Interview 04
ジェネラルな力を身につけて
「そして」医師になる

社会医療法人 抱生会
丸の内病院 副院長

清水 幹夫 先生

現場で大切なのは、「人を診る」ということ

私は救急医療を専門としていますので、主に救命救急の現場で多くの研修医や医学生たちに関わってきました。信州大学の新しい臨床実習制度でも、救急医療は必須科目に入っています。大学病院での救急と、地域の総合病院の救急とでは、明確な違いがあります。それは、大学病院では症状の軽い人はまず来ないということです。ほかの病院から紹介を受けた方や、明らかに重症な方が救急で大学病院に運ばれて来るわけです。一方で、私たちのような地域の総合病院では、救急患者の9割は軽症、残りの1割が重症と言われています。ただし、この9割の軽症の患者さんの中に、「重症の元」が隠れているのです。「風邪は万病の元」と言いますが、一見軽い症状をどのように判断するか、そこに重症の兆候がないかを見抜けるかどうかが、救急の現場では重要になってきます。
今回の新たな臨床実習制度では、特別な患者さんに対してだけでなく、一般的な患者さんを診るという、この「ジェネラルな力」を身につけることが目的のひとつだと理解しています。医学生たちは、大学の教室で主に「疾患」を学びます。また、大学病院では、重症なら重症、胃がんなら胃がんとあらかじめ分かった患者さんを診るケースが多いのです。ところが、実際の医療の現場に出てみると、「疾患」ではなく「人」を診ることになります。同じ虫垂炎の患者さんでも、その方の年齢や生活習慣など、人によって診るポイントは全く変わってきます。この「人」を診るという点が、教室と臨床現場との大きな違いなのです。

患者さんが何を求めているか? 知識だけでなくイノベーションを

では、この「人」を診るということをどのように身につけるのか。病名がついていない患者さんたち、「ふらついた」「お腹が痛い」という患者さんをどのように診断するのか。ここでの学びのアプローチは、教室での学びとは全く違うものです。大学では情報を集めることが大切でしたが、現場では、集めた情報をどのように生かせるか、知識を横断的に活用できるかどうかが問われます。現場での実践を積んで1ヶ月くらい経つと、診断において「知識をどう使うか」ということに少しずつ慣れていきます。
昔は「問診」と言いましたが、今はメディカルインタビューというのが一般的ですね。インタビューには、テクニックが必要です。初対面の患者さんに対して、どういう風に話を聞くか、一人一人対応の仕方を変えていかないとうまくいきません。患者さんがどういうバックグラウンドを持っているのか、興味を持つことが大切です。アレルギーのこと、職業のことを、普段の食事のこと。小さいお子様がいたり、介護をされていたり、ご家族での役割のこと。そういうことも含めて考えておかないと、「はい、お薬です」というわけにはいかないのです。
ドラッカーによれば企業の目的は、「顧客の創造」です。従って企業は「マーケッティング」と「イノベーション」の2つ基本的な機能を持ちますが、これは医療現場にも当てはまることです。このうち、「顧客の創造」というのは、我々が何をしたいかではなく、「消費者が何を求めているか」ということに重点が置かれます。いくら自分たちがしたいことをしても、消費者が求めていなければ意味がない。診療も同じで、自分たちがやりたいことではなく、患者さんが求めていることを察知して、人間関係を作っていかなければ治療がはじまらないのです。それも、診察という限られた時間の中で。そのためには、医師としてヒアリング力を高めていくことが重要です。
「イノベーション」についても同様です。医師は、蓄積してきた知識を常にアップデートしていかないといけない。ここでも、患者さんへの診療を通してその機会を得ることになります。医師という仕事の面白さは、いつも新しい知識が入ってくることです。歳を重ねていっても自分の勉強ができることがこの仕事の魅力だと思っています。

ジェネラルとスペシャル、双方を生かした医療へ

大学における医学研究は、疾患別、さらには臓器別に行うのがこれまでの主流でした。難しいことは分割して考えよう、というものですね。例えば、整形外科であれば、上肢、下肢、脊椎、とそれぞれに専門家がいます。私はよく冗談で、「そのうち右の膝しか診ない医師がでてくるんじゃないか」と話していますが、その専門性を必要とする患者さんもいるのは事実です。医療における専門性は、それはそれで絶対に必要なことです。ただし、その専門的な知識を得る前提として、一般的な知識を持っているかどうかが問われるのです。
少し前までの医療業界は「メジャーかマイナーか」という選択肢でした。メジャーは外科や内科等、マイナーは皮膚科、眼科、耳鼻科等ですね。ところが現代は、「ジェネラルかスペシャルか」という選択肢に移り変わっています。ここでは、双方を分断して考えるべきではなくて、ジェネラルとスペシャルが融合しないと、現代の医療現場での問題は解決していきません。例えば、現代医療を考える上で非常に重要な高齢者の診療について。高齢者に不調がある場合というのは、原因がひとつではないのです。「慢性疾患の急性増悪」というケースが非常に多く、ジェネラルな部分を含めて見ることができないと、スペシャルな部分に到達できないのです。
また、「ジェネラルとスペシャル」の融合をめざす上で大切なのは、チーム医療という考え方です。現代の課題は、医師やスタッフ間のコミュニケーションによって解決していくことが多い。分からないことを、他の専門の医師や現場のスタッフに相談していく環境づくりが大切です。
臨床研修の現場でも、まず体験するのはスタッフの複雑な人間関係です。患者さんを診ているのは、医師だけではなく、学生医の立場、初期研修医、後期研修医、看護師など、皆異なる役割を担っています。その人間関係の中での自分の役割を理解しながら、「そして」医師になるのです。『そして父になる』という映画がありましたが、それと同じで「そして」の部分が大切です。医師免許がとれれば、医師になれるということではないのですね。医療の現場にくるということは、そこでの複雑な人間関係も含めて体験していってほしいと思っています。

清水幹夫 (しみず みきお)
社会医療法人 抱生会 丸の内病院 副院長
日本救急医学会専門医 日本集中治療医学会専門医 日本外科学会認定医
S48年信州大学卒、武蔵野赤十字病院、信大第一外科、集中治療部、長野県がん検診・救急センター救急部、町立波田総合病院(松本市立病院)をへてH26年より丸の内病院 副院長 在宅診療部長。"病院の時代は終焉に向かっている"が最近の口癖。