宇宙の始まりを加速器で解き明かす

国際宇宙科学研究センターとは

国際
科学を推し進める理学部として、海外で研究を積極的に展開する組織として位置付けています。初めはスイス・ジュネーブ州のCERN研究所でのアトラス実験を推し進めます。今後は、他の分野からも多くの参加を得て世界各地での多角的な展開を進めていきます。
宇宙
全ての自然科学の中で最も大きな対象が宇宙であり、すべての科学を内含するとみなすことができます。その意味で『宇宙』には、サイエンス全分野の研究を含んでいるという意味を込めています。
科学研究
サイエンスを推し進めることが当センターの役目であり、これまでの理学部での科学研究をより強力に推進します。特に多くの分野との学際的な連携を推し進めて行きます。

本センターは当初は、「国際=CERN研究所での研究」、「宇宙科学=LHC加速器でのアトラス実験」から始めることにしました。LHC加速器におけるアトラス実験のメンバーで発足し、現在の構成員は3名(長谷川、川出、竹下)です。
LHC加速器は、素粒子の研究を行うための世界最大最高エネルギーの加速器であり、陽子同士の衝突によりビッグバン直後の宇宙極初期の超高温度に相当するエネルギーを作り出すことができます。その意味で当センターでは、「LHC加速=宇宙研究」と解釈しています。今後とも研究の進展についてこのサイトで報告していきます。

研究活動

■ヒッグス粒子は質量の起源である。

宇宙のビッグバンによる開闢から0.01ピコ秒頃素粒子は質量を獲得したと考えられています。素粒子が光速で飛び回っていた真空の状態が変化(相転移)して、ヒッグス粒子が真空を埋めて、素粒子はヒッグス粒子とぶつかり光速では飛べなくなりました。すなわち素粒子が質量を獲得したのです。素粒子の質量はヒッグス粒子との結合の強さに比例します。右図はアトラス実験がそれを確かめた結果です。横軸に今まで測定されている素粒子の質量を取り、縦軸にアトラス実験の測定結果である、各素粒子とヒッグス粒子の結合の強さを取ってプロットしています。縦横軸は対数ですが、青いまっすぐな点線は、素粒子標準理論の予言の線でアトラス実験の測定結果と良い一致を示しています。左端のミュー粒子はこの中では一番質量が小さく、従ってヒッグス粒子との結合が小さいため、観測された回数が少なく誤差棒が長くなっています。

ヒッグス粒子
■トップクォークの測定で解き明かす標準模型

標準模型で最も重いトップクォークは電弱対称性の破れにおいて重要な役割を果たしていると考えられています。我々はトップクォークの精密測定により、標準模型の精密検証を目的に研究を行っています。また機械学習やAIといった最新の技術を応用し、標準模型とのわずかな差を見つけることで新物理の探索研究にも力を注いでいます。
図はこれまでにLHC-アトラス実験により測定されたトップクォークを含む事象の生成断面積の測定結果と理論計算による予測との比較を示しています。色のついた測定結果が、グレーで示された理論予測とよく一致していることから標準理論が幅広い桁にもわたって予言能力を持っていることがわかります。一方で誤差の大きさがまだまだ大きく、測定の精密化が課題であることがわかります。

トップクォークの測定
■重要な衝突事象を捕えるミューオントリガー

非常に高い生成頻度の衝突事象の中から、ごく稀に生成される興味のある事象を高速で選別する仕組みがトリガーで、陽子衝突型加速器実験では欠かすことのできない重要なテクノロジーです。
中でもミューオンの存在を要求するものがミューオントリガーであり、ヒッグス粒子の発見や新物理の探索においてきわめて重要です。
写真は信州大学高エネルギー物理学研究室が開発と建設に貢献したミューオントリガー検出器TGCの実物の写真です。このTGC検出器の運用や、トリガーアルゴリズムの日々の改良などが我々の実験グループとしての課題となっています。

ミューオントリガー

スタッフ紹介

長谷川 庸司

長谷川 庸司

国際協同プロジェクトであるLHC加速器は世界最高の重心系エネルギーで陽子と陽子を衝突させます。陽子同士の衝突により生成した非常に高いエネルギー状態は宇宙初期を再現するため、その衝突事象を詳しく調べることで、素粒子物理学の研究だけでなく、宇宙の成り立ちを解明することにつながります。
LHC加速器を用いた国際協同実験の一つがアトラス実験です。アトラス実験にプロジェクトの初期から、特に、ミュー粒子を捕らえるトリガーシステムの開発・建設・運用に国際協力の下で参加してきました。ミュー粒子は素粒子の世界の解明に重要な衝突事象により発生します。ミュー粒子が生成した衝突事象は、素粒子物理学の標準理論で予想されていたヒッグス粒子の発見に重要な役割を果たしました。また、精密測定による標準理論と実験結果のずれの検証や、標準理論には現れない新粒子の探索など、超対称性理論のような標準理論を超える新物理の探索にも重要です。現在、LHC加速器およびアトラス測定器の増強プロジェクトが進行中です。シミュレーションやこれまで収集されたデータを用いて、より高い効率で精度よくミュー粒子を捕らえるトリガーロジックの改良を通して、これまで捕らえることができなかった事象を捕え、新しい物理の発見に寄与することが目標です。

川出 健太郎

川出 健太郎

自身の興味は、加速器を用いた高エネルギー素粒子物理学実験により素粒子の性質を理解し、素粒子を支配する根本的な物理法則を解明することです。そこで現在世界最大の加速器『LHC』を用いた国際共同実験LHC-アトラス実験に参加しており、研究を進めています。これまでは現地ジュネーブで日本グループが開発したミュー粒子検出器の運転を支える仕事や標準模型の中でも格段に重たいトップクォークという素粒子の生成や性質を精密に測定する研究を行ってきました。今後LHC-アトラス実験では、更なる検出器のアップグレードを経て、より多くのデータをためて新物理発見や素粒子標準理論の精密な検証に迫っていきます。私は『トップクォークの精密測定を介した新物理探索』、『機械学習・AI技術を用いた新物理探索』、『アップグレード計画への参加』を軸に研究を行い、新しい物理の発見に貢献することが目的です。

竹下 徹

竹下 徹

私自身(竹下)は、全世界の素粒子物理学者が一丸となって、宇宙の始まりの謎に挑む姿に感銘を受けています。ある人は、より高いエネルギーのより宇宙の始まりに近づくことに挑み、またある者は、物質と反物質の非対称性(このお陰で、私たちがいます)の謎に挑んでいます。私たちは、加速器を使って高いエネルギー状態を創り、宇宙初期の姿を見極める方向に進んでいます。この為に必要な実験としてアトラス実験に当初から参画し寄与しています。アトラス実験には、陽子と陽子(陽子は水素の原子核であり複合粒子です)の衝突実験を行うと陽子が壊れて様々な衝突の本質をわからなくする多数の粒子が同時生成されるという弱点があります。この実験に参加する前に、私は10年間ほど電子陽電子衝突型加速器での素粒子物理学実験に従事してきました。電子と陽電子は、「素粒子」であり、陽子衝突の様な実験の邪魔ものは出てきません。従って、精密測定を得意としています。素粒子物理学の歴史は、陽子陽子衝突で新粒子を発見して、電子陽電子衝突でその本質を捕まえるというループを回ってきました。アトラス実験で見つけたヒッグス粒子の精密測定に必要な電子陽電子衝突型実験を行い、宇宙の謎に挑むべく、次世代加速器 (ILC:
International Linear Collider)とその実験のための準備研究を初めています。こちらも面白い世界を見せてくれると期待が膨らんでいます。