受験生向け研究紹介

伊藤 靖夫

理学科 生物学コース 遺伝教育分野

DNA 分子が細胞に取り込まれるしくみを解明する

遺伝的形質転換の分子機構
高校で大腸菌の形質転換を経験する方も多いと思います。細胞とDNAを試験管に入れ、氷上においた後42℃に短時間置き、選択条件の栄養培地上に塗布すると、翌日、コロニーが現れる実験です。これに紫外線をあてると緑色の蛍光を発するところまでやるかも知れません。2時間もあれば誰にでもできる簡単な作業です。
今から45年前、1975年に形質転換と制限酵素を利用した遺伝子組み換えおよびクローニング技術の可能性と危険性を理解した研究者達の呼びかけによって、カリフォルニア州でアシロマ会議が開催されました。
私の研究テーマは、形質転換時に、試験管の中でDNAと細胞との間で何が起こっているのか?です。研究材料として、麹菌の仲間のAspergillus nidulansという真核菌類を使っています。
1975年にアシロマ会議が開催された会場
1:細胞膜でのできごと
遺伝子として機能するDNAは結構大きくて、細胞膜を自由に通過することはできません。上記の実験で42℃の時に細胞膜がゆるむ等、説明されたかも知れませんが、実験結果に基づいた、具体的な分子機構は不明です。動物細胞や真核菌類では、エンドサイトーシスによって取り込まれます。
2:細胞内でのできごと
真核細胞の場合、細胞内に導入したDNAは染色体DNAに組込まれると安定します。形質転換は人為的な操作なので、染色体への組込みには、細胞に備わっている装置を借用することになります。具体的には、DNAの損傷修復および組換えに関与するタンパク質複合体です。また、これまでの研究でアミノ酸の代謝系が関与することが示され、より大きな枠組みでの全体像に関心が拡がりました。
3:これまでとこれから
この研究はもともと、牧草と共生するカビ(エンドファイト)が作る毒素の遺伝子を研究していた頃に端を発します。学生時代、毎日、形質転換をする度に、本来の研究よりはむしろ、「こんな簡単にDNAが細胞に入っていいのか?」「こんなことが起こるのなら、進化的な時間では何でもありではないか?」と思えてなりませんでした。この研究によって、遺伝子のダイナミックな動きを取り込んだ生物像を描くとともに、染色体工学等にも貢献できると考えました。
後者の染色体工学に関しては、ゲノム編集として技術的に確立され,2020年にDoudna、Sharpentier両博士がノーベル生理学・医学賞を受賞されました。しかし、様々な代謝系や制御系の関与は、前者の動的なDNAと現在の細胞という点から、まだまだ、解明する価値のある点が多く残されていることを示しています。

高校生へのメッセージ

何のための生物学か?

目を瞑って、「問い」をできるだけたくさん思い浮かべてみて下さい。例えば、「空は何故青いのか?」とか、「自分って、いったい、何?」、あるいは「どうやって金儲けよう?」等、何でもよいです。そして、それらを自分の関心にしたがって並べてみて下さい。

そのリストをじっと眺めてみると、自分の進路が見えてこないでしょうか?

見えた結果として、理学部の生物系学科に進学しようと思う方は心配しなくて大丈夫です。

理学部で行う研究・実験は、多くの点で調理に似ています。あるいは芸術や文学にも似ています。というより、これらは同じ営為だと考えている教員が多いと思います。最終的な結果として、美味しい料理が出来るのか、感動的な絵画や旋律・楽曲、あるいは詩や小説が生み出されるのか、と言うことに対して、生物の未知の姿を描き出す、という違いです。

理学部で、「生物って何?」「自分って何?」、その他、より具体的な問いに対して向き合う時間を過ごせば、その結果として、自分自身の生物像の端緒をつかむでしょう。そして、そのような生物像は、コロナ禍によって変貌するこれからの社会では特に、大切な拠りどころになります。また、誠実に問いに向き合う過程を積み重ねる経験と訓練は、社会の中で皆さんを守る鎧になります。
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