長野県中山間地域における伝統作物の遺伝的多様性の解明とその保全研究
はじめに
長野県中山間地域に各地において伝統的な在来作物が数多く栽培・利用されていた。しかし,食生活の変化,新品種の利用増加,農業従事者の高齢化などにより,その栽培が減少してきているのが現状である。その一方で,このようで在来作物を地域資源として活用しようという試みも増加しつつある。カブ・ツケナのような自家不和合性植物はその栽培個体数の減少により,遺伝的多様性が失われ,品種の急激な衰退に繋がるとされる。またトウガラシなどの蔬菜類,ソバなどの雑穀類においても古くからの在来品種が消失してきたことにより,今後の育種に重要な遺伝資源の減少が懸念される。そのためこのような遺伝的多様性の把握と,これらの保全を図る。
方法(調査地)
<実験1>
Sハプロタイプを用いた長野県在来カブ品種の遺伝的多様性の評価
下伊那郡阿智村清内路地区より収集したカブである‘清内路赤根’5系統(系統番号:S-2,S-3,S-11,S-22,S-F1)および松本市奈川地区より収集した‘保平蕪’3系統(H-16,H-25,H-26)について各系統約15個体ずつDNAを抽出し,PCR-RFLP法によって各品種・系統が保有する自家不和合性遺伝子のうちClassI・IIのSハプロタイプ数を推定した.電気泳動により得られたバンドパターンより,各個体が保有するSハプロタイプを決定し,その種類数を品種,系統間で比較した.また,これまでに供試した別系統,‘清内路赤根’の5系統(S-1,S-5,S-10,S-17,S-24),‘保平蕪’7系統(H-1,H-2,H-3,H-11,H-20,H-21,H-24)から得られた結果も併せて検討する.
<実験2>
長野県中山間地をはじめとした日本産トウガラシ在来品種の類縁関係の解明
中野市永田西組地区の‘ぼたんこしょう’,小諸市菱平の‘菱野なんばん’,下伊那郡の‘飯那青辛’の他,塩尻市,松本市,木曽地方,阿智村清内路の在来品種を含めた日本国内の在来の76品種・系統をAFC附属農場で栽培し,それらの果実形質などの形態的特徴を調査し,これらの果実中の辛味成分カプサイシノイド含量を計測する。さらに,これら供試した全品種・系統のDNAを抽出し,RAPD法によりDNAの多型解析を行い,これら在来品種・系統の類縁関係を明らかにする。なお,本実験の一部は山崎香辛料研究財団の助成も利用して行った。
結果と考察
<実験1>
今回供試した系統からは新たなSハプロタイプは検出されず,各品種が保有するSハプロタイプ数は‘清内路赤根’では8種類,‘保平蕪’では19種類であった。‘清内路赤根’では,採種母本数が最も多く7種類のSハプロタイプを保有するS-1の近隣に圃場が設置されているS-2,S-3から5種類のSハプロタイプが検出され,その種類も一致していた。また,近交弱勢が観察されたS-24から最も近い距離(750m)に圃場が設置されているS-22からは,S-24とは異なるSハプロタイプがClassI・IIの両方で検出された。これらのことより,S-24は他系統との遺伝子の交流の全くない場所で自家採種が繰り返された結果,Sハプロタイプ数が減少していることが示唆された。一方,‘保平蕪’では,母本数が3個体と品種内最小の規模で自家採種が行われているH-16において,4種類のSハプロタイプが検出された。このことより,‘保平蕪’では,‘清内路赤根’のような品種衰退に繋がる遺伝的多様性の減少は見られず,集落内の近隣採種圃との遺伝子の交流が頻繁に行われていることが推察された。
<実験2>
現在,果実諸形質の計測結果を統計処理中である。また,全ての系統・品種よりDNAは抽出済みであり,RAPD法により多型解析を実施しているところである。また,中野市の‘ぼたんこしょう’と類似した‘ぼたこしょう’の生産地である上水内郡信濃町,同じく‘かぐらなんばん’の生産地である新潟県長岡市山古志地区での現地調査を行い,生産者から聞き取り調査を行った結果,これら三品種は形態的また栽培特性上,非常に類似していることが確認された。
今後の方針と計画
<実験1>
今後,‘保平蕪’‘清内路赤根’から検出されたSハプロタイプの遺伝子多様度を算出し,品種の保全に関わる遺伝的多様性の評価を行う.また,AFLP法を用いてSハプロタイプを含めた各品種,系統の多型を調査し,品種の遺伝的構造を明らかにしていく予定である.
<実験2>
本年度はさらに,小諸市耳取地区の‘そらなんばん’,新潟県長岡市山古志地区の‘かぐらなんばん’の他,下伊那郡大鹿村大河原地区の在来系統を含めた34品種・系統を栽培し,その諸形質調査とDNA多型による類縁関係を調査することとしており,昨年度の結果と総合的に考察を行うこととしている。
<共通>
これら在来品種の多様性や類縁関係の解析は今後,このような在来品種を遺伝資源として利用する際の重要なバックグラウンドデータとなり得る。また,このような在来品種を地域で保存していく際にも,必要な情報を含んでおり,今後,地域の資源としてこれら在来品種を利活用していくことを考え,経済的,社会学的な調査結果と複合的に検討していくこととしている。
研究者プロフィール

教員氏名 | 根本 和洋 |
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所属分野 | 大学院農学研究科 機能性食料開発学専攻 機能性食料育種学 |
所属学会 | The Society for Economic Botany、International buckwheat risearch association、日本育種学会、日本熱帯農業学会、北陸作物育種学談話会、育種学会中部談話会、長野県園芸研究会、雑穀研究会、日本アマランス・キノア研究会 |
SOAR | 研究者総覧(SOAR)を見る |
他の研究 | ブータン王国山間地域の農村における在来作物・野生植物の持続的利用 |

教員氏名 | 南 峰夫 |
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所属分野 | 大学院農学研究科 機能性食料開発学専攻 機能性食料育種学 |
兼担研究科・学部 | 大学院総合工学系研究科 |
所属学会 | 日本草地学会、日本育種学会、日本熱帯農業学会 日本園芸学会 日本栄養・食糧学会 American Society of Agronomy Crop Science Society of America Society for the Advancement of Breeding Researches in Asia and Oceania 日本作物学会 |
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他の研究 | ブータン王国山間地域の農村における在来作物・野生植物の持続的利用 |

教員氏名 | 松島 憲一 |
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所属分野 | 大学院農学研究科 機能性食料開発学専攻 機能性食料育種学 |
兼担研究科・学部 | 大学院総合工学系研究科 生物食料科学専攻 生物・生命科学 |
所属学会 | 日本香辛料研究会、園芸学会、日本育種学会、日本熱帯農業学会 |
SOAR | 研究者総覧(SOAR)を見る |
他の研究 | イメージマップによる里地・里山の認知・利用領域と有用植物認知度の世代間比較 / ブータン王国山間地域の農村における在来作物・野生植物の持続的利用 |