私は信州大学を卒業後、関連病院の勤務や海外留学を経て、2007年に信州大学へ戻ってきました。
現在は指導医として、医師を志す若い学生に臨床実習を教えています。信州大学の臨床実習プログラムでは診療参加型の実習を積極的に取り入れていますが、臨床実習において学生に一番学んで欲しいことは、患者さんとの接し方や、態度など医師としての基本的な"心構え"です。
臨床実習が始まるまでは、学生は座学で講義を聞いていればよかったのですが、実習では実際の患者を診察します。学生には医師を志した原点に立ち返り、気持ちを一旦リセットするくらいの気持ちで望んで欲しいと思っています。
ただ、いざ臨床実習に入ると、今までとは異なる環境に戸惑う学生が多いです。患者との接し方がわからない、どうやって話をしたらいいかわからないなど、基本的なコミュニケーションができない場合があります。経験が無く、慣れていないということもありますが、まずは患者さんとコミュニケーションを図れるようになってもらいたいですね。
特に今の学生は、インターネットが発達しているので、顔を突き合わせた対面でのコミュニケーションが減っています。それが、コミュニケーション能力の低下を招いている原因のひとつではないかと感じています。
患者さんと医師が良好な関係をつくれるように、しっかりとコミュニケーションを図ることができる。学生には、まずはそこを学んで欲しいです。在り来たりのことですが、清潔感のある服装や、身だしなみに気をつかう。耳の遠い方もいらっしゃるので、話し方もはっきりと、わかりやすく、丁寧に。相手の目を見て話すことも忘れてはいけません。そして、聞き上手になることです。実は、患者とのコミュニケーションではこれが一番大事なことなのです。患者さんが自ら何でも話してくれるような雰囲気をつくり、いろいろな情報を聞き出すことは、医師の基本ともいえますが、現在の医学教育が目指しているところも、患者さんとの良好な関係づくりなのです。
"聞く"ことが大事と申しましたが、今までの医師は「はい・いいえ」で答えられるような「クローズドクエスチョン」による質問が多くありました。しかし、これでは患者さんの答えを限定していまいます。例えば、医者に行って「熱はありませんでしたか?」と聞かれると、実際に熱は無くても、「ありました」と答えてしまうことがあります。
医師からの一方的な質問をするのでは無く、患者さんから自然に出てくる言葉に耳を傾けることが重要です。その為には、自由に話すことができるような「オープンクエスチョン」の質問や、患者さんが話しやすい雰囲気をつくることが大切なのです。かつては、こうした行為を「問診」といっていましたが、今は「医療面接」と言います。。
もちろん、病気の絞りこみのためにはクローズドな質問もしますが、多用してしまうと、医師の経験から推測した病気へ導くようなストーリーをつくり、それに沿った都合の良い質問をしてしまいます。そうすると、誤診につながる可能性にもなります。座学の知識がある優秀な学生や、比較的経験がある医師ほど頭の中で診断して、ストーリーを作ってしまいます。。
問診の中で患者の心を開かせて、適切な情報を引き出すには、コミュニケーション能力と医療面接の高いスキルが求められるのです。。
医学知識もとても大事ですが、それはある程度のレベルに達していれば良いと思うのです。。
やはり、医師に不可欠な資質は周りの人と積極的に話ができるコミュニケーション能力です。学生を見ていると一匹狼ではないですが、ネットやメールばかりで人と話さず、自分の殻に閉じこもってしまう学生がいます。これまでは「黙って俺についてこい」という様な、パターナリズムな医師が典型的でしたが、今はチーム医療の時代なので、患者さんやそのご家族だけでなく、看護師や薬剤師、技師、医療事務など様々なスタッフとも連携して治療していかなければなりません。こういった基本的な姿勢を教えるのは難しいですが、若い学生は先輩や上司の姿を見て育ちます。私達自身が良いお手本にならなければなりませんね。
「医療面接」の他に、私がもうひとつ十分な時間をとって教えているのは「身体診察」です。
身体診察も医療面接と同様に最初は難しいと感じますが、経験を積んで慣れてくると、診察だけでも多くのことがわかるようになってきます。言い過ぎかもしれませんが、問診と診察だけで八割方のことはわかります。その後の余計な検査もいらなくなるので、とても重要です。
診察には4つの段階があります。まずは視診。じっくり見て、観察します。2つ目は触診、3つ目は打診。そして最後が聴診です。この4つの手順を覚えることができれば、異常がある時に、適切な診断をすることができます。診察については座学でも教えますが、実践しなければ理解につながりません。学生に診察を教えるときは、実際に診察をさせて、良かったところや間違っているところを指摘します。それでも上手くいかない場合には、私がお手本を見せています。そうして、学生の段階で基本をしっかり身につけてもらいます。すべては基本からです。基本ができなければ、応用することもできません。
診察の際には、患者さんの頭のてっぺんから、足の先まで十分に診察しなさいと教えています。
現代は検査全盛の時代ですから、若い先生の中には片っ端から検査をオーダーする人がいます。しかし、医療行為とは本来そうではありません。検査をすれば、何か見つかるかもしれませんが、順番が違います。まずは問診をして、次に診察。そして、疑わしい原因を見極めて検査に出す。それが本来の医療のかたちです。
検査をした方がリスクが少なく、病気を見落とすことがないという安心感はありますが、関係もないようなあらゆる検査をされる患者さんにとっては負担です。経験を積んだ医師は、病気の原因を疑い、そのための検査理由を説明することができますが、若い先生に「なぜ検査をするのか」と問いかけても答えが返ってこないことがあります。考える前に"とりあえず"検査をしているのです。検査と同じように、何種類も薬を出す先生がいますが、それもありえません。1、2種類の薬で十分な場合がほとんどです。
授業の話になりますが、今は学生にも発言させるディスカッション形式の授業が出てきています。医学教育の座学もそうしたいのですが、教える内容が膨大で時間が足りません。それでも学生にはなるべく質問を投げかけるようにしています。実際の症例を基に教えると学生の興味もわきますし、理解度も高まります。ただ、それでも不足してしまうので、実践と座学の中間的な位置づけにあるミニレクチャーでディスカッションを取り入れています。
また、座学では「病気の知識」だけを教えがちですが、私は病態生理学を教えるように心がけています。
病態生理学を学べば、病気があるのだけれど、何故その病気になるのか、何が原因なのか、人の身体にはどのような影響を及ぼすのか、など病気の原因と結果がわかります。
例えば、胸の周りが「ズキズキ」痛ければ神経痛の可能性があります。「ぐーっ」と締め付けられる様な痛みであれば、狭心症の可能性が考えられます。「痛い」と一言で言っても、痛みにはいろいろあります。そこをしっかりと患者さんから聞き出さなければ、的確な治療を施すことはできません。だからこそ、問診が大切なのです。
信州大学の医学教育プログラムでは実習を増やしていますが、学生の時から医療行為に関わっていくことは必要です。ただし、同じように座学で身につける知識も大切です。限られた時間の中で折り合いをつけなければならない難しい問題ですが、学生には座学で知識を蓄え、臨床にも参加して欲しいと思います。早くから臨床に出すことには賛成ですし、その中でいろいろな職種の人と触れ合い、連携してコミュニケーションを取るのは、とても良い経験になります。
昔に比べて患者さんの権利意識が高まっているので、もしかしたら今後臨床実習は難しくなることも考えられます。現在のところ、ほとんどの患者さんは協力的に受け入れてくださいますが、中にはやめて欲しいという方もいらっしゃいます。
ですが、臨床実習以前に主治医と患者さんの間に信頼関係を築いていれば必ず協力してくださいますし、ありがたいことに、医学のためにどうぞと言ってくださる方もいらっしゃいます。
こうした見学型から臨床実習のような参加型へ変化していく流れは間違いないと思います。信州大学は早い段階から参加型の実習を取り入れてきました。まだ、診療科によっては見学型に重点を置くところもあるようですが、それもいずれ変わっていくと思いますし、変わらざるを得ないのではないかと思います。学生と一緒に診療をし、一緒にディスカッションをすることで、学生は自分の意見を考えて話す事ができるようになります。そうすると学生の能力も伸びていくのです。
学生のことを話してきましたが、臨床実習を受け入れる側にもスキルが必要です。これまでにも、指導医のためのFDやワークショップを開催し、県内の連携する病院の指導医は参加されています。それでも、実際に学生を受け入れてみなければ、先生方も要領がわからないと思うので、最初は試行錯誤です。大学や他の病院と情報共有しながら、より良い方向へと進んでいってもらえたらと思います。今の学生はシビアですよ。指導医をよく見ているので、我々もプレッシャーを感じています。