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菌類の生き様と植物との関わり合いを解明する

植物寄生菌類は植物に寄生して生活する従属栄養生物で、その寄生生活は宿主である植物とのさまざまな相互作用の上に成り立っています。
シダ植物や針葉樹などの裸子植物さらに多数の農作物や有用植物を含む被子植物に寄生し、鉄さび色の病徴を生じるさび菌類はいわゆるキノコ類と同じ担子菌類に属する菌類の一群です。
さび菌類は生きた植物にのみ寄生し、形態的・生態的に異なる多くの胞子世代からなる複雑な生活環をもっています。また、さび菌類の中にはその生活環を全うするために異なる植物種の間で宿主を交代する種も数多くあり、その生態はたいへんユニークなことがよく知られています。とくにこれらのさび菌類の分類・系統や生態に関する研究を行っています。

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(左)ハイマツ発疹さび病(右)ヒバ天狗巣病

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中部山岳地のハイマツ発疹さび病菌の生活環

1.針葉樹に寄生するさび菌の発生生態と生活環の解明
中部山岳地や東北・北海道の山地にはモミ属、トウヒ属、ツガ属、マツ属などの針葉樹が多く生育し、しばしばまとまった針葉樹林帯を形成しています。これらの針葉樹林にはさまざまなさび菌の発生が知られ、それらの大部分は特定の針葉樹の種と針葉樹林内に生育するシダ植物や被子植物などの他の植物種との間を行き来して生活環を繰り返していると考えられています。
しかしその中には生活環がまだ明らかにされていないものも多く残されています。そのため、とくに中部山岳地の亜高山帯林を中心に針葉樹さび病の発生調査を行ってその発生生態を明らかにするとともに接種実験や遺伝解析による生活環の解明に取り組んでいます。

2.さび菌類における寄生性分化と種分化の解析
さび菌類は生きた植物にしか寄生関係を結ぶことができないことから、宿主植物との関係はきわめて微妙かつ密接なものとなっており、一般に1つのさび菌種が寄生性を示す植物種は1属の中の数種あるいは近縁な数属に限られています。
また、一方でムギ類のさび病のように農作物に寄生するさび菌類では、同一種のさび菌種の中に作物の品種レベルで寄生性に分化を生じた個体群が存在することがよく知られています。さび菌類にとって宿主植物との寄生関係はその存在に関わるもっとも重要なものであり、そのため宿主植物における生理・生態的な変化はさび菌のさまざまな性質に直接影響を及ぼすことになります。
したがって、さび菌類は宿主植物との相互関係を通じ、宿主植物の種分化と分布の変遷にともなって、その種分化や系統進化を生じてきたと考えられています。
農作物に寄生するさび菌類と比較して野生植物に寄生するさび菌類では寄生性分化の実態はまだ十分明らかにされていませんが、とくに針葉樹に寄生するさび菌類を研究対象として、多数の地域個体群を用いた接種実験・形態観察・遺伝解析を通してさび菌類における寄生性分化と種分化の関わり、さらにはさび菌類と植物の共進化といった問題についてアプローチしています。

今津 道夫