iPS細胞由来心筋細胞移植における免疫制御法を確立
信州大学医学部外科学教室および同医学部再生医科学教室の研究チームは、藤田医科大学東京 先端医療研究センターとの共同研究により、iPS細胞由来心筋細胞の同種他家移植における至適な免疫抑制法を明らかにする前臨床研究を行い、その成果が国際学術誌 Cardiovascular Research に掲載されました。
【研究成果のポイント】
- 心臓移植に準じた3剤併用免疫抑制療法は、iPS細胞由来心筋細胞移植においても生着維持に有効であり、減薬や中止により拒絶反応が生じることが示されました。
- 移植細胞の遺伝子改変(MHC class I(注1)不活化・CD47(注2)過剰発現)では、十分な細胞生着が得られず、遺伝子改変を行っていない細胞と比較して細胞死が多く生じていることがわかりました。
- アバタセプトを用いた免疫抑制レジメンでは、ステロイド中止後も拒絶反応なく細胞生着が得られ、従来薬に代わる有望な選択肢となる可能性が示されました。
- 移植後に問題となる心室性不整脈に対して、アミオダロンおよびイバブラジンの併用投与が有効であることが示されました。
【概要】
本研究では、カニクイザル急性心筋梗塞モデルを用い、iPS細胞由来心筋細胞の同種他家移植後における免疫制御法を多角的に検討しました。
主な検討内容は以下のとおりです。
- 心臓移植に準じた3剤併用免疫抑制法(ステロイド、カルシニューリン阻害薬、ミコフェノール酸モフェチル)の効果確認、および段階的減量試験
- MHC class I不活化およびCD47過剰発現を施した遺伝子改変iPS細胞由来心筋細胞の移植による拒絶反応の確認
- ミコフェノール酸モフェチルの代替薬としてのアバタセプト(CTLA-4(注3) Ig)の有効性評価
- 移植後に発生する心室性不整脈に対する薬物治療の検討
【背景】
重症心不全に対する根治的治療として心臓移植が行われていますが、深刻なドナー不足や生涯にわたる免疫抑制療法、それに伴う感染症や悪性腫瘍などの合併症が大きな課題となっています。iPS細胞由来心筋細胞を用いた再生医療は、理論上無尽蔵に作製可能な心筋細胞を移植できる点から、心臓移植に代わる新たな治療法として期待されています。
一方で、細胞移植における免疫反応や、心臓移植と同等の強力な免疫抑制が本当に必要かどうかについては、これまで十分に検証されていませんでした。また、移植後に生検で拒絶反応を評価することが困難であるため、前臨床段階での詳細な検討が不可欠でした。
【研究手法・成果】
研究内容のまとめ
左図:カニクイザルへの他家iPS細胞由来心筋細胞(Allogeneic iPSC-CMs)を移植した。
上図:細胞移植後、メチルプレドニゾロン(MPL)+カルシニューリン阻害薬(CNI)+ミコフェノール酸モフェチル(MMF)、もしくはCNI+アバタセプト(ABT:CTLA-4Ig)の組み合わせで免疫抑制剤を投与することにより拒絶反応なく生着することが確認できた。一方、MMF+CNI+の組み合わせでは拒絶反応がみられた。拒絶反応が起きにくいとされる遺伝子改変を行った細胞(Hypo-immune iPSC-CMs)を移植した際には、拒絶反応は明らかではなかったが細胞そのもののプログラム死(Apoptosis)が生じた可能性が確認された。
下図:細胞移植後の不整脈に対しては、アミオダロン(Amiodarone)+イバブラジン(ivabradine)の組み合わせによって抑制できることが明らかとなった。
【波及効果・今後の展望】
本研究成果は、iPS細胞由来心筋細胞移植の安全性と有効性を高めるための免疫制御戦略の確立に重要な知見を提供するものです。副作用が問題となることが多いステロイド薬を中止できるという点、また細胞移植治療の大きなハードルとされている移植後不整脈を抑制できる手段を示したことは、より安全で患者負担の少ないiPS細胞由来心筋細胞移植治療の確立に向けて、大きな一石を投じる研究となりました。今後も、将来の心不全患者さんの希望となるような再生医療研究を継続していきたいと思います。
【研究支援】
本研究は、信州大学公認クラウドファンディング「心不全に対する心筋再生 iPS細胞実用化への課題解決を目指す研究へ」のご支援を受けて実施されました。
【用語解説】
(注1)MHC class I
主要組織適合遺伝子複合体(MHC)分子の一つであるMHC class I分子は、一部の細胞を除くあらゆる有核細胞の表面に存在します。自分とは異なるウイルス、がん細胞、自分以外の細胞などのタンパク質が細胞内にあると、これがMHC class I分子と結合して、細胞表面上で免疫細胞に提示します(抗原提示)。そして、その分子は自分とは異なる情報を受け取った免疫細胞を活性化させ、その他の免疫システムに異常を知らせる、いわゆる警報システムの役割を果たします。MHC class I分子を不活化させた細胞は、そのような免疫システムが働かないため、自分の細胞を他人に移植した際に異常な細胞と認識されず、拒絶反応が起こりにくいとされています。
(注2)CD47
細胞表面に発現するタンパク質で、免疫細胞に「私を食べないで(Don't eat me)」という信号を送り、細胞貪食(食べられること)を避ける働きを持っています。そのため、CD47を過剰発現させた細胞は他人に移植した際に貪食されにくいだけではなく、それによってMHCによる抗原提示も起こりにくくなり、拒絶反応も起きにくくなるとされています。
(注3)CTLA-4
Tリンパ球の表面に発現するタンパク質で、免疫反応の抑制を行う、ブレーキ役となる分子です。アバタセプト(CTLA-4Ig)はこのCTLA-4を強制的に活性化することで、Tリンパ球による異常細胞への攻撃を抑制する効果があります。
【論文タイトルと著者】
タイトル:Immune regulation following allogeneic iPSC-derived cardiomyocyte transplantation in non-human primates
著者:Shuji Chino, Hajime Ichimura, Shugo Tohyama, Hideki Kobayashi, Takashi Shiina, Hiroki Sakai, Keiichi Fukuda, Takuro Tomita, Mitsuhiko Yamada, Ayako Tateishi, Maki Ohya, Mikiko Kobayashi, Hiroyuki Kanno, Hirohito Ishigaki, Masahiro Agata, Hidekazu Takahashi, Jian Zhao, Xiao Yang, Zouhour G Omar, Ada Caruso, Yuki Tanaka, Naoko Shiba, Yuko Wada, Tatsuichiro Seto, James J H Chong, Shin Kadota, Yuji Shiba
掲載誌:Cardiovascular Research
DOI:10.1093/cvr/cvaf249
【問い合わせ先】
〈研究内容に関する問い合わせ先〉
信州大学医学部 外科学教室(心臓血管外科学分野)
助教 市村 創
Tel:0263−37−3577
Email:ihajime[at]shinshu-u.ac.jp
〈報道に関する問い合わせ先〉
国立大学法人信州大学 総務部総務課広報室
Tel: 0263-37-3056
Email:shinhp[at]shinshu-u.ac.jp
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