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信州大学 理学部 ようこそ、探求の世界へ。理学クエスト
和田 堅太郎

和田 堅太郎

数学科

講座:代数学分野
略歴:
2004 年名古屋大学理学部(数理学科) 卒業
2007 年名古屋大学大学院多元数理科学研究科修士過程終了
2010 年名古屋大学大学院多元数理科学研究科博士後期課程修了
2010 年京都大学数理解析研究所GCOE 特定研究員
2011 年信州大学理学部助教
2016 年信州大学学術研究院准教授
キーワード:表現論
ホームページ:http://math.shinshu-u.ac.jp/~wada/
SOARリンク:SOARを見る

表現論の拡がり

現在の研究テーマ:表現論

正方形を思い浮かべて,正方形って何だろうと考えてみてください。 ここでは,正方形の持っている「対称性」について考えてみましょう。 正方形をいろいろ動かして,元の正方形と重なるような動かし方を考えてみましょう。 正方形の4つの頂点に左回りに順に ABCD と名前を付けて, 対角線 AC (対角線 BD) を軸としてひっくり返すことを \(\sigma_1\) (\(\sigma_2\)) としましょう。 また,辺 AB (辺 AD) の中点と辺 CD (辺 BC) の中点とを結んだ直線を軸としてひっくり返すことを \(\sigma_3\) (\(\sigma_4\))としましょう。 \(\sigma_1\) は頂点を \(A \mapsto A\), \(B \mapsto D\), \(C \mapsto C\), \(D \mapsto B\) と入れ替えるだけで,元の正方形ときれいに重なります。 \(\sigma_2\), \(\sigma_3\), \(\sigma_4\) も同様に頂点を入れ替えているだけです。 これらの変換によって正方形が保たれるというのは,正方形が考えている軸に関して対称的であることから従うことは,すぐに分かると思います。 もう少し他の変換についても考えてみましょう。 正方形の重心(2つの対角線の交点)を中心として反時計回りに,\(90^{\circ}\), \(180^{\circ}\), \(270^{\circ}\) 回転させることを, それぞれ \(\tau_1\), \(\tau_2\), \(\tau_3\)としましょう。 これらの変換を施しても,やはり元の正方形と重なります。 これらも,やはり正方形の対称性から従います。 ところで、変換 \(\tau_1\) によって頂点は \(A \mapsto B\), \(B \mapsto C\), \(C \mapsto D\), \(D \mapsto A\) と入れ替わります。 一方で, \(\sigma_1\) を施した後に \(\sigma_3\) を施すことを考えると (それを \(\sigma_3\sigma_1\) と表しましょう) ,頂点はそれぞれ \(A \mapsto B\), \(B \mapsto C\), \(C \mapsto D\), \(D \mapsto A\) と入れ替わることが分かります。 つまり,変換としては \(\tau_1=\sigma_3\sigma_1\) であることが分かります。 他にも,上記の変換 \(\sigma_1,\sigma_2,\sigma_3,\sigma_4,\tau_1,\tau_2,\tau_3\) を何回か施した変換は,これらの変換,もしくは何も動かさないという変換と一致することが分かります。

そこで,上で考えた変換に何も動かさないという変換 \(e\) を加えた集合 \(G=\{e,\sigma_1,\sigma_2,\sigma_3,\sigma_4,\tau_1,\tau_2,\tau_3\}\) を考え, \(a,b\in G\) に対して積 \(ab\) を, \(b\) という変換を施した後に \(a\) という変換を施すということによって定めましょう。 上で見たように \(\sigma_3\sigma_1=\tau_1\) となります。 他の変換同士の積も全て \(G\) の元であることが分かり,この積によって \(G\) は群となります (群については次頁を参照)。

さて,群 \(G\) というのは,(抽象的には) それ自体は集合の上に演算が定められているもの以上の意味を持ちません。 しかし,上で見てきたように,群 \(G\) に対し, 正方形の変換ということを対応付けてみれば(このような対応のことを"群の表現"という),その性質を正方形の対称性という立場から理解することが出来ます。

一般に,数学や物理などを研究していると多くの"対称性" が代数系によって記述されます。 しかし,その多くは,すぐにその性質を理解することが難しいのです。 それらを,何らかの形で"表現する"ことによって,その性質を調べていくというのが表現論の考え方です。 良い対称性を持っている代数系に対しては,良い表現論が展開できるし,良い表現論が展開できる代数系に対しては,その背後に良い対称性が隠れていることが多いのです。

研究領域:代数系

「代数」を言葉通りに読み取れば"数の代わり"ということになります。 そこで,「数とは何か」と問いたいのですが,それは難しくなってしまうので,よく使われる数(自然数,整数,有理数) は既知であるとして話を進めましょう。 自然数全体の集合 \(\mathbb{N}\) 上には通常の足し算(加法) を考えることが出来ます。 さらに,負の数も加えて整数全体の集合 \(\mathbb{Z}\) を考えれば, 引き算を考えることも出来ます(\(\mathbb{N}\) で引き算を考えると \(a\le b-1\) のとき \(a−b\) を \(\mathbb{N}\) の中で定めることが出来ません)。 \(a\) から \(b\) を引くということを, \(a\) に \(−b\) を足すということだと思えば, \(\mathbb{Z}\) 上の通常の加法は, 以下の性質を満たします。

(1):\((a+b)+c=a+(b+c)\) (結合則)
(2):\(a \in \mathbb{Z}\) に対し, \(a+0=0+a=a\)をみたす元\(0 \in \mathbb{Z}\)が存在する。 (単位元の存在)
(3):任意の\(a \in \mathbb{Z}\) に対し, \(a+(−a) = (−a)+a = 0\)をみたす元\(-a \in \mathbb{Z}\)が存在する。 (逆元の存在)
(4):\(a + b = b + a\) (可換性)

さて,ここでは,通常の表記に従い「加法」という言葉 (記号) を用いましたが,それは単なる言葉 (記号) であって,別に乗法だと思ってもいいのです。 例えば \(x\) を変数だと思って \(\widehat{\mathbb{Z}} =\{x^a \,|\, a \in \mathbb{Z}\}\) という集合を考えてみましょう。 この集合上に演算 (乗法) を \(x^a \cdot x^b = x^{a+b}\) と定めましょう。 すると,以下のことが成り立ちます。

(1)' \((x^a \cdot x^b) \cdot x^c = x^a \cdot (x^b \cdot x^c)\)
(2)' 任意の \(x^a \in \widehat{\mathbb{Z}}\) に対し, \(x^a \cdot 1 = 1 \cdot x_a = x_a\) をみたす元 \(1 \in \widehat{\mathbb{Z}}\) が存在する (\(1 = x^0\))。
(3)' 任意の \(x^a \in \widehat{\mathbb{Z}}\) に対し, \(x^a \cdot (x^a)^{-1} = (x^a)^{-1} \cdot x^a =1\) をみたす元 \((x^a)^{-1} \in \widehat{\mathbb{Z}}\) が存在する (\((x^a)^{-1}=x^{-a}\))。
(4)' \(x^a \cdot x^b = x^b \cdot x^a\)

つまり, \(\mathbb{Z}\) と \(\widehat{\mathbb{Z}}\) とは,その上の演算も込めて同じもの (このことを群として同型であると言います) だと思ってよいことが分かります。

一般に集合 \(G\) の上に演算が1つ定められていて, 上の (1)~(3) ((1)' ~(3)')を満たすとき, \(G\) のことを (演算も込めて) であると言います。 さらに,群 \(G\) が(4) ((4)')も満たすとき,可換群と言います。 上で考えた \(Z\) は可換群ですが,前頁で考えた集合 \(G\) とその上の演算は,群にはなりますが,可換群ではありません ((4)' を満たさない)。

さて,整数全体の集合 \(\mathbb{Z}\) に対しては,通常,加法の他に乗法も合わせて考えることが出来ます。 それらは,上に挙げた加法に関する性質 (1)~(4) に加えて,以下の性質を満たします。

(5): \((a \cdot b) \cdot c = a \cdot (b \cdot c)\) (結合則)
(6):任意の \(a \in \mathbb{Z}\) に対し, \(a \cdot 1 = 1 \cdot a\) をみたす元 \(1 \in \mathbb{Z}\) が存在する。(単位元の存在)
(7): \(a \cdot (b+c) = a \cdot b+a \cdot c, (b+c) \cdot a = b \cdot a+c · a\) (分配則)
(8): \(a\cdot b = b\cdot a\) (可換性)

一般に集合 \(R\) の上に2つの演算が定められていて,上の (1)~(7) をみたすとき,\(R\) をであるといいます。 さらに,環 \(R\) が (8) も満たすとき,\(R\) は可換環であると言います。

最後に「割り算」について考えてみましょう。 一般には, \(\mathbb{Z}\) の中では割り算を考えることができません。 そこで,考える対象を有理数全体の集合 \(\mathbb{Q}\) まで広げることによって,割り算をすることが出来るようになります。 ここで,\(a\) を \(b \not= 0\) で割るということは,\(a\) に \(b^{-1}\) を掛けるということに他ならないので,基本的には乗法だと思えます。 \(\mathbb{Q}\) の中で割り算が出来るということは,\(\mathbb{Q}\) が (1)~(8) を満たすことに加えて,以下の性質によって特徴づけられます。

(9): \(a \not= 0\) に対し,\(a \cdot a^{-1} = a^{-1} \cdot a =1\) となる \(a^{-1} \in \mathbb{Q}\) が存在する。

一般に,集合 \(K\) の上に2つの演算が定められていて,上の (1)~(9) をみたすとき,\(K\) はであるといいます。

群,環,体のように,集合の上に演算が定められていて,それらが"良い性質"を満たすようなものを代数系と言います。 これらは,抽象的な概念なので,最初は理解し難いかもしれません。 しかし,それらは,よく分かっている"良い性質"を抽象化することによって考えられたものであり,一旦,その抽象的な概念の意味を理解することが出来れば,その抽象的な概念を用いることによって,まだ見たこともない深く広い世界に足を踏み入れることが出来るのです。