信州大学 繊維学部技術データベース

Research Seeds

PDF 衣服の波長域別日射熱遮蔽性能の表示法に関する研究

【大分類:7. デサントスポーツ科学 小分類:7.34 Vol.34

 要旨

 100%綿Tシャツ,100%ポリエステルTシャツ,40%ポリエステル/60% 綿混紡ズボン,100%麻の布,100% シルクTシャツの近赤外光および可視光の透過率と反射率を屋外日射環境下にて実測した.近赤外光域の透過率・反射率はIR-80フィルターで日射計を覆うことにより測定した.5つの生地の平均近赤外光反射率は反射率が0.56,透過率が0.31,吸収率が0.13であり,近赤外光の透過率,反射率,吸収率は色に依存せずほぼ一定値を取ることが示された.衣服,皮膚表面の正味の近赤外光,可視光吸収率を考慮した日射作用温度の式を提案し,平均皮膚温予測式に導入した.衣服の近赤外光透過率を0とした場合と,色を黒から白へ変更した場合との暑熱負担低減効果を平均皮膚温により試算した結果,両者の低減効果はほぼ同等であった.

 緒言
 
 厚生労働省の人口動態統計1)によると,1994年以降熱中症による死亡数,年齢調整死亡率は共に増加傾向にあり,2010年には1700名以上という過去最高の死亡数を記録した.さらに今後の高齢化社会の進展に伴い熱中症患者は益々増加するものと考えられ,温熱的な環境安全への配慮が早急に対応されるべき問題となっている.屋外日射環境下での熱中症予防対策として,衣服の日射遮蔽性能を向上させることが考えられる.申請者らはこれまで素材・構造の異なる衣服の日射反射率,日射透過率,日射吸収率を実測してきた2-5).その結果,日射反射率が高いことはもちろんのこと,同じ日射反射率でも日射透過率が低く日射吸収率が高い衣服の方が暑熱負担は小さいことを明らかにした3).このことから衣服の日射遮蔽性能を評価するためには日射反射率のみならず日射透過率も加味する必要がある.また衣服の日射反射率,透過率は可視光域と近赤外光域で異なる特性を示すことが過去の知見から明らかとなっている6).しかしその実測例は少なく様々な衣服素材,構造において体系的には明らかになっていない.そこで本研究では,衣服の可視光域,近赤外域別の日射反射率,日射透過率の実測を行なうことを第一の目的とする.
 また,紫外線遮蔽性能を表示する指標としてSPF等が挙げられる7),今後,シャツなどを販売する際に紫外線遮蔽性能のみならず日射遮蔽性能を表示することが考えられるが,可視光域,近赤外域におけるSPFのような評価指標が必要であると考えられる.さらに近年,近赤外光域での日射反射性能の高い高反射率塗料を用いた道路の舗装などが行なわれてきているが,今後近赤外光域での日射反射性能を向上させた衣服が開発される可能性もある.そこで衣服の可視光式,近赤外光域での日射遮蔽性能を評価するために日射作用温度と平均皮膚温予測式8,9)を用いて検討することを第二の目的とする.
 
 1 .方法
 
 1.1 実験に使用した衣服
 実験には100%ポリエステルTシャツAと100%綿TシャツE, 40%ポリエステル/60%綿混紡ズボンF,麻100%の布生地T,シルク100%の半袖TシャツKの5種類を用いた.A,E,F,J,Kそれぞれの色,素材,厚さ,有孔率を表1に示す.厚さは定圧厚み測定器(FFA-11,尾崎製作所)を使用して測定した.有孔率は,蛍光灯光源上に設置した衣服を携帯型顕微鏡(STV-40M,KENKO)とデジタルカメラで撮影し,画像を二値化処理することにより得た白の面積割合とした.また,衣服の表色値を表2に示す.表色値は,色彩色差計(CR-400,コニカミノルタ)を用いて,マンセル表色系,XYZ表色系,L*a*b*表色系の3種類で記録した.測定の際は,衣服の下部に黒画用紙を設置した.
 
 1.2 波長別の日射透過率,日射反射率の実測
 衣服の日射透過率,反射率の測定には,全天日射計(MS-601F,英弘精機)とアルベドメーター(CM3,Kipp&Zonen)を用いた.図1に示す通り,2つの全天日射計の一方の受光部を内側が黒色,外側が白色の紙で囲い,その上部を試験体の生地で覆うことで透過日射量ITを測定し,全天日射量IGとの比を日射透過率τcl,とした.もう一方には囲いの上部に近赤外日射のみを透過するフィルター(IR80フィルター,FUJIFTLM)を設置しており,透過近赤外日射量IT-NIRを測定し,全天近赤外日射量IG-NIRとの比を近赤外光透過率τcl-NIRとした.日射反射率ρcl,と近赤外光反射率ρcl-NIRは,図2に示す通り,全天日射計と同様に受光部に囲いを施した2つのアルベドメーター(一方にはフィルターを設置)の下方に生地を置き,実測した全天日射量IG,反射日射量IRF,反射近赤外日射量なIRF-NIRとアルベドメーターから見た生地の形態係数Fを用いて式(1),(2)より算出した.
 
 ※式はPDFでご確認ください (1)
 
 ※式はPDFでご確認ください (2)
 
 生地下部からの反射日射の影響を防ぐために,黒色銅板(40×45cm)を設置し,銅板の上に生地を設置した.衣服の日射吸収率αclと近赤外光吸収率αcl-NIRは日射透過率・日射反射率・日射吸収率の和が1となる式(3)より算出した.
 
 ※式はPDFでご確認ください (3)
 
 また,全波長域日射から近赤外日射を引いたものを可視光日射とし,可視光透過率τcl-V,可視光反射率ρcl-V,可視光吸収率αcl-V,を求めた.
 実験場所は,北海道大学工学部(6階建)屋上の塔屋と転落防止柵に囲まれたスペース内である.測定は2012年6~8月に行われ,測定時の太陽高度は60~70°の範囲内にあった.実験日はいずれも晴天日で直達日射のある状況である.また,実験日とは別に2台のアルベドメーターと日射計の日射量補正係数を決定するために測定日を設け,衣服とフィルターを設置せずに日射量の測定を行った.この結果よりアルベドメーターと全天日射計の日射量の補正を行っている.実験手順として,まず生地を設置しない状態で屋上表面の反射率を測定した.その後Tシャツ等の透過率と反射率を5分毎に同時測定することを繰り返した.なお黒銅板の反射率はほぼ0に近いことを確認している.
 
 2.結果
 
 図3に視感反射率と全波長域日射反射率ρclの関係を示す.既報2)において全波長域日射反射率の測定を行った際には視感反射率との間に正の相関関係がみられた.今回の実験でも同様の傾向を示している.
 図4に視感反射率と近赤外反射率ρcl-NIRの関係,図5に視感反射率と可視光反射率ρcl-Vの関係を示す.近赤外光反射率ρcl-NIRは色によらず0.5~0.6程度でほぼ一定の値であった.一方,可視光反射率ρcl-Vは視感反射率が大きくなるにつれて増加しており,衣服の全波長域日射反射率の増加は可視光反射率の増加の影響によるものと考えられる.
 図6は視感反射率と全波長域日射透過率の関係を表わしている.こちらも既報と同様に視感反射率の増加とともに日射透過率もやや増加していることがわかる.図7に視感反射率と近赤外光透過率τcl-NIRの関係を示す.衣服によりばらつきはあるものの,近赤外光日射量のうち2~4割程度が透過している.図8は,視感反射率と可視光透過率τcl-Vの関係を表わしている.反射率と同様に,視感反射率に対する可視光透過率の増加が全波長域日射透過率の増加に影響していると考えられる.
 図9に視感反射率と全波長域日射吸収率の関係を示す.色が明るくなるほど日射吸収率は減少していることがわかる.図10に視感反射率と近赤外光吸収率αcl-NIRの関係を示す.吸収率は2割以下であり,衣服は近赤外光を殆ど吸収していないことがわかる.図11は,視感反射率に対する可視光吸収率の変化を表わしている.視感反射率0付近で可視光吸収率は1に近くなり,色が明るくなるとともに吸収率は減少している.
 図12に黒服のみの有孔率と各波長の透過率との関係を示す.衣服F(ズボン)は有孔率が0のため,可視光透過率はほぼ0であった.最も有孔率が高いKは透過率が最も高くなった.どの波長域においても有孔率が高い(編目が粗い)ほど透過率は高くなるようである.
 以上の結果より近赤外光の反射率,透過率,吸収率の衣服別平均値を求めると表3のように示された.全ての衣服の平均値は反射率が0.56,透過率が0.31,吸収率が0.13であった.麻の布Jの吸収率はやや高く0.23であった.
 また全日射量に対して衣服が波長別に反射,透過,吸収する割合を衣服Aについて示したのが図13である.可視光の反射率や吸収率は色に対して変化しているのに対し,近赤外光の反射率や吸収率は色に関わらずほぼ一定値を示していることがわかる.特に近赤外光透過率は全日射量のうち11~12%を占めていることが明らかとなった.
 
 3.日射作用温度,平均皮膚温予測式への導入
 
 著者らは,皮膚表面と衣服表面の正味の日射吸収率を加味した日射作用温度9)を提案している.人体の日射受熱量を可視光域と近赤外域にわけて考慮するために,日射作用温度を正味の近赤外光吸収率と可視光吸収率に分けて記述することを試みる.近赤外光,可視光とも同様に衣服と皮膚の間を多重反射すると仮定すると,皮膚表面における正味の近赤外光吸収率αskin-NIRと可視光吸収率αskm-Vは以下のように表わされる.
 
 ※式はPDFをご参照ください (4)
 
 ※式はPDFをご参照ください (5)
 
 ここで,τcl-NIR,τcl-V;衣服の近赤外光,可視光透過率[-],ρcl-NIR,ρcl-V;衣服の近赤外光,可視光反射率[-],αsk-NIR,αsk-V;皮膚表面の近赤外光,可視光吸収率[-].
 同様に衣服表面の正味の近赤外光吸収率αclm-NIRと可視光吸収率αclm-Vも以下のとおり表わされる.
 
 ※式はPDFをご参照ください (6)
 
 ※式はPDFをご参照ください (7)
 
 著者らは,着衣のぬれと日射を考慮した顕熱流密度qrcとして以下の式を得ている9).
 
 ※式はPDFをご参照ください (8)
 
 ここで,krc;顕熱流率[W/(m²K)],tsk;平均皮膚温[℃],tope;環境作用温度[℃],Rs;衣服外表面の顕熱抵抗[m²K/W],fcl;衣服面積率[-],Isun,cl;衣服外表面に到達する日射量[W/m²].
 式(8)のαclmIsun, clが衣服表面の正味の日射受熱量,αskmIsun, clが皮膚表面の正味の日射受熱量を表している.ここで日射受熱量を近赤外光受熱量と可視光受熱量の和として考えると,式(8)は式(9)のように表わされる.
 
 ※式はPDFをご参照ください (9)
 
 Isun,cl-NIRとIsun,cl-Vは人体表面に到達する近赤外,可視光日射量を表し以下のように表わされる.
 
 ※式はPDFをご参照ください (10)
 
 ※式はPDFをご参照ください (11)
 
 ここで,Ap,cl;人体投影面積[m²],Acl;着衣表面積[m²],Aef,cl;有効放射面積[m²],Fp-sky;人体から見た天空の形態係数[-],Fp-gr;人体から見た地面の形態係数[-]IDN;直達日射量[W/m²],ISH;天空日射量[W/m²],IRH;反射日射量[W/m²].
 日射作用温度topusunは以下のとおりである.
 
 ※式はPDFをご参照ください (12)
 
 この式より,波長別の日射量が人体に与える影響を評価することが可能となる.例として,高反射塗料の有無による日射作用温度の違いや近赤外光透過率を抑えた衣服の遮蔽性能の評価などに利用できる.また日射作用温度を,無効発汗に伴う着衣のぬれの影響を考慮した平均皮膚温予測式8,9)に導入することで,日射影響を平均皮膚温に反映させることも可能となる.
 今回実測した衣服AとFを着用した場合の正味の近赤外光,可視光吸収率を試算した(表4).衣服表面の反射率,透過率の全身平均値は,露出部の透過率を1,反射率を0として算出した.可視光の正味吸収率は上下白色,黒色の2色を試算した.皮膚の吸収率はJacquezら10)による黒人と白人の実測結果の平均値を用いた.近赤外光は衣服表面での吸収がほとんど無いものの,衣服透過率が高いため皮膚表面における正味の吸収率は高い.一方,可視光の正味吸収率は衣服の色により異なり,黒っぽい衣服ほど衣服表面での正味の吸収率が高くなることが見て取れる.
 最後に衣服の近赤外光透過率と可視光反射率等の違いが平均皮膚温に及ぼす影響を試算した.8月1日13時の札幌の屋外開放空間に人がいることを想定し,波長別の直達・天空日射量の算出にはBird Model 11)を使用した.地表面はアスファルトを想定し,アルベドは波長に関係無く0.1とした.気温30℃,相対湿度70%,風速0.5m/s,環境作用温度は気温+0.1℃12)とした.代謝量は4met,外部仕事は1.1met,着衣量は0.47cloとして計算を行なった.服装は,①半袖TシャツAと長ズボンFを着用した場合と,①の服装で被服部の近赤外光透過率を0(反射率=1)とした場合とで比較した.図14に視感反射率に対する平均皮膚温の予測結果を示す.色を黒から白に変化させた場合に平均皮膚温が約0.6℃低下しているのに対し,近赤外光透過率を0とした場合にも皮膚温は約0.6℃低下していることがわかる.すなわち今回の計算条件では,色の変更と近赤外光透過率を0とした場合の暑熱負担低減効果はほぼ等しいということができる.衣服の近赤外光透過率を低減させる工夫ができれば,色を変えずとも暑熱負担を低減させることができると考えられる.
 
 4.まとめ
 
 衣服の近赤外光と可視光の透過率,反射率を実測し,衣服表面,皮膚表面における正味の吸収率を試算した.それぞれの吸収率を日射作用温度に組み込み,平均皮膚温予測式に導入した.衣服の近赤外光の特性は,おおむね反射が6割,透過が3割,吸収が1割と見られるが,素材や編目により違いが見られた.また仮に衣服の近赤外光透過率0とした場合と,色を黒から白へ変更した場合との暑熱負担低減効果を平均皮膚温により試算した結果,両者の低減効果はほぼ同等であった.
 
 謝辞
 
 本研究に対し助成賜りました公益財団法人石本記念デサントスポーツ科学振興財団に深謝致します.また本研究の遂行に当たり多大なるご協力を賜りました,北海道大学大学院工学研究院長野克則教授,長谷川拓哉准教授,大学院工学院修士課程の谷地誠氏,南沢慶一氏に厚く御礼申し上げます.
 
 文献

1 ) 厚生労働省大臣官房統計情報部, 1997 /2010, 人囗動態調査, 政府統計の総合窓口, http://www.e-stat.go.jp/
2 ) 桒原浩平, 窪田英樹, 濱田靖弘, 長野克則, 表色値と衣服の日射透過率, 日射反射率, 日射吸収率の関係, 建築学会環境系論文集, 75(654):691/696 (2010)
3 ) 桒原浩平, 窪日英樹, 濱田靖弘, 中村真人, 着衣の色, 素材と日射透過率, 日射反射率, 日射吸収率の関係, デサントスポーツ科学, 32, pp.146~153 (2011)
4 ) 南沢慶一, 桒原浩平, 窪田英樹ほか, 熱中症の予防等暑熱環境評価のための体温予測モデル(第12報), 空気調和・衛生工学会大会, 913/916 (2012)
5 ) 谷地誠, 桒原浩平, 窪田英樹ほか, 熱中症の予防等暑熱環境評価のための体温予測モデル(第11報), 空気調和・衛生工学会大会, 1075/1078 (2011)
6 ) 宮本敦史, 井上 隆ほか, 近赤外日射の反射による都市街路環境への影響に関する研究(第1報)高反射外装材と衣服の日射反射性能評価, 空気調和・衛生工学会大会学術講演論文集. 577-580, (2009)
7 ) 環境省, 紫外線環境保健マニュアル2008, http://www.env.go.jp/chemi/uv/uv_manual.html, (2012)
8 ) 窪田英樹, 棄原浩平, 濱田靖弘ほか, 無効発汗と着衣のぬれを考慮した人体皮膚表面温度の予測, 空気調和・衛生工学会論文集. 137:9/17 (2008)
9 ) 桒原浩平, 窪田英樹, 濱田靖弘ほか, 無効発汗と着衣のぬれを考慮した屋外環境における平均皮膚表面温度の予測, 空気調和・衛生工学会論文集, 144:1/10 (2009)
10 ) Jacquez, J.A., et al., Spectral reflectance of human skin in the region 0.7-2.6μ, J. Appl., 8:297/299 (1955)
11 ) BReDC, Bird Simple Spectral Model, http://rredc. nrel.gov/solar/models/spectral (2012)
12 ) 桒原浩平, 谷地誠, 窪田英樹, 濱田靖弘ほか, 屋外環境の垂直分布・異なる地表面が人体への熱ストレスに及ぼす影響, 第36回人間 -生活環境系シンポジウム報告集, pp.269~272 (2012)

「デサントスポーツ科学」第34巻/公益財団法人 石本記念 デサントスポーツ科学振興財団
研究者名 桒原浩平*1,窪田英樹*2,濱田靖弘*3,中村真人*3
大学・機関名 *1 釧路工業高等専門学校,*2 室内気候研究工房,*3 北海道大学

キーワード

Tシャツ近赤外光可視光透過率反射率平均皮膚温暑熱負担低減効果