でも,また各種工業プロセスにおいても,溶けない基質の表面で作用することが多く,従来の測定結果だけにもとづく機能評価はかならずしも十分でないと考えられます。

電気化学測定法の利点の一つとして,試料溶液の濁度や着色の影響を受けないことが挙げられます。酵素反応の生成物が測定できるような電極を用いれば,デンプンやセルロースといった溶けない基質の懸濁液についても,直接かつ連続的に酵素反応を追跡することができます。これまでに私たちはこの方法にもとづき,各種多糖の酵素的加水分解反応の速度論的研究を行なってきました。今後はさらに対象を広げて研究を進める予定です。

高校生へのメッセージ

化学の道に進んだ理由
高校生のころは,だれでも多かれ少なかれ進路や人間関係などのことについて悩むものだと思いますが,私自身は高校時代に何をしていたかと問われれば「悩んだ」としか答えられないほど,よく悩み,よくくよくよしました。それにたいする解決策(悪あがき?)のひとつとして,いろいろなジャンルの本を読みました。それらのなかに,宮沢賢治の詩集と童話がありました。なかでも詩集「春と修羅」は,何について書いてあるのかわからない部分もたくさんありましたが,そこに描かれている世界が当時の私にはとても美しく感じられ,毎日通学カバンの中に入れていました。そしてしだいに,彼の書いたものだけでなく,彼の生き方にも興味をもつようになっていきました。

宮沢賢治は,盛岡高等農林学校(現岩手大学農学部)で農林化学(農芸化学)を学びました。彼の著作の中に出てくる化学の専門用語は,そこで得た知識と経験が基になっています。農林学校卒業後は,農学校教師や農業指導者として農業とかかわるかたわら,多くの詩と童話を著しました。当時の私は彼のその素朴で清らかな生き方につよく憧れ,「サウイフ者ニワタシハナリタイ」(雨ニモマケズ)と思うようになりました。そして,彼と同じように農学部農芸化学科へ進学しました。

進学後も,彼と同じように農芸化学科内の土壌学を志望していたのですが,学年が上がって専門科目の講義が始まったとき,ちょうど土壌学の先生が定年退官され,また後任の先生も決まらず,土壌学の講義が開講されないという不運な事態が生じました。その分野に憧れてきた私としては,やる気をそがれる格好になりました。しかしせっかく苦労して志望学科へ入ってきたのだから,ここでこれだけは学んだと胸を張って言えるものを一つぐらいは身につけないともったいない,という気になり,土壌学に代わる何かを探しました。専門科目の講義にひととおり出席してみて,いちばん興味がもてそうな講義をしてくれた先生の研究室へ進みました。「細胞物理化学」という名前の研究室でした。当初希望していた分野からは離れましたが,生化学,電気化学,分析化学を基礎として生体関連反応に幅広くアプローチするという研究内容に興味をもちました。比較的自由にいろんな事にチャレンジさせてもらえたので,極端にいえば「細菌を培養する待ち時間に微分方程式を解く」ような研究生活を楽しむことができました。結局,その研究室で卒業論文,修士論文,博士論文の研究をし,それが私の今の仕事につながりました。

大学進学に向けてのアドバイス
私が信州大学へ来る前に勤めていた大学の学長がよく言っていた言葉です――「生きるということは自由度を失うことだ。生まれたての赤ちゃんはたくさんの自由度をもっており,何者になるのかわからない。しかし成長し,進路を決定したり職業を選択したりするたびに人は自由度を失う。そして最後にはすべての自由度を失って,墓石へと凝り固まる。」――。生きるということのひとつの側面を的確にとらえた,生物学者らしいおもしろい表現だと思います。

みなさんがいま直面している大学進学もまた,自由度を失う大きな機会です。文系を選択するか,理系を選択するかによってさえ,大学生生活や就職してからの生活が大きく違ってきます。ですから十分情報を収集し,よく考えてから進路を選んでください。しかし一方で,大学に進学した後でも進路を選択する自由度は残されています。あまりころころと進路を変えるのは,ただ無駄に自由度を捨てるだけのことになってしまうので勧めませんが,多くの大学には編入,転学部,転学科の制度がありますので,進んだ先でどうしてもだめだったら,別のところへ進むことも可能です。いずれにしても,そのように進路を選ぶ過程で,みなさんが自分自身の適性を見きわめ,自分に合った道へ進むことを期待しています。

私の授業内容
分析化学演習Ⅱと生物化学を担当しています。前者では分析化学関係の学術論文を題材に,論文の読み方,書き方についてのトレーニングを行ないます。また後者では生物の体を構成する物質の構造と働きについて授業します。 ここは教員数に対する学生数が少なく,指導する側としては学生ひとりひとりに目が行き届きやすいので,その分できるだけ学生と対話する時間を多く取りたいと考えています。オストワルド著「化学の学校」(都築洋次郎訳,岩波文庫。とくに化学系志望のみなさんには一読をお勧めします。)のような授業が私の目標です。