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  • 生物学コースの東城幸治教授を含む研究グループがカメムシ類の吸収型口器についての研究成果を発表しました。

カメムシ類の胚発生過程から読み解く
“吸収型口器”(いわゆる刺し口) の起源

2025年5月19日
【研究成果のポイント】
●小顎板が小顎の端肢節から形成される様子を連続的に観察し、小顎鬚との相同性を形態学的に明らかにした
●カメムシ目昆虫を特徴づける吸収型口器 (刺し口) の主要部分である「鞘」状構造が下唇の端肢節から形成される様子を連続的に観察し、下唇鬚との相同性を形態学的に明らかにした
●吸収型口器の形成過程を形態的に追跡することで、カメムシ目昆虫における口器進化の理解に新たな知見を提供した
【研究内容】
 広島修道大学の鈴木智也 助教 (研究着手当時の所属:信州大学)、信州大学大学院 (研究着手当時) の谷澤崇 氏、日本女子体育大学の鈴木信夫 名誉教授、信州大学の東城幸治 教授からなる研究グループは、カメムシ目昆虫の吸収型口器の進化的背景を探るため、コオイムシを対象にその胚発生過程を詳細に明らかにしました。
 昆虫の口器は、食性や生活様式に応じて多様な形態へと進化してきました。なかでもカメムシ目の昆虫では、植物や動物の体液を効率よく吸収するために、「吸収型口器」と呼ばれる特殊な針状の口器を獲得しています。カメムシ目は不完全変態昆虫の中で最も種多様性が高く、この吸収型口器の獲得が多様化の重要な要因の一つと考えられています。
 しかし、吸収型口器がどのように形成されるのか、またその各部位が一般的な昆虫の「咀嚼型口器」のどの部分と相同であるのかについては、これまで諸説あり、学術的なコンセンサスは得られていませんでした。特に、吸収型口器の基部に見られる「小顎板」は他の昆虫には存在せず、その起源については不明な点が多く残されていました。
 今回、研究グループはカメムシ目の一種であるコオイムシを用いて、吸収型口器の形態形成を胚発生の初期段階から詳細に観察し、その過程を10のステージに分けました。さらに、吸収型口器の大部分は、一般的な昆虫では短い触角状の構造をもつ「下唇鬚」に由来することが明らかになりました。また、小顎板は、同様に触角状の「小顎鬚」に由来していることが示されました。
 本研究は、吸収型口器の進化的起源や構造の相同性に関する理解を大きく前進させるものであり、今後の比較発生学的および分子生物学的研究において重要な形態学的基盤を提供することが期待されます。

 本研究成果は 2025年5月15日に国際誌『Journal of Morphology』で公開されました。本論文はオープンアクセスです。また、詳細は添付の資料をご確認ください。

【発表論文タイトル】
Embryonic development of Appasus japonicus Vuillefroy, with special reference to mouthparts formation (Insecta: Heteroptera, Belostomatidae)

【著者】
広島修道大学 人間環境学部 (研究着手当時の所属:信州大学 理学部) 鈴木智也
信州大学大学院 工学系研究科 (研究着手当時) 谷澤崇
日本女子体育大学 (研究着手当時) 鈴木信夫
信州大学 学術研究院理学系 (理学部理学科生物学コース) 東城幸治

【雑誌】
Journal of Morphology

【論文へのリンク(DOI)】
https://doi.org/10.1002/jmor.70052

【研究助成】
1) 科学研究費助成事業
研究課題名:「父親が単独で仔育てを行う特殊な亜社会性システムの進化・維持機構の解明」
研究種目:科研費基盤B
研究課題番号: 23K21332 (21H02550 ※2021~2023)

2) 科学研究費助成事業
事研究課題名:「コオイムシのユニークな繁殖生態の真髄に迫る日韓共同研究」
研究種目:国際共同研究加速基金(国際共同研究強化(B))
研究課題番号: 22KK0103
【研究の背景と経緯】
昆虫の口器は、咀嚼、吸収、舐め取りなどさまざまな摂食様式に適応し、極めて多様な形態を示します。なかでもカメムシ目は、植物の篩管液や動物の体液などを効率的に吸収するため、「吸収型口器」と呼ばれる針状の構造を進化させました。この口器は、口針 (大顎と小顎が変形した針状構造) と、それを収納する鞘状の下唇から構成されており、カメムシ目全体に共通する基本構造となっています。カメムシ目は不完全変態昆虫※1の中で最も種多様性が高く、吸収型口器の獲得がこの多様化の一因であると考えられています。一方で、この吸収型口器の各構造が咀嚼型口器をもつ昆虫のどの部分と相同であるかについては、研究者の間で見解が分かれており、明確なコンセンサスは得られていませんでした。たとえば、口針の基部にみられる「小顎板」は他の昆虫には見られない構造であり、その相同性や発生過程については未解明の点が多く残されています。そこで本研究では、カメムシ目の一種であるコオイムシの胚発生過程を詳細に観察することで、吸収型口器の構造がどのように形成されるのか明らかにすることを目的としました。
【研究の成果】
 本研究では、胚 (細胞核) を特異的に染色して光学顕微鏡や蛍光顕微鏡を用いて観察したほか、必要に応じて組織切片を作成するなどして、胚の内部組織の観察を実施しました (図1-3)。また、コオイムシの胚発生※2を10段階のステージに分け、それぞれの段階における口器構造の形成過程を、実体顕微鏡および走査型電子顕微鏡を用いて詳細に観察しました。
 その結果、小顎板については、小顎の発生過程において、胚発生ステージ6の時点で基肢節と端肢節に分節化している様子が確認できました (図4)。その後、端肢節が肥大化し、外側に突出することで小顎板が形成される過程が観察されました。一般的な昆虫では小顎の端肢節が小顎鬚へと分化することが知られており (図5)、本研究で観察された形態の連続的変化は、小顎板が小顎鬚と相同な構造であるという先行研究の仮説を支持するものです。ナガカメムシの仲間に関する別の先行研究では、遺伝子の発現パターンから小顎板はカメムシ目で独自に獲得された新奇形質であり、小顎鬚とは起源が異なるという可能性が示唆されていました。このような見解の齟齬の背景には、遺伝子の発現パターンの解釈の困難さがあります。本研究では、小顎の端肢節 (すなわち小顎鬚) が小顎板に分化していく形成過程を連続的に観察することができ、形態学的な証拠として新たな知見を加えることができました。
 また、下唇は発生ステージ4以降、腹部末端方向に伸長を始め、ステージ6から7にかけて著しく伸長して筒状構造を形成しました。ステージ8では、内部に小顎刺針と大顎刺針が収納される「鞘」としての形態が完成していることが確認されました。このような構造は、他のカメムシ目昆虫にも共通して見られる特徴です。また、下唇についても小顎と同様にステージ6の時点で基肢節と端肢節に分節化し、「鞘」構造の大部分が端肢節によって形成されていました。したがって、カメムシ目昆虫の口器の主要部分である「鞘」構造の大部分が下唇鬚によって形成されており、吸収型の摂食に適応していく際の重要な進化的改変と考えられます。
 このように、本研究ではコオイムシにおける小顎板と下唇の発生過程を明らかにすることで、半翅目昆虫における吸収型口器の形態進化を理解する上で重要な基礎的知見を得ることができました。特に、小顎板が端肢節由来であることを形態観察により示した点は、構造の相同性をめぐる議論に対して形態学的な裏付けを提供するものです。
【今後の展開】
 今後は、本研究で明らかにした形態的知見をもとに、他のカメムシ目昆虫や、カメムシ目昆虫に近縁なアザミウマ目昆虫、カジリムシ (チャタテムシ) 目昆虫などとの比較研究を通じて、より包括的な口器進化のシナリオの解明を目指します。 

【用語解説】
注1)不完全変態昆虫
卵から孵化した幼虫が、さなぎの段階を経ずに成虫になる昆虫のこと。
注2)胚発生
受精卵が細胞分裂を繰り返しながら、孵化する幼虫の体の基本構造や器官を形成していく過程のこと。
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