受験生向け研究紹介

奥山 和美

理学科 物理学コース 素粒子理論分野

超弦理論-重力と量子論の統一を目指して-

現在の研究テーマ:超弦理論
一般相対性理論と量子力学

 20 世紀の前半は理論物理学の大きな転換が起った時代です。特に,一般相対性理論と量子力学の発見はそれ以前の自然観を根底から変えてしまう程の大事件でした。一般相対論は星の運動や宇宙の発展などの大きいスケールの物理現象を理論的に調べるのに用いられます。一方の量子力学は原子や分子などのごくごく微小なスケールの物理現象を考える際に重要になってきます。

アインシュタインの作った一般相対性理論によると,非常に大きな質量を持った星の周りでは,星の引力によって光ですら外に出られなくなり,いわゆるブラックホールができると考えられています。このようなブラックホールの存在は,はじめは理論的に導き出されたのですが,最近の天文学の発達によって観測的にも存在が確認されるようになってきました。有名なところでは,我々の銀河系の中心には太陽の100万倍もの質量があるような巨大なブラックホールがあると信じられています。

一方,量子力学によると物体の運動は決った軌道を持たず,いろいろな軌道を描く運動を足しあわせることによって,観測できる最終状態の確率が計算できると考えます。このような量子論の考え方にもとづいて,例えば水素原子から放出される光がある決った波長を持つ輝線スペクトルとして観測されることを理論的に説明することができます。

しかしながら,このように物理現象をうまく説明できる一般相対論と量子力学を一緒に考えようとすると,とたんにうまくいかなくなります。どうして世の中はこうもうまくいかない事ばかりなんでしょう!

実はうまくいかない理由はある程度わかっています。これは質量を持つ物体の「大きさ」が一般相対論と量子力学で反対の振舞いをすることに関係しています。一般相対論によるとブラックホールの大きさは質量に比例します。一方,量子力学によると物体は波のように振舞い,その波長はその物体の質量に反比例します。つまり,物体の大きさの目安となる長さは,重力では質量に比例し,量子論では質量に反比例する,という具合に完全に反対になっていて,これが重力と量子論を一緒に考えることが難しい原因なのです。

超弦理論とは?

 では重力と量子論を一緒にするにはどうしたらいいのでしょうか。超弦理論を考えればいいのです! これは物質の究極の構成要素は,粒子ではなくひも(弦ともいう) であるという考えです。では,何故ひもを考えるといいかというと· · · 続きを知りたい人は信州大学に入学して研究室に遊びに来てください。
さよなら,時空
私が大学に入学したばかりの頃,車椅子の理論物理学者ホーキング博士がちょっとしたブームで,彼の書いた本「ホーキング宇宙を語る」がベストセラーになっていました。その本の英語版「Brief History of Time」をその頃本屋で見つけて,私も読んでみました。大学に入ったばかりで物理についてあまりよく知らなっかたせいもあり,内容はほとんど理解できませんでしたが,重力と量子力学を一緒に考えるのは難しいというようなことが書いてあって,将来はそんなことを研究してみたいな,とぼんやり思ったのを覚えています。その本のあるページに,トランプのキングのカードの絵があって,それを180 度回転してもまた元の図柄に戻るという話が書いてありました。これがグラビトン(重力子) のスピンが2 であることを易しく説明するための図だったとわかったのはずいぶん後になってからでした。このホーキングの本には超弦理論のこともちょっと書いてあって,確かこんな感じの絵が載っていました(もしかすると多少違っているかもしれません)
左の絵は2 個の粒子がやってきて合体して1個になって出ていくという図です。右の絵は輪っかになった2 つのひもがやってきて合体して1 つになるという図です。ホーキングの本には右の絵のようなひもの相互作用を考えると重力と量子論を一緒にする時に出てくる問題がうまくいくかもしれないと書いてありました。この本を読んだ当時は,「へー,そういうのもあるのか」と思ったくらいで,将来超弦理論を研究したいとは特に思いませんでした。

しかし,私が大学院に入った頃は超弦理論の研究で世界的に大きな発展があった時期で,今研究するとしたらこれしか無い,という雰囲気が溢れていたので,自然に私も超弦理論の研究へと向っていきました。しかし研究の内容としては,重力と量子論の統一というよりは,むしろ超弦理論の様々な不思議な性質を調べることが中心になっていました。

私は長らく海外で研究員として過した後,2006 年に信州大学にやって来ましたが,最近は研究員時代にはなかなか考える余裕が無かった問題,大学に入ったばかりの頃に興味を持った重力を量子力学を一緒にするという問題を考えています。だんだんはっきりしてきたのは,我々が普段何気無く受け入れている「時空」という考え方は最終的な理論では捨ててしまったほうがいいのではないかということです。時空というのは時間と空間を合わせたもので,アインシュタインの一般相対論の舞台となるところです。しかし,量子論を考えると時空というのは古典的な概念で,量子論では存在しない可能性があります。でも,時間も空間も存在しないとしたらどうやって物理現象を記述したらいいんでしょう?

ここで,量子力学が誕生したばかりの頃のボーアの言葉が参考になると思います。

「私たちは今,物理学の新しい領域にいますが,そこでは古い概念は使えそうにないことがわかっています。しかしながら,何かを語るには言葉が必要ですが,その言葉は古い概念から,古い用語体系から借りてくるしかありません。」

超弦理論は未完成の理論ですが,完成した暁には時空という概念も新しい物理を語るための古い言葉になっているかもしれません。

最後に,論語のなかの次の一節を紹介したいと思 います。

「子,武城に之きて,弦歌の声を聞く。夫子莞爾として笑ひて曰く,鶏を割くに焉くんぞ牛刀を用ひん。」

超弦理論という牛刀を用いて,重力の量子論を理解したいというのが私の夢です。
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