Interview 01
マンツーマンの実習こそが医学教育の原点
信州大学医学部医学科 組織発生学教授
佐々木 克典教授

二次元から三次元へ。臨床に応用できる学問とは

私は「肉眼解剖学」と「顕微解剖学」の講義を担当しています。肉眼解剖学は、胸部、腹部、骨盤といった体幹の構造を学ぶ学問ですが、人体の三次元構造を理解することが最大のポイントになります。基礎で解剖学を学んでいたとしても、ただ血管や神経の名称を覚えたり、臓器の位置がわかっているだけでは、臨床には応用できません。血管や神経を含めた臓器どうしの相互関係を理解する、つまり、それらの相対的な位置関係を三次元の中で理解できなければ、臨床にスムーズにつながらないのです。三次元で理解できるようになると、臨床においても解剖学の意義や面白さがわかり、意識しなくとも解剖の知識を応用できるようになると思っています。

そのために、臓器を横断(スライス)する方法を採用しました。通常の解剖では表層と深部の関係が失われ、二次元的な理解にならざるをえないのですが、横断面を見れば、身体の表層と奥の位置関係が明確にわかるからです。実習で、学生たちが臓器をスライスした横断面を手にすると、それまで解剖をやってきてある程度自信を持っているはずの彼らでも、必ず途方にくれてパニックを起こします。人間の頭というものは、二次元で理解していても、三次元構造には応用しにくいものだからです。それまで学んだ解剖の知識では対応できなくなり、打ちのめされるわけです。ところが、しばらくたつと嬉々として取り組むようになります。思うに、二次元と三次元をつなぐ神経回路が突如としてできたのでしょう。これが「理解した」ということです。この経験は、CT、MRI、超音波等の画像診断が普遍化している現在の臨床現場で、直接役に立っているのではないでしょうか。

私が教えているもうひとつの授業は顕微解剖学いわゆる組織学ですが、ここでは、肉眼解剖の知見を組織学にどうやってつなげるか、そしてさらに病理に移行させるのか、この2点がポイントとなります。学生たちは、肉眼解剖は肉眼解剖学、組織学は組織学というように別個のものとして理解しており、お互いが切り離されているのではないかと思います。それらを例えば、MRIやCTなどの画像を使うことで、肉眼解剖学を組織学の一歩手前まで近づけて、マクロからミクロへの連続性を理解させることが可能なのではと考えています。

組織学から病理学への移行については、学生たちは「正常構造がわからないから病理がわからない」とよく言います。でも、正常構造はすでに教えているので、学生たちの脳の中では、お互いが別のものとして理解されているのでしょう。ここでも、連続性が断ち切られているために応用ができなのです。これをつなげるために、正常構造と典型的な病理像を対比させて、改めて正常構造を認識させるというやり方をとっています。

医学教育の根幹は実習である

授業のやり方も変わりました。最近は学生を次々と指名して、かなり強制的に答えさせながら授業を進めるようにしています。これは、対話というやり方がいちばん身につく方法だと考えているからです。医学教育の原点は、学生と先生がマンツーマンで行う実習なのではないでしょうか。実習なら、私自身の考えや知識、生きざまを学生に全部伝えることができます。臨床でも、患者さんを前にして先生が学生を教えていく「ベッドサイド・ティーチング」が大切ですが、それと一緒で、例えば顕微鏡のプレパラートを前にして、マンツーマンで教えていくことがいちばん大事なのです。実習では、なぜわからないのか、どこがわからないのかという質問をくり返し、わかるところとわからないところを明確にさせたうえで、私の考えを伝えています。漠然としたものを明確にしていくことが、知識を伝えていくための基本だと考えているからです。それを一対一でやることに意義があるのではないでしょうか。オストワルドの『化学の学校』が理想の形なんですよ。人と人との直接の関係を維持することが教育の根幹です。「実習の充実」。ここにすべてが集約されています。

どのような教育を目指しているのかと問われれば、その解答を握っているのは常に学生なのだと答えます。教育とは、学生たちと向き合いながら、彼らが何を求めているのか、自分の試みに学生はどう反応するのかといったことを細かくキャッチして、それに対する自らの答えを絶えずフィードバックしていくなかで行われるものです。その関係性のなかで、自然に教育は成立してくるのではないでしょうか。

学生に望む3つのこと

私が学生に望むことは3つです。一つめは、精神的に独立した人間であってほしいということ。なにものにも捕らわれず自分の頭で考えて実践できる人間ということです。これにはもちろん、責任をとるのも自分という条件がつきます。二つめは、精神の自由です。人からやれと言われたからやるのでは、歯車の中に組み込まれているようなものです。自由な思考の中で、ものごとにチャレンジしてもらいたいのです。そして三つめは、一人になってもやるというタフさです。本当にやりたいこと、やらなければならないことであれば、たとえ四面楚歌になったとしてもやり切らなければなりません。それには、タフであることが必要です。この3つを貫ける人であれば、あとは何とかなるものです。技術的なものの必要性はほんのわずかです。

私にとって興味深いのは、学生は何かのはずみですごい勢いで進化することがあるということです。これは、教育に携わっている人間なら誰でも面白いと感じるところだと思います。それまではうだつが上がらない状態であっても、何かのきっかけで豹変するんです。学生は、それぞれがすごい能力を持っています。彼らが伸びるかどうか、彼らの持っている能力がうまく引き出されるかどうか、その責任の一端は私たちにあるのだということを常に意識し、学生たちと向き合っています。

佐々木克典(ささき かつのり)
信州大学医学部医学科 組織発生学教授
1953年山形県生まれ。1979年弘前大学医学部卒業。1984年順天堂大学医学部大学院医学研究科小児外科学修了。同年横浜市立大学医学部解剖学助手。1986年横浜市立大学医学部講師。1991年ハノーバー医科大学留学。1993年山形大学医学部助教授。1994年再度ハノーバー医科大学留学を経て、1998年信州大学医学部教授。人体の構造を肉眼から細胞生物学的分野まで広範囲に分析しながら、それらをよりどころにし、ES細胞より人体のパーツを創生することを目指している。