肺高血圧症の新規発症・進展メカニズムの解明―新規治療法の開発につながる可能性―
【概要】
昨今の治療法の進歩にも関わらずいまだ予後不良の希少難病である肺動脈性肺高血圧症(PAH: 注1)は、その病態解明に基づく新規治療薬の開発が切望されています。今回、京都大学大学院医学研究科循環器内科学 尾野亘教授、中川靖章助教(研究当時 現:医学研究所北野病院 健康管理センター 部長)、柳澤洋博士課程学生(研究当時 現:京都大学循環器内科学研究生)らと信州大学医学部循環器内科学 桑原宏一郎教授らの研究グループは、岡山大学、京都医療センターとの共同研究により、血管内皮から分泌される局所ホルモンであるC型ナトリウム利尿ペプチド(CNP:注2)が同じく血管内皮に発現する受容体であるguanylyl cyclase-B (GC-B)に働くことで、肺高血圧の進展を抑制していること、肺高血圧症ではCNPとGC-Bの発現が低下していることを肺高血圧症の動物および細胞モデルや、肺動脈性肺高血圧症患者由来の遺伝子発現データベースの解析を用いて明らかにしました。またCNPを肺高血圧症のモデル動物に投与すると肺高血圧が改善することも確認しました。本研究は肺動脈性肺高血圧症の発症や進展の新しい機序を明らかにすると同時に、その新規治療薬開発に役立つことが期待されます。
本研究成果は、2026年3月17日19:00(日本時間)に国際学術誌「Nature Communications」にオンライン掲載されます。
<イメージ図>

【背景】
PAHは、心臓から肺に血液を送る肺動脈の血圧が異常に高くなる病気で、厚生労働省による指定難病に登録されており、治療が難しい希少疾患の一つです。昨今の治療法の進歩により以前よりその予後は改善してはいますが、いまだに予後不良の病気であり、その病態解明に基づく新規治療薬の開発が望まれています。
【研究手法・成果】
C型ナトリウム利尿ペプチド(CNP)は、主に血管内皮細胞や軟骨細胞で産生される局所ホルモンです。血管内皮細胞から分泌されるCNPが体血圧の制御に重要であることを以前報告しました。今回、肺動脈の血圧制御における血管内皮由来CNPの意義に注目しました。肺動脈性肺高血圧症のモデル動物において、健常のマウスに比して、肺のCNPおよびその受容体であるguanylyl cyclase-B (GC-B)の発現が低下していることを見出しました。血管内皮細胞特異的にCNPをノックアウトしてマウスを作成し、肺動脈性肺高血圧症モデルを作成したところ、野生型マウスに比べ肺高血圧症が悪化しました。CNP受容体であるGC-Bを血管内皮特異的にノックアウトしたマウスと血管平滑筋特異的にノックアウトしたマウスをそれぞれ作成し、同様の実験を行ったところ、血管平滑筋特異的GC-Bノックアウトマウスでは野生型マウスと同等の肺高血圧症状であったのに対して、血管内皮特異的GC-Bノックアウトマウスでは野生型に比して、より肺高血圧症が悪化しました。次にマウスにCNPをあらかじめ投与しながら肺高血圧を惹起したところ、肺高血圧症の進展が軽減されました。このCNPによる肺高血圧症進展予防効果は血管平滑筋特異的GC-Bノックアウトマウスでは野生型マウスと同等に認めましたが、血管内皮特異的GC-Bノックアウトマウスでは認められませんでした。さらに肺動脈性肺高血圧モデル動物において、肺高血圧が進展した段階から治療目的でCNPを投与した場合にも、肺高血圧が改善することが確認されました。こうした血管内皮におけるCNPとその受容体であるGC-Bからなるシグナル経路を介した肺高血圧進展阻止効果には、肺血管内皮における血管収縮物質エンドセリンー1や炎症性サイトカインの発現抑制と、Smadシグナルのバランス異常の是正が関与することを見出しました。本研究は、肺動脈性肺高血圧症進展における血管内皮でのCNPとその受容体GC-Bを介したシグナルの重要性、およびそこにかかわる分子メカニズムを世界で初めて明らかにしたものとなります。また本研究により、CNP-GC-B経路を活性化する薬剤が、新しい肺動脈性肺高血圧の治療薬となる可能性も示唆されました。
【波及効果・今後の予定】
本研究は希少難病である肺動脈性肺高血圧症の発症・進展の新たなメカニズムを解明し、その病態の理解をさらに進めるものとなります。また本研究はCNP-GC-B経路を標的とした新しい肺動脈性肺高血圧症治療薬の開発にもつながる可能性があり、いまだ予後不良である肺動脈性肺高血圧症に対する新規治療薬開発に役立つことが期待されます。
【研究プロジェクトについて】
関連研究機関: 信州大学医学部循環器内科学教室、京都大学大学院医学研究科糖尿病・内分泌・栄養内科学、京都大学大学院医学研究科呼吸器外科学、信州大学医学部外科学教室呼吸器外科学分野、京都医療センター 内分泌代謝内科、京都大学 医学研究科メディカルイノベーションセンター
AMED under Grant Numbers JP21ek0109509h0001, JP22ek0109509h0001 and JP23ek0109509h0001_(K. Kuwahara, Y. Nakagawa, H. Kinoshita); Grants-in-Aid for Scientific Research from the Japan Society for the Promotion of Science to H. Inazumi (JP19K23963 and JP20K17077),K. Kuwahara (JP20H03673), Y. Nakagawa (JP22K08099), H. Kinoshita(JP20K08180) and T. Nishikimi (JP21K08126); and by grants from the Takeda Science Foundation and Kondou Kinen Medical Foundation (to Y. Nakagawa).
【用語解説】
注1: 肺動脈性肺高血圧症(PAH)
肺の血管が狭く硬くなることで肺動脈の血圧が上昇する希少難病です。進行すると右心不全を引き起こし、生命予後に影響します。近年治療薬は増えていますが、依然として根治療法はなく、新たな病態メカニズムの解明と治療法開発が求められています。
注2: C型ナトリウム利尿ペプチド(CNP)
血管内皮細胞などから分泌される生理活性ペプチドの一つで、血管の拡張や炎症抑制などの作用を持ちます。CNPは受容体であるグアニル酸シクラーゼB(GC-B)を介して血管機能を調節することが知られており、本研究では肺動脈性肺高血圧症の進展を抑制する新たな役割が示されました。
【研究者のコメント】
肺動脈性肺高血圧症は依然として予後不良な難治性疾患であり、新たな治療戦略の開発が求められています。本研究では、血管内皮由来ホルモンであるCNPとその受容体GC-Bが、肺高血圧の進展を抑制する重要な役割を担うことを明らかにしました。ナトリウム利尿ペプチドは本研究室が長年取り組んできた研究テーマであり、その新たな生理的役割を示すことができたことを大変嬉しく思います。本研究成果を基盤として、肺高血圧症の新たな治療法開発につながる研究へと発展させていきたいと考えています。 (柳澤 洋)
【論文タイトルと著者】
Endothelial C-type Natriuretic Peptide / Guanylyl Cyclase-B Signaling Prevents Pulmonary Arterial Hypertension
タイトル邦訳:血管内皮におけるC型ナトリウム利尿ペプチド/グアニル酸シクラーゼBシグナル経路は肺動脈性高血圧症を予防する
著者:柳澤洋1、桑原宏一郎2、中川靖章1,3、森内健史1、木下秀之1、稲住英明1、金森敬彦1、錦見敏雄1,5、大矢未来2、中尾一泰4、植田洋平1、中村大輔2、清水公裕2、吉江幸司2、田中里奈1、中島大輔1、坂之上一朗1、八十田明宏6、中尾一和1、木村剛1,7、尾野亘1。
1 京都大学、2 信州大学、3 医学研究所北野病院、4 国立循環器病研究センター、5 わかくさ竜間リハビリテーション病院、6 京都医療センター、7 枚方公済病院
掲載誌:Nature Communications (2024 Impact Factor 15.7)
DOI:10.1038/s41467-026-70139-2
<研究に関するお問い合わせ先>
氏名 桑原宏一郎
所属・職位 信州大学医学部循環器内科学教室 教授
TEL:0263-37-3352
E-mail:kkuwa[at]shinshu-u.ac.jp
氏名 柳澤 洋
所属・職位 京都大学大学院医学研究科循環器内科学 研究生
E-mail:nagi0514[at]kuhp.kyoto-u.ac.jp
<報道に関するお問い合わせ先>
京都大学 広報室 国際広報班
TEL:075-753-5729 FAX:075-753-2094
E-mail:comms[at]mail2.adm.kyoto-u.ac.jp
国立大学法人信州大学 総務部総務課広報室
TEL:0263-37-3056
E-mail:shinhp[at]shinshu-u.ac.jp
上記の[at]は@に置き換えてください。
<参考図表>
