医師国家試験のない国の話 

江原  孝史(えはら たかし)准教授  病理組織学  2009.01.30

「医師の国家試験がないんです。」 と、はるばる海を渡りニュージーランドの医学部で病理の教鞭をとっておられる先生の話を聞いたときはびっくりした。調べてみるとほんとにない。どうしてそうなのかというと、ニュージーランドには医学部のある大学が2つしかなく、人口も400万人にすぎない。卒業生も2校あわせても数百人にしかならないので、試験をやる意味がないのである。それぞれの大学で、教える側がふだんから学生の実力を把握しているから、ペーパー試験で実力をはかる必要がない。最終目的である臨床医になるために必要なコミュニケーション能力を含めた資質と臨床能力を培うことに精力を費やしている。ではニュージーランドの医科大学の教育システムはどうなっているかというと、医学部が6年であるのは同じだが、日本のように高校から現役で医学部にはいるのではなく、ニュージーランドの場合は健康科学部という学部に入り1年間勉強してその成績によって、2年次から医学部(2年に相当)あるいは他の学部に進学する。その他にも、他学部を卒業した人にも医学部(2年時)への門戸が開かれている。ペーパー試験も途中にはあるが、基本的には学生個人の普段の態度、実技成績が重視され進級して、5年終了時の OSCE(臨床能力評価試験、一種の実技試験)に合格すると、6年生からはインターンとなり給料もわずかだが支給されるようになる。つまり6年時には少なくとも臨床医のはしくれとして戦力になっていることになる。卒業後は、隣のオーストラリアや英国、カナダ等の病院への就職が可能である。うらやましいことに、ニュージーランド国内の病院は、医師不足とは無縁である。反面、ニュージーランドの医科大学を卒業しても病院にポストがなくオーストラリアその他の国で働かざるを得ないという側面もある。日本の医師国家試験を仮にトップの成績で合格しても臨床能力にすぐれているとはいえないだろう。9000人程度の卒業生がある日本の現状ではOSCEを国家試験に取り入れるのは容易ではない。国家試験のための勉強も現在のシステムの中では必要だが、知識のみに偏重することなく、同時に臨床の場で役立つような医学教育でなければと痛感する。ニュージーランドに限らず、外国の医学教育のシステムを知ると日本におけるその特徴や欠点が明らかになってくる。ちなみに OSCEの発祥国であるかのイギリスでも、医学部は32校程度あるが医師の国家試験はなく、それぞれの医学校に外部からの評価者が参加して卒業試験が行われ臨床研修資格が与えられるとのことである

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