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全研究総覧

生物多様性の保全・再生を考慮した里地里山の景観保全管理計画の構築 【地域】 駒ヶ根市

はじめに

近年策定された第三次生物多様性国家戦略では,人と自然とのより良い共生を通した恵み豊かな国土づくりを目指した生物多様性の保全とその構成要素の持続可能な利用を進めるため,地域単位での具体的な目標の設定や計画策定への取り組みの必要性が謳われるようになった。信州の中山間地域を中心とした里地里山や連続する市街地および山岳地域は生物多様性の豊かさにおいて特に優れた地域として知られてきたが,現在では環境条件や土地利用等の人との関係の変化から,これら自然的地域資源の消失や質的変化が問題となっている。しかしながら,いまだ生物多様性の構造や成立条件も明らかにされていないのが現状である。そこで本研究ではこれらを明らかにし,地域における具体的な生物多様性保全,再生計画策定に寄与することを一つの目的とする。また,里地里山における生物多様性の豊かさは生産活動や生活の場としての長い間の人との関係から育まれてきたものである。地域としての保全・再生を図るためには,これまでの人と自然との関係性を把握するとともに,現代の社会的条件に応じた新たな関係性のあり方を検討する必要がある。そのため本研究では,中山間地域の生物多様性を地域資源として捉え,これらを把握するとともに,その成立条件を環境要素および歴史的,文化的要素との関係性から明らかにし,人と自然とのより良い共生のあり方を検討することから,景観スケールでの保全管理計画を構築することを目的とした。また,地域における生物多様性および歴史的文化的特性を把握することから,今後の地域振興の可能性を探っていくことも本研究の目標の一つである。具体的には以下の研究を実施した。
(ⅰ)二次的自然に生育する水生植物群落と立地環境条件との関係
里地里山に生育する水生植物は全国的にも絶滅や減少が危惧されている植物群の一つであり,その保全が課題となっている。しかしながら,伊那盆地では比較的容易に水生植物の生育地を確認することができ,これらの群落は地域における陸水域の生物多様性を維持するためには重要な要素の一つである。そこで2010年度は駒ヶ根市の主に水路において水生植物群落とその立地条件を解明し,今後は群落を保全,復元するための管理条件等も含めた対策を検討した。
(ⅱ)歴史的景観の残存する地域における緑地の生物多様性維持機構と人との関係
歴史的景観が残存する里地里山において,緑地や孤立林が地域の生物多様性保全にどのように機能しているのかについて,また人との関係(歴史性や文化性)について解明し,これらの総合的な保全策や地域振興のための利活用について検討することとした。
(ⅲ)霧ケ峰高原における登山道の利用と保全
霧ケ峰の登山道周辺の植生変化に着目して,その利用と保全の在り方について検討した。

方法(調査地)

(ⅰ)調査対象地域は駒ヶ根市内の山麓地域から天竜川河川敷周辺で,市街地も含まれた。調査を実施した水路の総延長は約18800mで,水路構造および水生植物群落が一様だと考えられた区画を一単位とし,計138の調査区画を設定した。植生調査は各区画で全出現種が含まれるように1㎡の方形区を複数個設定し,区内における全出現種の植物名と被度を記録,測定した。また植生調査は夏季および秋季に2回実施した。立地環境条件としては水温およびpH,EC,DO,標高,構造,水路の接続状況,周囲の土地利用状況を測定,記録した。また水路の管理状況についても聞き取り調査を行った。
(ⅱ)上記(ⅰ)と同じ駒ヶ根市内において,地域の古刹である光前寺および参道周辺地域を調査対象とした。2010年度は来年度の調査地選定に向けて巡検を行い,別に構成員らが関係する名勝・光前寺保存計画の基礎調査(駒ケ根市)においては維管束植物およびコケ植物相の予備的な調査を実施している。また歴史的景観については,散居村の形態がみられ,また同時に光前寺へ参詣する人々が通る光前寺道が通る古い場所でもある北割2区において,屋敷林や高生垣,しぶきよけの集落調査を実施した。
(ⅲ)霧ケ峰における登山道で植生の荒廃化や遷移進行の指標となるササ類の分布調査を実施した。また過去30年間の空中写真の解析からササ類の分布の変遷について把握した。

結果と考察

(ⅰ)駒ケ根市内の水路で分布が確認された水生植物は19種で,バイカモやホソバミズヒキモ(県準絶滅危惧種),ナガエミクリ(環境省準絶滅危惧・県絶滅危惧ⅠB類),ヤナギタデ,コカナダモ(外来種),ホザキノフサモ(県準絶滅危惧種),ササバモ(県絶滅危惧ⅠB類),ミズハコベ,エビモなどであった。また,TWINSAPAN解析の結果,本調査地域における主な群落型としては在来種のバイカモおよびナガエミクリ,外来種のコカナダモの優占する3つのタイプが認識された。バイカモ優占群落型はナガエミクリ優占群落型よりも水温が低く,電気伝導度が低い立地に成立した。またコカナダモモ優占群落型はこれらの中間的な立地に出現した。水路管理との関係ではバイカモ優占群落型が成立する場所では年3回の藻刈りを実施する割合が高く,泥浚いは行われていなかった。一方,ナガエミクリ優占群落型が成立する場所では年1回の藻刈りが実施され,泥浚いが年2~3回行われていることがわかった。また,重機による浚渫が実施されている場所ではバイカモとナガエミクリの優占群落型が成立する等,水生植物群落と管理方法との関係性が示唆された。外来植物のコカナダモは河川清掃時に藻刈りされることが多いが,刈り取り後の植物体がそのまま下流に流されている実態についても確認された。
(ⅱ)巡検の結果,光前寺周辺にはモミ・ツガ林が残存し,コケ植物相も多様性が高い可能性が観察された。他には調査地となる緑地や社寺林を巡検した。一方,集落調査では,防風林や高生垣,しぶきよけの配置や樹種に特徴のあることが推察された。
(ⅲ)登山道周辺では過去30年間にササ類の被度が大きく増加したことが示唆された。また使用した最新の空中写真の撮影時期に問題があり,本結果は再考する必要があった

今後の方針と計画

(ⅰ)二次的自然の代表である水路における水生植物と人との関係の変遷を明らかにし,本地域における保全および再生の課題について検討する予定である。
(ⅱ)歴史的景観の残存する地域における緑地の生物多様性機能と人との関係について明らかにする。集落調査についても今後,光前寺道が通る他の地区へと拡大していく予定である。これらは地域の歴史文化的,また生物資源であり,光前寺道古い地区の伝統的な景観の特徴を,相互比較することにより明らかにし,その保全と利活用につなげていく。
(ⅲ)結果の再考を含め,霧ケ峰の植生保全と利用について考察を加える予定である。

成果

Oike, Sunsuke・Okubo, Kumiko・Oishi, Yoshitaka, Relationship between distributions of aquatic plant and environmental conditions of canal network in the drainage basin in Kamiina District, Nagano Prefecture, The 4th EAFES International Congress in conjunction with the 8th ILTER-EAP Regeonal Conference, p151, 2010
Oishi, Yoshitaka.・Okubo, Kumiko, Vegetation changes in an abandoned semi-natural grassland in Kirigamine Highland, central Japan, The 4th EAFES International Congress in conjunction with the 8th ILTER-EAP Regeonal Conference, p152, 2010
学会発表:御池俊輔・大窪久美子・大石善隆,長野県上伊那地方水路網ネットワークにおける水生植物の分布と立地環境条件との関係,第58回日本生態学会大会講演要旨集,p377,2011

研究者プロフィール

大窪 久美子
教員氏名 大窪 久美子
所属分野 農学部 森林科学科 緑地環境文化学
兼担研究科・学部 大学院総合工学系研究科
所属学会 保全生態学会、日本緑化工学会、日本生態学会、日本造園学会
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大石 善隆
教員氏名 大石 善隆
所属分野 農学部 プロジェクト研究推進拠点
所属学会 日本蘚苔類学会、日本造園学会、日本緑化工学会、アメリカ蘚苔地衣類学会、環境情報科学学会
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佐々木 邦博
教員氏名 佐々木 邦博
所属分野 農学部 森林科学科 緑地環境文化学
兼担研究科・学部 大学院総合工学系研究科
所属学会 日本都市計画学会、日本庭園学会、日本造園学会
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上原 三知
教員氏名 上原 三知
所属分野 農学部 森林科学科
所属学会 人間・環境学会、環境情報科学、日本建築学会、エントロピー学会、日本造園学会
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他の研究 エコロジカル・プラニング手法による地域計画と、伝統的な植生・土地利用パタンとの比較による綜合的な地域景観の抽出とその評価イメージマップによる里地・里山の認知・利用領域と有用植物認知度の世代間比較