令和7年06月12日 取材

令和7年4月1日に人文学部長に就任された金井直学部長にDE&I推進センター長が人文学部における男女共同参画の現状等についてインタビューをしました。

人文学部の男女共同参画の現状と課題

関DE&I推進センター長(以下「関」):人文学部長へのご就任おめでとうございます。人文学部における男女共同参画の現状を教えてください。

【人文学部】金井 直 学部長

金井学部長(以下「金井」):人文学部は6割が女子学生です。ゼミの活動などをリードしてくれる学生も多いです。地域の市民活動や美術館、役所などと関わって活躍している女子学生が結構多く、場とのつながりを作っていくところで才能を発揮して、大学の中だけではなくて松本を楽しんでくれています。男子学生も当然いるのですが、女子学生もしっかり目立つ形で街と結びついています。ある意味コンパクトな松本ならではかもしれませんね。大学生か社会人かとか、男か女かというくくりではなく、個と個を基点にコミュニケーションが広がっていると感じます。

関:松本では5月に「工芸の五月」がありますが、工芸をなさる方にとってはメッカのような感じで出展するのが大変だと聞きますが、松本には市民参加型の行事も多く魅力的ですね。

金井:「工芸の五月」は、典型的ですね。本当にオープンな雰囲気で、様々な人が訪れて、天気のいい松本でみんなつながり合うみたいな、肌で多様性を実感することができる機会です。前回の「工芸の五月」では学生たちはワークショップを仕切って、外国人観光客にもその内容を説明しようとがんばっていました。右往左往しているその状況そのものが大切ですよね。これが実現するのが松本のいい環境と規模感だと思います。

関:最近インバウンドの方が多くお城周辺でもアジアやヨーロッパなど本当に様々な言語が飛び交っていて、いい言語学習にもなると思います。

金井:その通りですね。イベントの時も看板に英語が必要ではないかということで、急に英語で看板を作り始めたのですが、さらにハングルも出るし、スペイン語も中国語もついて、自然と多国籍になっていきました。

関:学内外で魅力を感じられるというところが大きいですよね。

関:人文学部の女性教員の割合はいかがですか。

金井:女性教員割合としては2割です。

関:先ほど女子学生が多いとお伺いしたので、女性教員の割合が2割というのは意外に少ないと感じます。分野ごとに差はありますか。

金井:人文学部に7つのコースがあって、1つのコースは女性教員がいませんが、他のコースには女性教員がいます。全コースに女性がいるかたちになればと期待しています。

関:人文学部の課題はどのようなことがありますか。

金井:専任教員数の確保など、課題は多いですが、女性教員数もその一つです。女子学生にも自分の学びが様々な可能性に開かれていることを感じてもらいたいと思っていますので、女性教員がもっと増えるように考えています。現在、副学部長や学部長補佐が女性ですので、活躍されている女性の姿を学生に伝えられればと思っています。

関:大学教員の可能性も含めてのロールモデルが必要ですね。大学院の進学率も高いですか。

金井:進学率は低く、現在は大学院生が14人、そのうち女性が8人です。博士課程がありませんので、例えば、学芸員になるためのステップとして修士課程に入る学生もいます。

〈学生と一緒に考えたいこと〉

関:これからの時代はますます芸術など経済以外のものの見方なども重要になりますよね、心の栄養といいますか。

金井:そうですね。あるいは観点の変更というか、既存の社会のルールやモデルなどを常に見直していく必要がありますが、見直しや振り返りの力を芸術が与えてくれると思います。

関:既存の価値の破壊とまではいかないですけれども。

金井:そういうものがある時もあるし、少なくともオルタナティブは示せます。

関:常識を改めて見直すきっかけを作るとか、かつての常識が今は非常識であるかもしれないし。それが多様性というとますますそうなりますね。

金井:美術館について言うと、ようやく近年、日本でも女性の館長さんが増えてきて、館内外の多様なステークホルダーとのコミュニケーションを大切にしながらミュージアムの新しい姿を見せてくれています。

関:そうすると、美術館の主張にもつながりますね。

金井:そうです。まさに美術館のビジョンそのものを館長さんの存在が決めていく、ということになります。

関:展示する作品の傾向も変わるでしょうし。

金井:学芸員も女性が増えてきていますね。かつては作品の運搬をしなきゃいけないから体力が肝心とか、残業するのが当たり前とか、男社会にありがちな決め台詞的なものがあって、なかなか大変なところがありました。今はそういうことはなく、展示の業者さんも学芸員も時間通り帰るというルールになって、作家は時間内できっちり仕事するのが当然というように、現場のルールがどんどん正常化してきたので、そういった意味でも、男女を問わず仕事がやりやすくなったと思います。

関:男社会的なところが改善され、フラットになったのは大きいですね。

金井:昔はいわゆる日本社会の縮図のような現場だったと思いますが、今は大いに変わっています。ただ、もう一つの問題、長野県内のミュージアムの状況なども明らかに重なりますが、雇用条件がよろしくないところは、正確に分析する必要があると思います。これは結果的に女性の学芸員が多いことにも繋がってきます。給与規程が厳しかったり、非正規雇用が増えてきたりとか。かつてであれば、公立美術館では市の職員で専門職としての学芸員であったのが、流動的な職業になってきた中で女性の割合が増えているという現状もあります。だから、館長レベルで起こっていることと、学芸員レベルで起こっていることでは「女性が増えましたね」の一言でも、実は全く違う問題が生まれていると思っています。

関:また別次元の問題が発生してきているという感じですね。

金井:それをどう認識し、克服していくかというのは重要なところです。

関:大学の中だけではなく、外も含めての意識の改革とか、そういうところが大切ですね。

金井:だから、学生と一緒に考えたいのは、既存の価値観や、あるいは習慣といったものにとらわれずに、多様性や差異を尊重するということ、生き方の肯定です。そのためには何が必要かというと、哲学や芸術、歴史、外国語など一通り学んでいくということ、多様性が一体どのように歴史的に、私たちの社会を、あるいは文化を開いてきて、現在があるのか、ということを見ておく必要があるわけです。そうした知識を得ること、そのこと自体がよく生きる上での鍵であり、リベラルアーツの本来の重要性ということになります。

関:新しい価値観を生み出すことにつながっていきますね。

金井:勉強のための勉強じゃないといいですね。例えば、パステル画というと、18世紀にロザルバ・カッリエーラのような女性画家が出てきたりして、そこにはかなりジェンダーの問題があります。抽象絵画の分野で最近話題になっているのがヒルマ・アフ・クリントというスウェーデンの女性画家です。従来の美術史では、抽象絵画の誕生はワシリー・カンディンスキーのような男性芸術家の名において語られてきましたが、男性基準で作った前衛美術の歴史とは違う歴史があるのではないかということで、近年とても注目されています。作品自体素晴らしいし、最近、東京でも開かれました。こういう美術史の書き換えを学問のための学問にしてはもったいない。業績獲得のためにやっているわけではないので、男性の美術史に対して、女性の美術史です、みたいな話ではなく、私たちの毎日や社会を見直すきっかけにもなる、というところが大事だと思います。男性が構築したルールの、たまたま外部でこれだけの想像力や創造性が溢れていたことに直面すると、じゃあ、今、私たちはどういう状態なのかとか、今の社会、今の環境や状況を見直すことに繋がります。これは美術史だけの問題ではないだろうと思います。男女共同参画的な視点を含みますね。

【人文学部】金井 直 学部長

〈ワークライフバランスについて〉

関:今後の取組やワークライフバランスについて伺います。

金井:ワークライフバランスの重要性を訴えています。育児や介護等のご事情についてはお応えしています。私自身、地元が九州ですが、母を実家から連れてきて松本で看ることができました。こういうことが可能な職場であり、ありがたいと感じます。自分自身の経験も重ねながら大切にしたいポイントです。それから、全体的に教職員の仕事量自体どうしても減らない印象があるので、教職員数が増やせない以上は、やはり業務の可視化、見直し、効率化、そしてデジタル化が重要となります。

関:先生ご自身のワークライフバランスについてはいかがですか。

金井:ワークライフバランスというのを、広い意味でお話しすると、やはり信州で仕事ができているということ、この環境は大切にできるといいなと思っています。学生にもその点をしっかり伝えたいのですが、信州に暮らし、信州の大学で学ぶことによって、実際いろいろな国や地域から来た人々との出会いや交流があります。街の人々との距離感も結構近いですね。結果、仕事とは別の市民活動にいくつか関わっています。さらにいうと信州そのものの地理や自然環境も魅力です。信州で生きていると、ここに山が見え、広い自然があって、地球とつながっているわけです。自分たちが生きる大地をしっかり感じることができるのは、信州大学で学ぶ強み、働くことの強みだと思っています。大都市圏ではなかなかこれは経験できない感覚です。つまり、働くことを全てにしない日常と環境があるということですね。街や自然がもつ多様性や恒常性が、ワークライフバランスを下支えしてくれている。そう実感しています。

関:本日はどうもありがとうございました。

【人文学部】金井 直 学部長