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全研究総覧

伝統野菜'下栗芋'のウイルスフリー維持のための種イモ選抜法 【地域】 飯田市上村 下栗地区

はじめに

本研究はアルプス山麓山村,具体的には飯田市上村下栗地区を対象として,地域に伝承する食文化とそれを支える伝統野菜の維持継承を農学分野の持つ技術によって支えることにより,中山間集落の再生と活性的な持続構造をもつモデルを実証しようとするものである。
我々のこれまでの研究から,‘下栗芋’は江戸中期(18世紀後半)から下栗で栽培が始まったこと,‘下栗芋’と起源品種を同じくする在来ジャガイモ品種が少なくとも全国6カ所で栽培されていること,また,それらの栽培地はいずれも中央構造線上に点在していること,さらにこれらの在来品種は全て重度のウイルス感染していることなどが明らかとなった。
このように在来ジャガイモ品種は遺伝資源としても文化財としても貴重であることがわかるが,ウイルス感染による生育不良と収量・品質低下はどの栽培地にあっても甚だしく深刻で栽培は漸減していて,こうしたそれぞれの栽培地で食文化の核ともなってきた在来品種の衰退は,そのままその地域の活性低下となって現れている。
このような現状をふまえて本研究では,Ⅰ.基礎技術の開発レベルとして,‘下栗芋’の系統分化の把握と優良系統の選抜,優良系統のウイルスフリー(以下フリー)作出と増殖,フリー種イモの配付による全面的フリー化栽培への移行,簡便なフリー維持方法の確立を図り,次いで,Ⅱ.分野間の技術総合化レベルの,生産者および栽培面積の拡大による担い手の育成と耕作放棄地の解消を目指す一方,伝統的食文化の再認識と伝統野菜を利用した新たな事業展開なども進めながら,本プロジェクトの目標とする1つのモデル構築を目指す。
本年度はこのうちのⅠ.基礎技術の開発レベルにあたる,フリー維持のための簡便な維持方法について検討した。

方法(調査地)

試験地:飯田市上村下栗および信州大学農学部実験圃場
方法:
1 栽培者23戸から収集して茎頂培養によりフリー化した23系統の中から,特に形質の優れる1系統を選抜して,H20年に農学部実験圃場の隔離施設で増殖した種イモを露地条件下の下栗圃場で増殖した(図1)。
2 簡便なフリー種イモの維持増殖のため,収穫まで日数と塊茎へのウイルス感染の関係を明らかにすることを目的として実験を行った。実験は農学部実験圃場で行い,現地配付と同じ‘下栗芋’フリー種イモを供試した。4月18日にフリーおよび感染種イモを植え付け後(図2),51日(6月8日),60日(6月17日),67日(6月24日),77日(7月4日),102日(7月29日)に収穫し,1株当りの塊茎数,塊茎重およびPLRV,PVYのウイルス感染状況を調査した。

結果と考察

①収穫した塊茎を,任意に抽出した30個体についてELISA法による種のウイルス検定を行った結果,ウイルス感染が認められなかったので,H23年栽培の種芋として全栽培者に配付した。これによりH20年のフリーイモのテスト栽培,H21年のフリー種イモの本格導入を経て,‘下栗芋’の優良系統の選抜とフリー化の段階は達成された。
3 塊茎数および塊茎重はそれぞれ,植え付け後51日で18.6個,31g,60日で19.0個,106g,67日で18.8個,191g,77日で29.2個,591g,102日で31.2個,914gであった。また,ウイルス感染率は67日で39.4%,77日で60.7%,102日で88.3%と,収穫まで日数が経過するほど収量は増加したが,ウイルス感染率も高まることが明らかとなった。本実験はフリー種イモと感染種イモの混植で行ったため,早期収穫でも塊茎へのウイルス感染がみられたが,全面フリー化となり,他品種の栽培もほとんどない現在の下栗の環境下では,露地圃場での栽培でもフリー種イモの獲得は可能と判断される。具体的な種イモ収穫時期としては,一般的な収穫期である植え付後100日前後より早い約70日の収穫が,種イモの確保数とより安全なフリー種イモ維持の面から適当であると考えられる。

今後の方針と計画

昨秋から内川先生研究グループと共同で,下栗地区での戦後からの土地利用の変遷を航空写真の分析と住民の聞き取りから調査を開始した。本調査では,社会状況の変化やインフラ整備などによって,土地利用形態や農村社会がどのように変化していったのかを把握し,生産の場としての中山間地域の位置づけを明確にしたい。
またさらに調査を進め,閉鎖された環境にあって多様な作物が栽培されていたなかで ‘下栗芋’だけが伝統野菜として残った要因を究明することで,中山間地域文化の形成要因とその継承の必然性を明らかにしたい。
以上のような分析結果をふまえて,伝統野菜(作物)の改良事業によって起こる中山間地域の変化を,‘下栗芋’ウイルスフリー化事業を1つのモデルとして検証することで本研究の結論としたい。

研究者プロフィール

大井 美知男
教員氏名 大井 美知男
所属分野 農学部 食料生産科学科 植物資源生産学
兼担研究科・学部 大学院総合工学系研究科
所属学会 園芸学会、日本育種学会、生物環境調節学会、長野県園芸研究会
SOAR 研究者総覧(SOAR)を見る
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