信州大学医学部衛生学公衆衛生学教室

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論文紹介

信州大学医学部衛生学公衆衛生学教室からの論文紹介 No. 2

Eguchi H, Tsuda Y, Tsukahara T, Kawakami N, Nomiyama T.
The effects of Workplace Occupational Mental Health and related Activities on Psychological Distress among Workers: A Multilevel Cross-sectional Analysis
J Occup Environ Med 2012;54(8):939-47.

【背景】
これまでの研究では、管理職に対するメンタルヘルス教育などの一次予防、質問票によるうつ病のスクリーニングなどの二次予防、 復職支援などの三次予防は、企業におけるメンタルヘルス対策として、労働者の心理的ストレス反応を軽減することに効果があることが確認されている。 我が国おいても、他の先進諸国と同様に、産業保健において労働者のメンタルヘルスへの関心が高まっている。しかし、多くの研究は、大企業で行われており、 我が国の労働人口の80%をしめる中小企業を対象にしたメンタルヘルス対策の有効性について調査した研究は少ない。従来の重回帰分析は、標本間の独立を仮定しているのに対して 、マルチレベル分析は、組織から得られた標本は、この独立性が成立しないと仮定している。そのため、従来の重回帰分析よりも、マルチレベル分析は、 より現実に近い形にモデル化した分析手法である。そのため、近年、集団における個人の行動を検討するには 、個人レベル変数と集団レベル変数の両方を考慮するマルチレベル分析を行うことが求められており、公衆衛生学分野でも重要な手法として注目されている。 このマルチレベル分析を用いて、事業所レベルの要因と、従業員レベルの要因の関係について調査したメンタルヘルス研究は少ない。 そこで、本研究では、中小企業を対象にして、マルチレベル分析を用いて、以下の仮説の検証を行った。

仮説@)事業所レベルで実施しているメンタルヘルス対策が、従業員の心理的ストレス反応を直接軽減する。
仮説A)事業所レベルで実施しているメンタルヘルス対策が、心理社会的要因と心理的ストレス反応の関係を弱める。

【方法】
対象は、諏訪労働基準協会に加盟する長野県岡谷市内の357事業所とその従業員を対象とし、 事業所調査と従業員調査の2段階の調査を行った。事業所調査は、257事業所(回収率72.0%)から回答を得た。 事業所調査に協力を頂いた事業所のうち、121事業所から従業員調査への同意を得た。従業員調査は、4,786人に質問票を配布し、 3,540人(回収率74.0%)から回答を得た。マルチレベル分析を行う上で、データの信頼性をより高めるために、 回答者が20名未満の事業所は解析対象から外し、最終的に32事業所、2,123名を解析対象とした。 従業員の心理的ストレス反応と心理社会的要因の測定には、職業性ストレス簡易調査票を用いた。 従業員の属性は、性別と年齢を用いた。事業所のメンタルヘルス対策については、事業所の安全衛生担当者に対して、 「あなたの事業所では、現在、何らかのメンタルヘルス対策が行われていますか」 「あなたの事業所ではメンタルヘルスに関する情報を手に入れることができますか」 「あなたの事業所ではコミュニケーションを促進するために、何か取り組みを行っていますか」について質問を行った。 事業所属性として規模と業種を用いた。解析方法は、事業所レベルと従業員レベルによるマルチレベル分析を用いた。

【結果】
事業所レベルでのコミュニケーションの促進は、従業員レベルの心理社会的要因を調整した上で、 従業員レベルの心理的ストレス反応と有意に負の相関があった(p < 0.01)。 また、事業所レベルでのメンタルヘルス対策の実施は、従業員レベルの心理社会的要因を調整した上で 、従業員レベルの心理的ストレス反応と負の関連性を認める傾向にあった(p=0.06)。 事業所レベルでのメンタルヘルスに関する情報の入手については、有意な相関を認めなかった(p=0.72)。 以上から、仮説@は支持された。しかし、今回の調査では、仮説Aについては、支持されなかった。

【考察】
本研究では、仮説@については支持された。事業所レベルのコミュニケーションの促進が、従業員レベルの心理的ストレスと負の相関を認めた事は、 職場内のコミュニケーションを改善することが、仕事上のストレスを軽減するという先行研究と一致した。事業所レベルのメンタルヘルス対策が、 仕事上のストレスを軽減するという先行研究があるにも関わらず、本研究で、明らかな有意差を認めなかった。その理由としては、 メンタルヘルス対策の中に、管理職教育、健康診断時のストレスチェック、カウンセリングルームの設置、 メンタルヘルスに関するパンフレットの配布、従業員教育、が含まれ、曖昧な概念となっていた事が原因としては考えられた。 今後、概念をより明確にした上で、事業所レベルのメンタルヘルス対策と、従業員レベルの心理的ストレスの関係について 、調査を行う必要があると考えられた。本研究では、仮説Aについては支持されなかった。このことは、 事業所レベルの集団効力感や職場のサポートの緩衝作用や劣化作用と、従業員レベルの心理的ストレスの間に関連を認めている先行研究とは一致しなかった。 これらの結果から、事業所レベルのメンタルヘルス対策は、間接的と言うよりも、より直接的に、従業員レベルの心理的ストレスと関連している事が示唆された。

【結論】
事業所レベルのコミュニケーションの促進は、従業員レベルの心理的ストレス反応を軽減した。 さらに、事業所レベルのメンタルヘルス対策は、従業員レベルの心理的ストレス反応を軽減する可能性が示唆された。

文責 江口 尚

信州大学医学部衛生学公衆衛生学教室からの論文紹介 No.1

Hori A, Hashizume M, Tsuda Y, Tsukahara T, Nomiyama T.
Effects of weather variability and air pollutants on emergency admissions for cardiovascular and cerebrovascular diseases
Int J Environ Health Res 2012;22(5):416-30.

【背景】
気温などの気象要因、二酸化窒素をはじめとする大気汚染物質と死亡率、疾患の発症との関係については、 近年になって研究が進んでいる。一方で、これらの個々の疾患に分類して検討した報告や 、気候因子の重要な一要素である気圧の効果について分析した研究が少ない。 更に、最近本邦においても重要視されている大気汚染物質の影響に関して、疾病の発症に関する研究報告が、特に本邦で少ないのが現状である。 そこで、上伊那地域における気象要因、大気汚染物質と、個々の疾患における発症、特に各心血管疾患、各脳血管疾患との関連について検討した。

【方法】
対象は、2006年4月から2010年3月までの、伊那中央病院における救急外来を経由した緊急入院患者とし、 総緊急入院数および急性冠症候群、心肺停止、心不全、くも膜下出血、脳出血、脳梗塞、大動脈解離と大動脈瘤破裂による日毎の入院数を調査した。 その上で、日平均気温、気温変化、日平均気圧、気圧変化といった気象要因、日平均NO2、日平均Ox、日平均SO2、日平均SPMといった大気汚染物質を調べ、 総入院数および疾病毎の入院数と関連があるか検討した。統計解析は、年、季節、曜日、インフルエンザ、RSウイルス流行を調整し、 一般化線形モデルによる時系列分析を行った。

【結果】
2006年4月から2010年3月までに4355名の緊急入院が認められた。 平均気温が1℃低いと、総入院は3.24%(95% CI 1.25-5.18)、急性冠症候群と心不全による入院は7.83%(95%CI 2.06-13.25)、 脳出血による入院は35.57%(95%CI 15.59-59.02)、脳梗塞による入院は11.71%(95%CI4.1-19.89)増加した。 気圧変化では、気圧が1hPa低下すると総入院は0.95%(95%CI 0.37-1.52)、脳出血による入院は3.25%(95%CI 0.94-5.51)、 心不全による入院は3.56%(95%CI 1.09-5.96)、大動脈解離と大動脈瘤破裂による入院は6.1%(95%CI 2.29-9.76)増加した。 大気汚染物質では、NO2が1ppb高いとくも膜下出血による入院は6.59%(95%CI 0.79-12.73)、 SO2が1ppb高いと急性冠症候群による入院は18.9%(95%CI 4.98-34.66)、Oxが1ppb高いと大動脈解離と大動脈瘤破裂による入院は4.48%(95%CI 1.39-7.66)増加した。 総緊急入院数で検討した場合、75歳以上のグループでは、それより若年者と比較して、気温、気圧変化による、入院リスクの増加を認めた。 また、男性は女性に較べ、気温、気圧変化による、入院リスクの増加を認めた。

【考察】
寒冷が脳血管疾患と心血管疾患による入院を増加させたことは一部の先行研究と一致した。 寒冷により、脳出血のリスクの増大が認められ、くも膜下出血のリスクの増大が認められなかったことは、 日本における先行研究と一致した。また、心血管疾患より脳血管疾患が寒冷の影響をより強く受けていることは、他の先行研究と一致していた。 また、総緊急入院数で検討した場合、男性と高齢者では、寒冷による入院リスクの上昇が認められており、 これらの群では特に寒冷に注意すべきと考えられる。気圧の変化については、先行研究で、気圧の低下は心筋梗塞のリスクを高めるとの報告があったが、 本研究では急性冠症候群に対する効果は認めなかった。しかし、脳出血では、他の先行研究と同様、気圧低下がリスクを増大することを認めた。 本研究では、気圧そのものより、気圧変化が脳出血の件数とより直線状に相関しており、気圧変化が脳出血の発症により関連していることが示唆された。 大気汚染物質では、NO2がくも膜下出血、SO2が急性冠症候群、Oxが大動脈解離および大動脈瘤破裂のリスクを増大することが示されたが、 先行研究ではそれぞれの物質によりリスクを増大する疾患が必ずしも一致せず、今後のさらなる研究が必要と考えられた。

【結論】
寒冷と気圧の低下は心血管疾患と、脳血管疾患を増加させた。大気汚染物質は、心血管疾患と脳血管疾患に関連がみとめられるものがあった。

文責 堀 綾

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