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不妊症関連

信州大学産婦人科妊孕(にんよう)外来(不妊不育症外来)における「不妊治療」に関する基本方針

妊孕外来とは、なかなか妊娠出来ない「不妊症」や妊娠しても流産や早産を繰り返すために赤ちゃんに恵まれない「不育症」の患者さんのための専門外来です。「妊孕能」とは、次の世代である子供を残す力のことを意味します。

私たちは、あえて「不妊治療」≠「体外受精」とまず真っ先に申し上げておきます。「体外受精」とは不妊治療を受けている方の中でもごく一部の限られた方のみが対象であるにすぎないからです。「体外受精」が飛躍的に不妊治療を進歩させたことは事実です。しかし、「体外受精」をする事が「不妊治療」をすることであると誤解しないで下さい。
私たちは「不妊治療」にあたり、不妊症の患者さんに対して

1. それぞれのカップルごとに、妊娠しない理由を徹底的に見つけだすこと
2. 理由が見つかったら、その原因に一番ぴったりの治療法を選択すること
3. 適切に不妊原因を取り除くことによって、「自然な妊娠」が訪れるよう導くこと

を基本方針としています。
そのため、不妊原因を知るための詳細な検査は欠かせません。ひとくちに不妊症といっても、実はその原因は個人個人によって全く異なるのです。原因を知らずして(克服すべき敵を知らずして)不妊治療はできません。不妊検査をする事に躊躇はいりません。一番少ない負担で効率よく結果が出るように組んであります。
そして原因がはっきりしたら、必要な治療は受けましょう。中には外科的な治療を勧められることもあるでしょう。でも、どういう原因で妊娠しないのかがはっきり分かっていれば、自ずと必要な治療も決まってくると思います。「先手必勝」治療方針が決まったら思い切ることも必要です。
その治療が適切であれば、自然に妊娠することも夢ではありません。治療が終わった次の月に、早速妊娠される方も決して少なくありません。女性の体の持つ自然の力(妊孕能)の偉大さに、こちらがびっくりしてしまうことも多いくらいです。しかし、中には「体外受精」などの人工的な操作の入った治療を選択せねばならない場合もあります。その肉体的・精神的・経済的負担の大きさは推し量ることができません。これらの治療が必要と考えられる時には十分検討の上、患者さんにご理解頂いてから行っています。

また妊娠や出産の経過がスムースで元気に赤ちゃんが生まれてくるかを心配される方も少なくないと思います。中には流産や産科的なトラブルが生ずる場合も無いとは言えません。 妊孕外来では流産を繰り返してしまうなど、妊娠経過にリスクを持った患者さんのバックアップも専門に行っています。

私たちの願いは母児がともに健やかであり、元気な赤ちゃんを抱っこして喜びを分かち合うことにあります。赤ちゃんを中心としたご家族の新しい生活を祝福し、退院をお見送りするところまでが不妊治療と考えています。ご心配なことがありましたら、お気軽にご相談下さい。

どのような検査が必要なのか

不妊治療に際して、まず始めに不妊の原因をつきとめることが必要です。

妊娠を妨げている主な因子は、排卵に関するもの(排卵がない、良い状態で排卵しない)、卵管に関するもの(卵管が詰まっていたり、卵管切除などで卵子を取り込むことが難しい)、精子に関するもの(精子が少ない、精子の状態が良くない)などです。
この他、子宮に形態的な問題があって着床できないと思われるものや、子宮内膜症が影響しているもの、免疫的な問題などが考えられます。これらの因子について、女性、男性ともにいくつかの検査を行ない、カップルのどこに妊娠を妨げている原因があるのかを探り、治療の方針を立てます。

A.女性が行なう検査

女性の場合は、月経周期の決まった時期に、決まった検査を行ないます。

◇月経時に行なう検査
《血液検査》3つの女性ホルモン(卵胞刺激ホルモン・黄体化ホルモン・プロラクチン)がきちんと分泌されているかを調べます。
《月経血培養》結核による卵管障害は不妊の原因となるため、卵管の閉鎖が疑われる場合には、月経血を培養し、結核菌がいないかどうかを調べます。

◇排卵前に行なう検査
《子宮卵管造影》子宮の状態や、卵管の通り具合を調べるために、膣から子宮内に造影剤を注入してX線撮影をします。(所要時間は 約30分 です。)

◇排卵期に行なう検査
《エストロゲン測定》排卵に先だってエストロゲンというホルモンが体内に放出されているかどうかを、血液検査で調べます。
《超音波検査》排卵に先だって子宮内膜が厚くなっているか、卵胞(卵子を包むふくろ)が大きくなっているかを調べます。
《頸管粘液検査》頸管粘液は、精子に受精能力を与え、精子が子宮内に進入するのを助けるという重要な働きをする粘液です。この粘液がきちんと分泌されているかどうかを調べます。
《ヒューナーテスト》早朝に性交をして来院してもらい、精子が子宮の頚管粘液中で泳いでいるかを調べます。

◇排卵後に行なう検査
《超音波検査》受精卵が子宮に着床するためには、子宮内膜が厚くなければなりません。そこで、超音波で子宮内膜の厚さを調べます。
また、卵胞が破裂し、中の卵子が卵胞外に出ているかも超音波で分かります。卵胞が大きくなり、基礎体温が上昇しても卵胞が破裂せずに卵子が外に排出されない場合は、受精することができません。

◇月経に関係なく行なう検査
《クラミジア検査》クラミジアは性行為によって感染する病気の一つで、不妊や流産の原因にもなります。クラミジアに感染しているかどうかを、子宮の粘膜擦過液や血液検査で調べます。
《抗精子抗体検査》女性にとって精子は異物なので、体内に精子が入ると精子に対する抗体(精子を排除する働きをする) ができる場合があります。抗体ができると受精しにくくなります。この抗体ができているかどうかを、血液検査で調べます。

B.男性が行なう検査

《精液検査》精液量、精子の濃度、運動率、奇形率などを調べます。
4-5日間ほど禁欲し、体調が良い日に採精します。採精してから2時間以内の精子を検査します。精液の状態は毎日変わるので、2~3回検査を受けた方が正確な判断ができます。

不妊治療

不妊治療というと人工授精や体外受精を思い浮かべる方が多いかもしれません。
しかしこれらの補助生殖医療が不妊治療の全てではありません。何よりも大切なのは、不妊の原因を突き止め、その原因を治療などによって取り除くことによって体を正常な状態に戻すことです。体が正常になると自然妊娠も可能です。

不妊治療には以下のような治療方法があります。

A.タイミング指導(排卵日の性交)

超音波で卵巣の中の卵胞の発育や子宮の様子を観察して、もうすぐ排卵しそうだという日を予測します。排卵が予測できたら、性交が指示されるので普通に性交をします。

B.タイミング指導 + 排卵誘発

タイミング指導だけではなかなか効果が得られない場合、排卵誘発剤を投与し排卵する卵子を増やし、より確実に妊娠を目指す方法があります。
内服薬や注射剤があり、注射剤の場合は連日注射のために通院します。
卵巣が腫れたり腹水がたまるなどの副作用が出ることがあるので、慎重に診察を受けながら行います。

C.人工授精

精子が子宮内に到達しにくいときに、人工的に精子を子宮内に入れるのが人工授精です。
人工授精がおこなわれるのは、乏精子症(精子が少ない)など精子に問題がある場合、逆行性射精(精子が膀胱内に排出される)の場合、排卵の時期に分泌される子宮頸管粘液が少ないために精子が子宮内に入っていけない場合などがあります。

まず、タイミング指導と同じように、超音波などで排卵日を特定し(排卵誘発剤を使用する場合もあります)、排卵日に採取した精子を持参してもらいます。精子を洗浄し、受精に必要な能力を得たら、濃縮し、子宮口から子宮の中へ精子を注入します。授精の操作は1分ほどで、痛みはほとんどありません。

D.体外受精

4細胞期の受精卵

精子と卵子を体外の培養器の中で受精させるのが体外受精です。体外受精がおこなわれるのは、子宮外妊娠や卵管閉塞などで卵管が正常に機能しない場合、精子が著しく不良な場合、他の治療を何度行なっても妊娠しない場合などです。

まず、排卵誘発剤を使って、複数の卵子を成熟させて採取します。採卵にかかる時間はだいたい30分です。
次に採取した卵子と精子を培養器の中で混ぜて受精するのを待ちます。受精卵が分裂して4細胞期前後の状態になったら、受精卵(胚)を子宮内に移植します。これを胚移植といいます。
移植する胚の数は、少なければ妊娠率が下がりますし、多すぎれば多胎妊娠が増加します。日本では、日本産婦人科学会のガイドラインで移植胚数は3個以内と規定されていますので、3個以内で良い胚を選んで移植します。
胚移植はふつう採卵の二日後に行ないます。移植後2時間安静にしてから帰宅します。胚移植後はふつうの生活をすることが可能です。

E.顕微授精

顕微受精

受精が成立するためには、精子は卵子の中に入らなくてはなりません。
しかし、精子がほとんど動かない場合や、奇形精子が多い場合、精子に力がない場合には精子が卵子の中に入れないことがあります。このような場合に、顕微鏡をのぞきながら、精子が卵子に入りやすいように処置をしたり、精子を卵子の中に送り込むのを顕微授精といいます。
カップルが受ける処置は、基本的には体外受精と同じです。

Q&A

Q1-結婚して1年たっても妊娠しません。不妊症でしょうか?

A-一般的には、生殖可能な年齢に達した男女が正常な性生活を営んでいるが、2年以上経過しても妊娠しない場合を不妊症といいます。ただ、"2年"というのはあくまでも目安でしかなく、心配になったらその時 点で受診されるのがよいでしょう。
月経異常(不規則、量が多い、10日以上続く など)や月経痛(鎮痛剤を必要とする)がある方、以前に子宮筋腫、子宮内膜症、卵巣のう腫などの病気だった方は、早めに受診されたほうがよいでしょう。

また、男性の方は、精液検査のみのことが多いですし、不妊治療は夫婦の共同作業ですから、男性も一緒に受診されることをお勧めします。

Q2-以前に中絶したことがあって心配です。

A-中絶をすると不妊症になりやすいとよく言われますが、実際はそのような例はほとんどありません。
現在の中絶手術は、妊娠の週数に適した方法で安全に行なわれ、術後に抗生物質(細菌を殺す薬)や抗炎症剤(炎症を抑える薬)を投与されますので、不妊などの後遺症の心配はいりません。
心配なときは医師に相談するのがよいでしょう。医師は、患者のプライバシーに関することはたとえ御家族であっても口外しませんので安心して下さい。

Q3-ダイエットしたら月経が無くなりました。妊娠できるでしょうか?

A-美容上の理由でダイエットするときは、徐々に年単位で体重を減らさないとGn-RHというホルモンの分泌が抑制されやすく、月経不順や無月経になりやすいです。
極端な体重減少の場合は、食行動が変化し著しいやせが特徴の神経性食思不振症や、副腎皮質機能が低下するアジソン病などの疾病のこともありますので、きちんと受診されて検査を受けることが大切です。
単なる体重減少性無月経であれば、まず体重を戻すことです。徐々に元に戻せば月経は再開することが多いのですが、無月経のまま1年以上放置しておくと回復しにくくなります。月経が戻らないときは、ホルモン療法をする場合があります。

急激に体重を落としたり、標準体重を大幅に下回る場合は、月経異常が起こりやすくなりますので、ダイエットをするときには少しずつ適正な範囲内で行いましょう。

Q4-太りすぎは妊娠に影響しますか?

A-体脂肪が増えると、血糖を調節するインスリンというホルモンが多く分泌され、これが月経異常をひきおこします。
また、体脂肪の中に蓄積されている卵胞ホルモン(エストロゲン)の一部が男性ホルモンに変化してしまうために、排卵障害がおこると考えられています。
標準体重にまで体重を減らせば、排卵が始まるケースがほとんどですが、肥満の中には多嚢胞性卵巣症候群である場合があり、その際には治療が必要になります。
(多嚢胞性卵巣症候群:卵巣の表面がかたくなって排卵しにくくなる病気です。多毛、にきび、肥満などの症状を伴うことがあり、男性ホルモンの増加がみられます。)

Q5-前回稽留(けいりゅう)流産で胎児が育っていないと言われました。次の妊娠は大丈夫でしょうか?

A-稽留流産というのは、子宮内に胎盤のもとが形成されたにもかかわらず、胎児が死亡して吸収され存在しない状態をいいます。
妊娠初期に胎児が正常に発生しない原因は、50%近くが染色体異常もしくは重篤な奇形を合併していると言われています。何回もこのような胎内死亡を繰り返すときは、両親の詳しい検査をしなくてはなりませんが、たまたま1回の流産であれば、偶然のできごとですのであまり心配される必要はありません。次回の妊娠に影響を与えることはほとんどないと考えられます。

Q6-流産を繰り返していますが、どういう検査を受けたらよいでしょうか?

A-流産を3回以上繰り返したときは、その原因を精査することが大切です。
子宮に原因のあることも多く、子宮奇形や子宮筋腫があるかどうかを確認するために、超音波や子宮卵管造影検査(子宮と卵管のX線写真を撮る)があります。
内分泌疾患や感染症などでも流産を繰り返すこともありますが、これは血液検査を行います。
まれに両親の染色体異常があって流産を繰り返していることもありますので、場合によっては染色体検査を受ける必要もあります。自己免疫疾患やその類似疾患で流産が繰り返されることもあります。

Q7-ピルをのむと将来不妊症になるのではないかと不安です。

A-ピルをのむことにより、不妊症になることはありません。
ピル内服後に一過性の月経不順になる人がいますが、そのほとんどがまだ月経が安定しない若年期に使用した場合です。その場合も自然におこった月経異常で、ピルのせいではないと考えられる場合が多いです。
むしろ、ピルを用いることにより月経周期や量が一定する、生理が軽くなる、子宮や卵巣の癌の頻度が減るなどの副効用も多くあり、現在は副作用の少ない低用量ピルが市販されていますので、希望のある方は産婦人科医に相談して下さい